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お砂糖でできた全てのもの


 夜になると、魔法舎ではシャイロックが運営するバーが開かれる。もともと西の国で魔法使い限定のバーを開いていたシャイロックだが、魔法舎での共同生活に身を置くようになってからは、同じ賢者の魔法使いたち相手にバーを開くことにした。夜にそのバーが開かれると、夜な夜な暇を持て余した成人済みの魔法使いたちが集まり、シャイロックのカクテルを煽った。

 カウンター席には常連のフィガロが座り、不眠に悩むミスラやブラッドリーも強めの酒を飲んで眠れない夜を過ごす。そして今日は珍しくオーエンもその場にいた。彼らほど酒を飲むわけではなく、好んでいるわけでもない。アルコールは基本的に苦く、オーエンが酒を飲むときは決まってシロップなどを入れて甘くしてから飲んだ。

 シャイロックに出された甘ったるいカクテルに、さらにシロップを入れて甘くする。喉が痛くなるほど甘いそれを飲んでいると、少し離れた席に座ったフィガロが唐突に声をかけてきた。


「でさ。オーエンはあの子こと、どう思ってるの?」
「は?」


 今までカウンター越しにシャイロックと話していたフィガロがこちらを向く。すでにほろ酔いしているのか、ほんのりとフィガロの頬は赤く染まっていた。突然の投げかけに素っ頓狂な声を出すと、フィガロは「だってさ、ただ気に入ってるって域を超えてるよね」とニヤニヤしながら笑って言う。カウンター越しにグラスを拭いながら話を聞いていたシャイロックも面白げにふふ、と笑みを零した。

 フィガロが言う通り誰もが、オーエンがクララを気に入っている≠ナ済ませられるほどのものではないと理解しているだろう。ただ気に入っている、で済ませられる度を越えているのだ。それはクララにも言えることだが、クララの場合は素直にそれを表現していて、単純に好きなのだと理解できる。しかし、オーエンは違う。オーエンは不気味で他人の恐怖を好み、そういった愛やら情に興味も理解も示さない魔法使いだ。そんなオーエンだから、今回の状況に周りが関心を向ける。


「それって好き≠チてことじゃない」
「は」


 フィガロから発せられた言葉に、ポカンと口を開いた。突然理解できないことを言われ、思考速度が落ちる。そんなオーエンとは対照的に、フィガロは楽しげだ。


「俺も気になりますね。どうなんですか、オーエン」
「おいおい。いくらオーエンでも、あんなガキに手は出さねえだろ」


 反対側の少し離れたところにふたり並んで座っていたミスラとブラッドリーが、盗み聞きをしていたそれに反応を示す。ミスラは単純な興味心を抱いていたが、ブラッドリーに関しては顔をしかめてオーエンを見やった。「あのガキ、あれでもそこそこ生きてる魔女だろ。にしては幼稚すぎねえか」子供の姿をしていても、年齢で言えばオーエンよりも三百年永く生きている。精神的に成熟しているべきだろう永い年月を生きているにも関わらず、見た目通りの精神年齢に、ブラッドリーは訝しんだ。


「・・・・・・昔はもっと、おとなしかった」


 オーエンも酔っているのか、普段は一言も口を開こうとしないクララに関する内容を口にして、周りが僅かに驚いた。

 今でこそ見た目と変わらない中身だが、昔は落ち着いていて自分よりも年上なのだと納得できた気がする。記憶はおぼろげだが、いつも自分の前に立っていた。姉のように手を引いて、母のように抱きしめて、頭を撫でて、笑いかけて。それが見た目と変わらない子供になっていったのは、いつからだっただろう。元々これがクララの素の性格だったのか、それとも身体に中身が引き摺られるようになってしまったのか。

 ごくり、グラスに残っていたカクテルを飲み干す。カラン、と氷が崩れる音がした。


「・・・・・・好き≠チてなに?」


 流されると思っていた話題を自分から振りなおした。やはり酔っているのだろうか。「ふふ、難しい質問をなさいますね」今まで話を黙って聞いているだけだったシャイロックが笑みながら口を開いた。オーエンの質問にフィガロはうーん、と考える。投げかけたフィガロ自身にも、その実態は理解できていない。だから想像と見てきた人間たちの様子から推測したものしか答えられない。


「一般的には、添い遂げたい相手とか、ずっと一緒にいたい人なんじゃない」
「愛情表現として、そういった相手に抱擁や口づけを交わすこともしますね」


 そうやって相手を自分に繋ぎ止めるんです、とフィガロに続きシャイロックが言う。

 オーエンはスッとグラスを拭うシャイロックを見つめた。そしてふーん、と曖昧な相槌をする。


「まあ、これはあくまで一般論。好きという感情にも、様々な種類がありますから」


 シャイロックの補足にそうだね、とフィガロも頷いた。


「おまえの場合はどれかな」


 テーブルに肘を付いて、細めた瞳で隣のオーエンを見つめた。

 恋。愛。家族愛。友愛。親愛。恵愛。慈愛。情愛。執着。独占欲。所有欲。顕示欲。征服欲。支配欲。数あるうちの感情のどれに、それは当てはまるのか。数ある感情のなか、なにに突き動かされるのか。抱いたそれはなんなのか。腹の底で渦巻くそれはなんかのか。純粋で綺麗な感情か、濁って薄汚れた感情か。


「知らないよ、そんなの」


 オーエンは外套を羽織って、席を後にする。

 酒と一緒に出されていた砂糖菓子は、ひとつ残らず食べつくされていた。



◆ ◇ ◆



 自室に戻ると部屋はすでに暗く、ベッドでは規則正しい寝息を立ててクララが眠っていた。

 オーエンは自分の部屋に足を踏み入れると、再び部屋全体に結界を張りなおす。結界でも張っていないと、ミスラやオズといった自分よりも強い魔法使いたちと一つ屋根の下で暮らすことなんてできない。帽子を取り、外套とジャケットを脱いで、それらを乱雑にソファの上へ投げた。続いて手袋を外し、ネクタイピンを取ってテーブルに置き、ネクタイを解く。ふと、壁際の机の上に置かれた、飴玉の入った瓶詰が目に入る。色とりどりの飴玉。どれも甘そうで、でもそれだけの飴玉。他にはなにもない。

 オーエンはそのままベッドへ向かい、布団を少しめくって中へ入ろうと片足をベッドに乗り上げる。体重がかかったせいでギシ、とベッドが悲鳴を上げて、少し沈む。その揺れで、微睡んでいたクララは目を覚ました。


「ん・・・・・・オーエン、おかえりなさい」


 眠そうに目を擦って、帰ってきたオーエンに身体を向ける。漂ってくる匂いに鼻を鳴らし嗅いでみると、アルコールの香りがした。お酒臭い、とクララが零すとオーエンはうるさい、と返した。お酒臭いと言っても酔っ払いのようなものではなく、どちらかというと甘い香りがする。

 布団の中へ入らず、手を付いて乗り上げたまま、オーエンがじっと見下ろしてくる。まだ少し回らない頭で不思議そうに首を傾げると、おもむろに頬を両手で包まれた。そのまま指で頬の感触を楽しんだり、ギュっと力を込めてぐりぐりとこねくり回すように頬を弄ぶ。


「ふふ、なあに。くすぐったい」


 くすぐったそうに笑って、オーエンのそれを受け入れる。まるで猫と戯れているみたいだ。

 撫でまわした手を止めて、両手で頬を包んだまま無言で見下ろす。クララは頬を緩ませて笑ったまま、動かないオーエンを見上げている。オーエン、と首をこくりと傾けて名前を呼ぶ。僅かに瞳を細めたオーエンが、そのままゆっくりと、クララに触れた。

 鼻先が触れ合った。額がオーエンの前髪に触れて、くすぐったい。目の前の色違いの瞳が、じっとこちらを捕らえてくる。

 顔を上げたオーエンと、少しだけ距離ができる。目を丸くして、呆然としているクララを見て、オーエンは満足げに口角を上げた。


「ふふ。砂糖菓子みたい」


 そう言って、オーエンはもう一度それに触れた。