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アナタのためのピュイダムール


 市場から帰って、試しにシュガーを作ってみると、以前はあんなに苦戦していたというのに、オーエンはあっという間にシュガー作りを成功させた。形はまだ歪で味の加減もできていない甘いシュガーだったが、魔力をコントロールして魔法を行使することができたことは変わらない。オーエンの様子を伺ってみるが、やはり魔力が安定している。自然ではなく、人間の感情や欲望から魔力を得ていると考えて良さそうだ。魔力を安定させ魔法をコントロールできるようになるためにも、今後は定期的に街へ降りなければ。

 その日以来、クララとオーエンは定期的に街へと降りるようになった。頻繁というほど街に降りることはなく、あくまでオーエンの魔力の調子を見て街へと降りた。オーエンの魔力は徐々に安定し、それに伴って魔法のコントロールもある程度できるようになると、もともと魔力が強いこともあってすぐに魔法を扱えるようになった。シュガー作りもあっという間に習得した。魔法使いのシュガーは作る魔法使いによって形や甘さに個人差が出るが、オーエンの場合は尖りが鋭くとびきり甘いシュガーを作る。とげとげしてる一方で溶けるほど甘いオーエンのシュガーが、クララは好きだった。

 シュガー作りを終えると、今度は箒に乗る練習をした。魔法使いにとって箒は、自分が魔法使いであることを示す大事なシンボルのようなものだ。箒が無くても魔法で身体を浮かばせ移動することはできるが、魔法使いたちはこのシンボルを手放すことをしなかった。箒で浮いて飛び、速度を調節して止まって、という動作を何日もかけて慣れ、余裕ができるようになってからは魔力のコントロールを意識する。最初はひとりで箒に乗って浮かぶことを怖がっていたオーエンだったが、数日間繰り返していくうちに身体のバランスも取れるようになり、肩の力は抜けていないが、なんとか浮くことはできるようになった。浮いたことにほっとして、思わず集中力を切らして垂直に落ちてしまった時は、クララも冷や冷やした。オーエンも自分で驚いてしまって、魔法で受け止めたあとしばらくは大泣きをしてしまっていた。

 そうして特訓を繰り返し、徐々に魔法の扱いが上達してきた頃。

 ふたりで三時のおやつであるレモンパイを食べていたとき、オーエンがぽろりと口を零した。


「クララはお菓子屋さんにならないの?」


 脈柄もなく、唐突に言われ、クララは目を白黒とさせた。


「クララのお菓子はこんなに美味しいのに、なんでお菓子屋さんじゃないのかなあって」


 切り分けられたレモンパイを素手で掴み、口元や手をべとべとにしながらオーエンは続けた。

 ふたりは、街へ降りるたび様々なお菓子屋さんやケーキ屋さんに入って甘いデザートを食べている。もちろんお店を開いているだけあって、デザートは絶品だ。しかしオーエンからしてみると、美味しいのは確かだが一番美味しいと思えるのはクララのお菓子だと言う。オーエン曰く、甘くてこんなに美味しいお菓子を作るのになぜ彼らのようにお菓子屋さんを開いたりしないのか、疑問らしい。


「お菓子屋さんかあ・・・・・・」


 お菓子屋さんを開くという考えは今までしなかった。甘いものが大好きだから、甘いものが食べたいから、自分で作るようになった。あくまで自分が食べたいからであって、誰かに食べて欲しいとかこれで利益を得たいとか、そんなことは考えたことがない。ただここ最近は、オーエンが美味しそうに食べてくれるから、オーエンにもっと食べて欲しいという気持ちが加わった。しかしそれだけで、他の人はどうでもいい。甘いものが食べられて、自分が作ったお菓子をオーエンさえ食べてくれればクララはそれでいいのだ。


「お菓子屋さんになったら、オーエンは嬉しい?」


 オーエンは無邪気に頷いた。


「うん! お菓子屋さんになったら、クララのお菓子を毎日たくさん食べられるね」


 美味しいお菓子をみんなに食べてもらいたいとか知って欲しいとかではなく、あくまで自分がたくさんお菓子を食べられるという観点をするオーエンにふふ、と笑ってしまう。オーエンが食べたいのなら、お菓子屋さんを開かなくとも毎日様々な種類のお菓子をたくさん作ってあげるのだが、オーエンはお菓子屋さんになってほしいと言っている。趣味であるお菓子作りをして、それをある程度売ればいいのだ。売れ残っても自分たちが食べればいいし、お金が欲しいわけではないから売れなくてもなにも困らない。


「オーエンがそう言うなら、お菓子屋さん開いてみようかな」
「ほんと?」
「うん、そしたらもっとたくさんのお菓子を作ってあげるね」


 お菓子屋さんを開いたら、とびきり甘いお菓子をたくさん作ろう。このレモンパイやトレスレチェス、カヌレにシュークリームやマカロン。お店に並んだお菓子はすべて舌がとろけるほど甘くて、全部がオーエンの大好きなお菓子。大好きな甘いお菓子の、オーエンのための、ふたりのためだけのお菓子屋さんを開こう。

 オーエンは嬉しそうに表情を緩めて笑った。



◆ ◇ ◆



 オーエンが此処に来てしばらく経つが、今も変わらず夜は必ずふたりで寄り添って眠っていた。最初の頃は、知らない場所にひとりは寂しいだけでいずれは慣れるだろうと思っていたが、永い間ひとり薄暗いところに閉じ込められていたこともあって、単純にひとりきりになるのが苦手なようだ。だからオーエンに与えたはずの空き部屋は全く使われておらず、オーエンの物や服が仕舞われているだけで、基本的にはクララの部屋で寝起きをしている。

 そして夜眠る前に、オーエンは街で買った絵本を読んで欲しいと必ず言って来た。街へ降りた時になんとなく入った本屋で、オーエンが騎士様が主人公の絵本を見つけた。それを気に入ったオーエンに強請られて買い与えてからは、毎日のようにそれを読み聞かせている。閉じ込められていたところにも絵本だけがあったらしいが、それは徐々に薄汚れて文字も絵も見えなくなるほどボロボロになっていたという。オーエンによると、この絵本はそのぼろぼろの絵本と似ているらしい。

 絵本の物語は単純だ。主人公である騎士様が冒険をするお話。悪い魔物を倒して世界や人々を救ったり、人助けをして人々に感謝されたりして、様々な場所へ旅をする。小さな子供に読み聞かせるための、単純なお話。オーエンはこれが特に大好きらしい。けれどこの絵本がというわけではなく、またこの物語が好きというわけでもなく、ただ騎士様が好きなのだ。オーエンが閉じ込められていたところにあった絵本でも、騎士様が人々を救うお話だったらしい。だからいつか自分のところにも来てくれると信じていた。オーエンはこの絵本のように、自分を助けに来てくれる騎士様に夢を見ているのだ。


「騎士様、いつ来てくれるかな」


 夢を見る少年そのものだ。目を輝かせながら、絵本を見つめて呟く。

 いつか自分のところへ来てくれると信じて待っている。良い子にしてなさい、という人間の言葉を信じて待ち続けている。あそこにはクララ以外、誰も尋ねに来なかったというのに。しかし、それがオーエンの心の支えであったのだから仕方がない。

 クララはちらりと絵本の騎士様を見下ろした。本物の騎士様なんて見たことは無いし、興味もない。とくに関心を向ける存在ではなかったが、クララにとってこの騎士様という存在は、オーエンと暮らすこの日々を壊す存在であった。オーエンが騎士様と出会ってしまえば、この生活は終わり。クララは騎士様が来るまで、と言ってオーエンを連れ出したのだから。この日々を失いたくないクララにとって、この騎士様という存在は殺してしまいたいほど邪魔な存在であった。しかしオーエンを悲しませたくはない。だからこう言うしかなかった。


「きっと、いつか来てくれるよ」


 クララの気持ちなど知らぬオーエンは、絵本に目を向けたまま目を輝かせてうん、と頷く。

 騎士様なんて一生来なければいい。クララは冷めた瞳で絵本の中に映る騎士様を見下ろす。その表情は、冷酷だと他国からも恐れられる北の国の魔女であることを証明していた。


「でもね。今は騎士様がいなくても、クララがいてくれるから寂しくないよ」


 目を丸くして瞬きをした。視線を隣に座るオーエンに向ければ、無邪気に笑いかけてくる。

 つい先ほどまで知らぬ騎士様に対して殺意や嫉妬という黒い独占欲に覆われていたというのに、オーエンのその一言で視界が明ける。自分でも単純だと思う。けれど、オーエンのなんの確証も保証もないただ零されただけのたった一言に、満たされてしまう自分がいるのだから、仕方がないのだ。


「オーエン、大好き!」


 絵本から手を離して、ギュっとオーエンを両手で抱きしめた。えへへ、と笑みを零してオーエンも両手を回して抱きしめ返した。ふたりで両手いっぱいに力を入れてぎゅうぎゅうと抱きしめ合う姿は、なんて微笑ましい。ふたりは花が咲くような満面な笑みを浮かべていた。


「僕も、クララのこと大好きだよ!」


 騎士様の絵本は、そっと閉じられた。