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ミセイジュク・ベリー


 口元や頬にまで生クリームをつけて、両手をべちゃべちゃにしながらもぐもぐと食べる。


「おいしい?」
「うん! クララのお菓子、僕大好き!」
「ふふ、そっかあ」


 朝食に、生クリームといちごを添えてメープルシロップをたくさんかけた切り揃えたパンケーキを出せば、向かいの席に座るオーエンはとても美味しそうに食べてくれる。もとから甘いものが好きで自分でよくお菓子作りをしていたが、オーエンが来てからは毎日お菓子を作るようになった。自分の好物を、自分の手料理を美味しそうに食べてくれるのが思った以上に嬉しくて、以前よりもお菓子作りが好きになった。オーエンが甘いものが大好きでよかった。

 朝食を食べ終えるとオーエンは外へ遊びに出かけた。家から離れなければ結界もあって安全だ。そのあいだクララは済ませた朝食の後片付けをしながら今日のおやつについて考えをめぐらす。フレンチトーストにケーキ、マドレーヌにクッキーやチョコレート。今日はなにを作ろうとわくわくした気持ちで材料の入った棚を開けた。そこでため込んでいた材料の在庫が少なくなっていることに気づく。以前は気が向いた時にひとり分のお菓子を作っていたが、最近は毎日ふたり分のお菓子を作っている。以前と比べてあっという間に材料が無くなってしまうのも仕方がない。ちょうど朝食を終えたところだし、街へ降りて買い出しに出かけよう。クララは後片付けを済ませて、オーエンを探しに家を出た。

 玄関を開け、一面真っ白な辺りを見渡す。日差しに雪が反射して一面がきらきらと光っていた。真っ白な雪の大地に雲ひとつない晴れやかな青空が広がっている。ゆっくりと注意深く視線を動かしていくと、木の傍で座り込んでいるオーエンを見つけた。近づいていくと、徐々に話声が聞こえてくる。オーエンはなにかと話しているみたいだ。後ろからそっと覗き込んでみると、座り込んだオーエンの目の前には小鳥や兎といった小さな動物が集まっていた。きょろ、と動物たちの視線がクララに向く。すると、それにつられてかオーエンも後ろを振り向いた。


「あ、クララ!」


 クララを見るなりオーエンは、ぱあっと表情を綻ばせる。クララはオーエンの隣にちょこんと座り込み、並んで動物たちを見下ろした。


「なにしてたの?」
「一緒にお話してたよ」


 ね、とオーエンは動物たちに同意を求める仕草をする。へえ、となんとなく聞いていたクララだったが、オーエンの「クララのお菓子が美味しいんだよって教えたら、みんなも食べたいって言ってたよ」という発言に、一瞬思考を停止させた。目を丸くしてオーエンに視線を向けると、オーエンは不思議そうに首を傾げる。


「動物の言葉が分かるの?」
「・・・・・・? うん」


 オーエンは当たり前のように頷く。

 オーエンについてまた新しいことを知った。動物の言葉がわかる魔法使いには今まで出会ったことがない。きっと生まれつきそういった特質を持っていたのだろう。「動物と話せるなんてすごいね、オーエン!」素直にすてきだと伝えれば、オーエンは少し照れ臭そうに笑った。見た限りオーエンは動物が好きなようだし、動物もオーエンのことを気に入っているようだった。言葉が通じるオーエンに動物たちも自然と懐いているのだろう。


「そういえば、クララはどうしたの?」


 自分を探しに来たであろうクララにそう聞いたところで、クララも本来の目的を思い出した。クララは食料を買い足しに行くため街へ降りると告げた。買い物をするなら栄えている西の国へ行った方が食料も良いものが売っているだろう。だから少しの間ひとりで留守番をしてほしいと言うと、オーエンはだんだんと瞳に涙を浮かばせていった。


「クララ・・・・・・僕をおいていくの・・・・・・?」


 今にも泣きだしてしまいそうなオーエンを見て、クララはぎょっとした。


「お、置いてかないよ? 少しだけ待っていて欲しいっていうか・・・・・・」
「でもクララ、どこか行っちゃう・・・・・・」


 目元に涙を溜めるオーエンに、クララは焦った。泣かせるつもりはなかったし、置いて行くつもりも毛頭ない。ただ今までひとりでいたオーエンに、突然人混みの中に連れていくのは酷だと思ったのだ。クララなりの気遣いであったが、泣かせてしまったら意味はない。


「じゃあ、一緒に行く?」


 するとオーエンは濡らした瞳を丸くした。


「・・・・・・いいの?」
「いいよ。でも絶対に離れちゃダメだよ、ひとりでどこか行っちゃうのもダメ」
「うん! わかった!」


 何度も大きく頷くオーエン。

 腰を上げ歩き出し、クララの後ろを付いて行くように歩き出したオーエンは一度立ち止まってまたね、と振り返り動物たちに手を振ってから駆け足でクララのもとへ駆け寄った。クララとオーエンは一度家へ戻り、出かける準備をしてから箒に乗って隣の西の国へと足を運ぶことにする。



◆ ◇ ◆



 隠れ家から一番近い西の国の街に入る前に、目立たないように少し遠くで箒を下りて歩いて街へと入った。クララとオーエンは外へ出かける用のマントを羽織っており、オーエンはさらにフードを被っていた。知らない場所に行く好奇心と不安があるのだろう。フードから顔を覗かせながら、クララに手を引かれて街の市場に足を踏み入れる。

 市場は賑わっており、お昼前の時間ということもあって人も多い。屋台は活発に客入れをして、行き交う人々は忙しい。西の国は栄えているぶん貧富に差が激しいが、この街は平均層の多い街のため平和だ。人通りの多いなか、ふたりは手を繋いで進んでいく。実際年齢は違えとクララもオーエンも容姿は子供で、身体も小さければ背も低い。行き交う大人たちに埋もれないようにしながらクララは人の合間を縫っていく。一方オーエンはクララに手を引かれて歩きながら興味津々に周りをきょろきょろと見渡していた。賑わう人々の多さや市場で売っているものも、オーエンにとっては初めて見るものばかりで、ついつい足元を疎かにして周りに視線が行ってしまう。そんなオーエンとはぐれないように、クララはギュっと手を握った。


「クララ。あれ、なあに?」
「あれはガロン爪。香りが良くて、中にお酒が入ってるんだよ」


 ガロン爪はひょうたんのような形をしていて、赤は甘みがあり、白は旨味が強い特徴がある。赤のガロン爪は、果物を漬けて甘みと香りを移したサングリアにすると美味しいが、オーエンにまだお酒は早いだろう。また白のガロン爪は、焼き菓子のサヴァランを作るときに使い、シロップと果物を組み合わせるのが美味しい。


「クララ、あれは?」
「群青レモン。基本的に酸っぱいけど、熟すと甘みが出て美味しいよ」


 熟すと名前の通り表面が群青色に育つレモン。未熟だと薄い水色で、苦味が残る。熟した群青レモンを使ったレモンパイを作るとさっぱりとした味わいにほのかな甘みがあって、おやつやデザートにぴったりなお菓子だ。


「あれは? あの赤いのは?」
「あれは西のルージュベリー。西の国でしか取れない特産品なんだ」


 赤紫色のハートの形をしたルージュベリーは、基本的には酸っぱくたまに苦いものがある。そのまま食べると一時的に唇が赤く染まってしまうのが特徴。これもサングリアに入れると美味しいのだが、それよりもしっとりしたとても甘いケーキであるトレスレチェスを作ったほうが美味しい。きっと甘いものが大好きなオーエンも大好きに違いない。

 ルージュベリーはお菓子作りによく使う。ちょうど在庫も切れていたことだし買い足しておこうと、ふたりはルージュベリーを売る屋台へ向かった。クララは一度オーエンから手を離し、両手を使って積み上げられたルージュベリーをひとつひとつ手に取り見比べていく。隣にいるオーエンも一緒になって次々と手にとっては戻されていくルージュベリーを眺めていた。そうして質の良いものを五つほど買い求める。ぴったりと代金を支払い、渡された紙袋に選んだルージュベリーを入れていく。


「子供たちだけでお使いかい?」


 偉いなあ、と微笑ましそうに笑う店主。姉弟かい、と尋ねる店主にクララがそうだと頷くと、オーエンは目を丸くして平然と答えたクララを見やった。「小さいのに偉いな、弟くんも姉ちゃんの手伝いをしてあげるんだぞ」クララがオーエンの手を引いていたから、店主はクララを姉だと思い込んだのだろう。店主がニコニコしながらそう言うと、突然視線を向けられて驚きながらもオーエンは慌てて首を縦に振った。紙袋を片手で抱え、空いた手でもう一度オーエンと手を繋ぎなおす。気を付けて、と手を振る店主に笑顔を返して、ふたりは屋台を離れまた人混みの中へと入っていった。

 さて、次は何を買おうかと辺りを見ながら進んでいくと、手を引かれてついてくるオーエンにねえ、と声をかけられた。足を止めずに歩いたままなあに、と視線を後ろへ向ける。


「僕たちってきょうだいなの?」


 首を傾げるオーエンに、ううんと首を横に振る。


「子供の姿だと人間たちは都合よく思い込んでくれるからさ、否定しないで受け入れちゃった方が良い時もあるんだよ」
「へえ」
「子供だと無駄に警戒されないしね」


 魔法使いと人間の区別なんて、見た目にはない。魔法を使わなければ基本的には知られることがない。そして子供は、大人たちにとっては守護対象であり無害だという認識がある。子供の魔法使い、子どもの姿をした魔法使いなら人間たちの認識も変わるが、魔法使いだと知られなければ、子ども姿をしたクララたちは無駄に警戒されずに済むのだ。人間たちは過敏に魔法使いたちを恐れて警戒してくるため、それが面倒で仕方がない。西の国はマシだが、北の国ではそれが顕著に出る。クララはそれにうんざりしているため、先ほどの対応を取ったというわけだ。


「クララは大人の姿になったりできるの?」
「できるよ。オーエンに会う前までしばらく大人の姿で過ごしてたしね」


 クララは幼い子供の時に魔力が成熟してしまって、その時から成長が止まっている。子供の姿で成長が止まるのは魔法使いの中でも稀で、大抵は大人の姿で止まる。人間より長寿の時間の中に生きる魔法使いたちにとって、時間の流れも年齢も人間とは違う価値観を持っているが、それでも子供の姿だと揶揄われたり下に見られることが多々ある。それに少々腹を立て、百年ぐらい生きたあたりから魔法で自分の姿を成人に変えて、しばらくの間生きていたことがあった。あの頃はいろいろなことをしたと、クララはぼんやりと昔のことを思い出し、記憶の引き出しをそっと戻した。

 見てみたい、と口を零すオーエンにクララは苦笑する。成人に変化しても女性の平均に比べて身体は小さく背も低いため、結局のところ成人には見えず、せいぜい十六歳ぐらいの年齢に見えるのだ。決して自分の身体にコンプレックスを抱えているわけではないが、少し不満でもある。クララはまた今度ね、とはぐらかしたが、オーエンが楽しみだと笑うものだから苦々しく笑った。


「ほら、買い物続けよ」
「うん!」


 ふたりはギュっと手を握りなおし、人混みのなか市場を進んで行った。



◆ ◇ ◆



 市場を歩き回って食材を買い込んだふたりは、昼食にするため近くのお店へ入った。ふたりの両手を塞いだ大荷物の食材たちは、クララの魔法で仕舞ったため手を塞ぐものが無くなる。お店に入って窓際の席に着き、店員に料理の注文をする。此処のお店は普通の料理だけでなくデザートなどのお菓子も豊富でクララのお気に入りだった。メニューを読んでもそれがどういったものなのか分からないオーエンのために、クララが自分のお気に入りやオーエンが好きそうなものを次々と注文し、テーブルにはたくさんのデザートや甘いパンなどが並んだ。並んだそれらにふたりは目を輝かせ、口に含んでは舌に転がる甘さに表情を緩める。

 ふと、口にデザートを運んでいた手を止めて、オーエンは窓の外を見つめた。窓の向こうでは、街を行き交う人々が賑わっている。オーエンはそれをぼんやりと眺めていた。


「ここは人がいっぱいだね」
「街だからね。人がたくさん集まると街ができるんだよ」


 クララも進めていたフォークを止め、一緒に頼んだ紅茶に口を付けた。温かいそれにほっと息を吐く。目の前に座るオーエンに視線を向けてみると、オーエンはどこかうわの空でぼんやりとしている。疲れてしまったのだろうか。どうかした、と尋ねれば、オーエンは歯切れの悪い返事をする。


「なんだか、ふわふわする」
「ふわふわ?」


 クララは手に持ったティーカップを置き、真っ直ぐとオーエンを見つめた。どこかぼんやりとしたオーエンを良く観察していくと、あることに気づく。オーエンの魔力が安定していたのだ。隠れ家に居た時ももちろん魔力は感じていたのだが、少し乱れがあって本来の力を発揮できていないようであった。それは魔力の成熟が遅れているせいだと思っていたが、今の安定した魔力を見てみると、どうやら違ったらしい。


「オーエン、ほかに何か感じることとかない?」


 オーエンはうーん、と唸って考え込む。視線は行き交う人々に向けられていた。しばらくのあいだ黙って忙しい人々を眺めていると、ぽつりぽつりと零し始める。


「人がたくさんいて、みんな楽しそうなのに、どこか・・・・・・こわい」
「怖い?」
「うん・・・・・・なんか、ぐちゃぐちゃしてる。綺麗なものもあるけど、黒いのが渦巻いてる」


 とても抽象的で、想像力に頼るものがある。実際には見えない、オーエンが感じ取ったものをそのまま言葉にしているのだ。

 それを聞き、クララは考え込む。そして一つの答えを導き出した。隠れ家にいた時には発揮されなかった魔力、街へ来た安定した魔力。そして今のオーエンの言葉を考えると、おそらくオーエンは人の感情を言っているのだろう。とくに西の国は人間も魔法使いも欲望が渦巻く国だ。オーエンが感じ取った黒いものは、そういった欲望や悪意という類かもしれない。そうすると、オーエンは人の感情から魔力を得る体質なのかもしれない。それなら頷ける。人のいない、クララしかいない隠れ家では魔力が得られず、シュガーが作れなかった。感情と欲望が足りないからだ。しかし人々が賑わう街へ足を運べば魔力が安定した。人が多く、その分感情や欲望の数も増えるからだ。魔法使いは心で魔法を使い、その力は自然から得るのが普通だが、オーエンの場合は違うのだろう。そういった話は聞いたことがないが、絶対に無いとは言い切れない。


「オーエンは人の感情から魔力を得るのかもね。だからずっと枯渇してた魔力が突然安定して、慣れてないから酔ってる感じがするのかも」
「僕、おかしくない?」
「おかしくないよ。むしろ安定してるんだから、それが普通だよ」


 オーエンは少し不安そうな顔をしたが、ほっと安心して強張った表情も柔らかくなる。


「今ならシュガーも作れるかもね」
「ほんと?」
「うん。帰ったら試しにもう一回やってみようか」
「うん、僕頑張るね!」


 オーエンは止めていた手を動かし、再び口の中へデザートを運んでいく。
 人の感情から魔力を得るなら、ずっと隠れ家に閉じこもるわけには行かない。まだ魔法に慣れないうちは、定期的に街へ降りて魔力を安定させないと。教え子を持つのは初めてだし、動物と話せたり人の感情から魔力得たりと特異な体質にも初めて出会ったが、オーエンのためにもしっかりとしないと。

 クララは心の中で自分に言い聞かせ、意気込みながらケーキを一口頬張った。