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ドロップ弾く音がする


 季節は巡り、時代は移ろう。

 オーエンと一緒に暮らすようになってから、あっという間に時間が過ぎ去った。オーエンと出会う前の、悠久にも感じていた永すぎる時間が、こうもあっさりと目まぐるしく過ぎ去って行くのだから、不思議で仕方がない。それほどオーエンと一緒に暮らす日々は楽しくて、心満たす居心地の良い時間だったのだろう。

 オーエンは魔法の扱いが上手くなり、今では強い北の魔法使いとして恐れられている。昔の幼い子供のような性格とは一変して、天邪鬼な性格になってしまった。とはいっても、結局のところ本質的には変わっていないようにも思える。どちらのオーエンも好きだ。けれど、知らぬ間に心臓を抜き取ってどこかへ隠してしまったのは不服だ。そのためオーエンはどんなに身体が壊れようとも死ぬことはない。自分の身体のことだし、とやかく言うつもりはないが、自分が死ぬことに対して軽い考えになるのは正直なところやめて欲しい。いつだか家まで帰ってきたはいいものの、そこで力尽きて目の前で死なれたことがある。あの時ばかりは自分の方が死んだような感覚がして、これでもかというほど大泣きをしてパニック状態になった。それ以来、オーエンも気にしてくれたのか瀕死状態で帰ってくることがなくなり、目の前で死なれるところは見なくなったが、血だらけで帰ってくることは多々ある。

 またオーエンは、狩狼官を務めるようになった。オーエンは昔から動物の言葉を理解して会話をすることができたから、オーエンにとって最適な職業だろう。それに対して以前になんで、と問われ、狼を狩る前に逃すことも説得して折り合いをつけることもできるから、と話したことがある。オーエンは凄く微妙な顔をしたが、実際オーエンが動物に何か危害を加えるところは見たことがない。動物は別に好きじゃないと言っていたが、朝は小鳥に起こされているのを知っていると、全くそうには思えない。

 オーエンが狩狼官になってどれくらいか経ったあと、獰猛で凶暴な三つの頭を持つケルベロスを捕まえてきた。無理矢理捕まえて、今は使い魔として使役しているが、捕まえられたことを怒っていて、トランクから出せばオーエンにも襲いかかってくる。危険だが、ケルベロスを結構気に入っているようだったため口出しするのをやめた。

 クララは『お菓子屋クラリッサ』を開いた。ただの一軒家だった隠れ家を少し改造して、家のおもてをお菓子屋として運営できるように作りかえた。売り上げを目的としていないため、気ままに趣味として自分が大好きなお菓子作りに没頭している。北の国と西の国の境目にあるこの店に寄ってくれる人は数少ないが、儲けを目的にしているわけではないため問題はない。何より甘いものが大好物であるオーエンがとても美味しそうに口いっぱいに頬張って食べてくれる。店に出す用のお菓子も独り占めしようとしてくるところが、子どもっぽくて可愛い。自分が作ったものを、自分が大好きなものを、美味しそうに食べてくれるのを見るのは何より幸せだ。昔は自分の好きなお菓子を作りたかっただけだが、オーエンが来てからは、オーエンが好むお菓子を作ろうと日々お菓子の試作を楽しむようになった。

 この日々が何よりも幸せで大好きだと、胸を張って大声で言える。大好きなお菓子を作りながら大好きなオーエンと一緒に暮らすこの日常が、何よりも大切で幸福だ。何をしても退屈でつまらなかった日々が嘘のよう。いつまでもいつまでも、この日々を続けていきたいと思った。いつまでもいつまでも、この宝物が壊れないようにと、願っていた。





「おかえり、オーエン」


 リビングにあるキッチンで新作のケーキを作っていると、出かけていたオーエンが帰ってきた。外はもう暗く吹雪も吹いているが、魔法で暖を取り吹雪からも守られた身体は雪ひとつもついていない。オーエンからの返事は無かったが、近づいてくる足音からこちらに向かってきていることが分かる。背後で立ち止まると、肩越しから覗き込むように手もとを見下ろした。


「なに、それ」
「新作のケーキ。作ってみた」
「甘い?」
「とびっきり!」


 砂糖を多めで生クリームいっぱいのベリージャムがかかったケーキは、オーエンの大好きなものを詰め込んである。オーエンはふふ、と笑みをこぼして頬を緩ますと、それを見下ろした目をきらきらとさせて、待ちきれないとでも言うようにそわそわとした。子供が盗み食いをするときみたいにそっと後ろから手を伸ばしてきたが、それを素早く見つけダメ、と軽く手を叩いた。ムッと拗ねるように頬を膨らませたオーエンにリビングで待っていて、と伝えればケーキ欲しさに素直に従う。リビングへ向かって、ふたり用のソファをひとりで占領して待つオーエンを見てから、最後のケーキの仕上げに取り組んだ。

 出来上がったケーキと一緒に紅茶も用意しようと、魔法を使って素早く用意する。それらを乗せたトレーを持って、オーエンのいるソファへ向かった。ソファの前にあるテーブルにトレーを置いて、ケーキの乗ったお皿とフォークを差し出すと、オーエンは何を思ったのか、突然口を大きく開いた。少し寝そべるような状態で、口を開くオーエンをきょとんとした顔を見つめる。そして子どもみたいと笑みをこぼした。オーエンの足の間に座って、手に持ったケーキを一口サイズに切り取ってフォークを口元へ持っていく。ぱくりと食べ、もぐもぐと咀嚼し、甘い味に口元を緩める。次を促すようにあーん、と再び口を開くオーエンに、次々と甘いケーキを差し出た。


「お仕事大変?」
「べつに。むやみやたらに怯えて馬鹿みたい」


 最後の一切れを食べ終え、オーエンに狩狼官の仕事について聞いてみる。オーエンが言っているのは人間のことだろう。北の国にいる動物たちは、土地特有の影響を受けて気性が少々荒い。それでも刺激を与えなければ特別危険であることはないが、人間にとっては恐ろしいのだろう。狼の言葉を理解できるオーエンには、余計に人間が愚かしく見えたに違いない。

 空っぽになったお皿をテーブルに置いて、用意した紅茶を手にとる。オーエンは魔法で引き寄せて傍らに浮かせ、ティーカップだけを手に取って紅茶を口含んだ。温かい紅茶を喉に流せば、ほっと身体が温まる。魔法で作ったシュガーを溶かしてあるから、余計に身体が温まって気持ちがいい。


「あのさ」


 もう一度紅茶を飲もうとしたとき、オーエンに声をかけられた。なに、と視線を向けるが、それ以降オーエンは何かを言うことは無かった。じっとこちらを赤い両眼で見つめては、なにかを言おうとして小さく唇を開いてすぐにきゅっと閉じる。言い淀む仕草に、首を傾げた。


「オーエン?」
「・・・・・・なんでもない」


 とは言うものの、絶対になにかある様子だ。オーエンは自分のことを詮索されるのを嫌う。自分のなかに踏み込まれるのが特に苦手なのだ。それを知っているクララはそっか、と受け止めて無遠慮に聞き出すことをやめた。オーエンが話したくなった時に話してくれれば良いと思っている。

 少し冷めてしまって苦味が出てきたそれを、もう一度口に含んだ。