×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

image

蜂蜜嫌いの瓶詰めシュガー


 クララはムスッとした顔で食堂の席について、ネロが作った夕食をひとりで食べていた。明らかに機嫌を損ねているのが伺える。

 なぜクララの機嫌が悪いのかというと、それはオーエンにあった。今日、オーエンを含む北の魔法使いたちは賢者と一緒に人間からの依頼に出掛けていた。魔法使いをもっと知ってもらい、お互い信頼していけるようにと、賢者と中央の国が協力して行っているらしい。最近は特に<大いなる厄災>の影響で古代の幻獣の出現や不可思議な現象が相次いでいて、賢者たちは忙しそうだ。

 そうしてクララは留守番を言い付けられたのだ。ひとりでオーエンを待つことは今までにもあったが、今回はいつ頃帰って来れるか分からないという。一日で終わるかもしれないし、数日かかるかもしれない。何日もオーエンと離れてしまうことに、クララは不満だった。なにも不満だったのはクララだけではなく、オーエンもそれなりに不満を感じて、今回の依頼にかなり食い下がったようだ。しかしどうする事もできず、双子に言いくるめられてしまう。留守番を言い渡した時のオーエンもクララと同じようにムスッとした表情をして仕方なく言っているようで、クララも無理に駄々を捏ねることができず、結局オーエンの帰りを待つことになった。


「なあ、そこにいるのか?」


 ひとりで黙々と食事をとっていると、魔法舎に帰ってきたカインがあたりを見渡しながら寄って来た。カインは今日、中央に国で騎士の仕事をしていたため、朝から魔法舎に居なく、今日まだ触れていないクララの姿が見えなかった。

 居るなら触れてくれ、と繰り返すカインと差し出された手を交代に見て、仕方なく指先で突くように一瞬だけ手のひらに触れる。するとカインの視界にようやくクララが現れ、しっかりとこちらに視線を送って愛想の良い笑顔を浮かべた。


「珍しいな、オーエンはいないのか?」


 いつも一緒にいるはずのオーエンの姿が見えず、カインが再びキョロキョロと辺りを見渡す。そんなカインに今日は北の魔法使い全員が出かけている、と素っ気なく言ってやれば、今日の依頼の担当が北の国であることを思い出したようだ。

 まるで会話を拒絶するようにそれ以上言葉を発さず、黙々と口に食事を運んでいく。するとカインはクララの向かい側の席に座って、なにをするでもなく、頬杖をつきながら夕食を食べるクララをじっと眺めていた。言葉を投げかけることはなく、観察するようにぼうっと見つめる。


「・・・・・・なに」
「ああ、いや・・・・・・」


 少し鬱陶しくなって、語気を強くしながら若干睨みつけるように言い放った。

 カインは慌てて目を逸らし、何か言いたそうにしながら視線を彷徨わせる。煮えくらない態度にさらに睨みつければ、観念したようで、カインは口を開いた。


「その・・・・・・なんで、俺のことをそんなに嫌うんだ?」


 言いづらそうに、頬を指で掻きながらカインは尋ねた。

 周りから見ても、クララのカインに対する態度はあからさまだった。何かにつけてカインを睨んだり、嫌ったりする態度に、カイン自身も困り果てていた。もし何かしてしまったのなら謝りたい、と言葉を添えるカイン。

 クララは少しだけ顔を俯かせ、カインから視線を外す。


「・・・・・・オマエが騎士様だから」
「え?」
「騎士様はアタシからオーエンを奪っていくから、きらい」


 カインは目を白黒とさせた。まさかそんな回答が返ってくるとは思わなかったのだ。


「おまえとオーエンは、どういう関係なんだ?」


 オーエンを知る者の誰もが気になるだろう。あのオーエンが唯一気にかけている存在で、そのクララもオーエン以外はどうでも良いと言う。ふたりがどういった関係なのか、気にならない訳がない。

 カインは憶測を続ける。本当はオーエンに脅されているのではないか、騙されているのではないか、利用されているのではないか。オーエンは不気味で恐ろしい北の魔法使いとして有名だ。それに加え、カインは出会ったその日に襲われて目玉を交換された、因縁の関係だ。疑わない、というのがまず無理な話なのだ。

 そんな確証もない憶測とカインの正義感に、沸々と怒りが募る。眉尻を釣り上げてきつく睨みつけると、カインは一瞬それに怯んだ。


「アタシがオーエンを見つけた、アタシがオーエンを拾ったんだ。オーエンはアタシのものだよ」


 一言ひとこと、強く叩きつけるように言い放つ。

 強く主張するクララにカインは思わず黙り込んだ。まるで自分が主導権を持っているような言い方、受け身であるのはオーエンの方である言い方をする。子供が気に入ったものを自分の所有物であるかのように主張するそれかとカインは少し笑ったが、次の言葉に度肝を抜かれることになる。


「たかだか二十年しか生きてないガキに、とやかく言われたくない」
「ガ・・・・・・! 待て、おまえ・・・・・・まさか魔女か!?」


 思わず驚きのあまり席から立ってしまった。目を見張るカインの視線の先には、ふん、と不機嫌にそっぽを向くクララが映る。愕然とした。オーエンが連れて来たのは人間の子供じゃない、魔女だった。そしてあの口振りから、自分よりも生きていることが伺える。カインはあんぐりと口を開いたまま固まった。

 ガチャ、と扉が開いた。扉から覗いたのは、真っ白な外套だ。オーエンが帰って来たのだ。

 オーエンの姿を見るなり、クララはあっという間に笑顔になって、勢いよく席から立ち上がる。

 オーエンは、留守番をさせていたクララと一緒にいたカインの姿を見て、きゅっと眉根を寄せた。しかもカインの様子はどこか動揺している。自分が知らぬところでなにかがあったのは明らかだ。


「・・・・・・なにしてたの」


 少しだけ低い声で問いかける。

 言い淀むカインを置いて、クララはオーエンと名前を呼んでパタパタと小走りに駆け寄っていく。そして足に絡みついて、オーエンを見上げる。


「オーエン、オーエンはアタシのだよね」
「はあ?」


 唐突な言葉にオーエンは素っ頓狂な声をあげた。一体なにがどうしてそうなったのか、訴えかけるようにカインに視線を向ければ、逃げるようにぎこちなく視線を逸らされた。

 視線を足元のクララに移す。見上げてくる瞳は澄んでいて、頷かれるのを信じている。オーエンは一言「違うよ」と口にした。


「おまえが僕のだろ」


 じっと見下ろして、当たり前のことのように言い放たれた言葉。クララは小さな唇を引いて、口角を上げた。

 うん、と笑顔で頷くクララやオーエンを眺めていたカインは、クスリと笑んで目元を和らげた。そこに自分が心配する事柄なんてひとつも存在していなかったのだ。純粋な想いだけがあるのだと、カインは思えた。

 ふと、こちらを見つめて微笑むカインに気づき、オーエンは「なに」と短く居心地が悪そうに言った。カインは微笑みながら首を横に振った。


「いや、おまえたちはお互いのことが大好きなんだな」
「は? 違うけど。騎士様の目、腐ってるんじゃない」
「アタシはオーエンのこと、大好きだよ」
「おまえは黙ってろよ」


 否定するオーエンと肯定するクララ。素直じゃないオーエンと素直なクララに、カインは微笑ましくなって笑い声を上げた。

 とうとう居心地の悪さが頂点に達したのか、オーエンはクララに部屋を出て行くことを促してさっさと自室に帰ろうとする。その後を続いて着いていくクララに「なあ、あんた」とカインは声をかけた。「疑って悪かったな」振り返ったクララに、先程のことを謝罪する。クララは何も言わなかったが、少しだけ満足そうにして、そのまま自分を呼ぶオーエンのもとへ駆け寄って行き、パタリと扉が閉まるその瞬間まで、カインはふたりを眺めていた。