クローネたち


立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
まさにこの女はそんな表現がとてもよく似合っていた。大和撫子って言うのはアイツのことか、と同期のロディは目を細めて笑い苗字に大きく手を振る。


FBIとマスタード色で書かれた少し大きめのジャケットを羽織り、艶のある炭のような黒の髪を1つに纏めた女が大きなプラスチックのファイルを抱え走ってきた。


「さっき鑑定が終わってね、赤井さんご名答。見事殺人でした」
「だろうな」
物騒な言葉を、まるで肯定的な名詞と繋ぎ合わせて表情を穏やかにする苗字に少しだけ自分を重ねてしまう。他殺であるにも関わらず、自殺と片付けられる被害者を思えば殺人容疑に切り替わったこの瞬間少しは報われたな、と思ってしまうのが我々FBIである。恐らく、どの国の警察も善良な心と少しの残忍さを持たなくてはやっていけない。だから俺達と同じように思うだろう。


「じゃあ俺、聴き込みしてくるわ」
連日動き回ってんだからお前らはもう休め、とロディは開けた商店街の方へ歩いていった。

「赤井さんこの後どうする?」
「...、ああ。引き続き調査と行きたい所だが」
幾分睡眠不足でな、と欠伸をかみ殺せば彼女も小さく欠伸をし、うわ移ったっと困ったように口角を上げた。ある程度仕事の目処も立ったので早急に帰って寝たい。


夏の夕闇がにわかに濃く迫ってくる。
先程まで真っ青な空が広がっていたように見えたが、今は沈みかける夕日を浴びて白皙の顔が茜色に染まっていた。
夕方の日差しはその暑さにも日中の挑みかかるような強さではなく、どこかだらりと気怠い残照となっている。
兎に角室内に入りたい、そう苗字に伝えれば、彼女は少しだけ考えて思い切って飲み行きます?と大きく笑った。

「直ぐそこまで睡魔が襲いかかってるのに酒か」
「ほら、サシ飲みって私達したことないし」
正直今すぐにでもシャワーを浴びて煙草を吸って寝たいが、目の前の芍薬に誘われてほっとく訳にもいかない。

「オススメの酒場とかあります?」
ペンシルベニア近くの酒場か、と暑さで沸きそうな頭で考えてみても女を連れて行くような良い酒場は思い浮かばない。
現に、苗字は最近配属されたFBI職員である。
未だ土地勘は無いらしく、スマホで検索しているが地図の見方が分からないと苦戦している。

「そんなに酒飲みたいのか」
「赤井さんと飲みたいんです」
「なら家来るか」

暫く宿舎泊まりで家帰ってないから、色々散らかってるかもしれんが、と言えばお邪魔する前に何か手土産買ってかなきゃと真顔になる苗字は生粋の日本人だ。

「酒なら棚の中にそこそこあったはずだ。あと手土産はいらん」
「ええ、じゃあお邪魔しちゃお」
嬉しそうに満面の笑みを見せる苗字に、よくもまあ新人の癖にここまで社交的だなと感心する。

FBI内でも特に俺は取っ付き難いと言われる。
新人も滅多に話し掛けてこないし、自分自身さほど人に興味も無ければ関心も無いからプライベートまで一緒に過ごすような後輩は居ない。

異性となればそれも別ではある、が。

下心無く人懐っこい笑顔で凝りもせずに話し掛けてくる苗字には呆れ反面少しだけ興味が芽生えていた。そんな余計な感情を払拭する為、ジャケットの内ポケットから少し潰れた箱を取り出し、1本煙草を咥えマッチで火をつける。ゆっくりと肺いっぱいに吸い込んで彼女の居ない方に向かって煙を吐き出せば隣でくすり、と笑ったような気がした。

「煙、気にしないで」
私も吸うから、と彼女はスキニーパンツの後ろポケットからアメリカン・スピリッツの箱を取り出し慣れた手つきで煙草を口に咥え、火をつけた。
赤黒い夕暮れの光に照らされて、ちらりと灯ったオレンジ色が儚く色付く。


「...、ほぉ」
稚な顔の抜け切らぬ顔立ちをしている苗字が歳相応の行動をする、傍から見れば何たってない事だろうがそれは俺自身の体の芯がぼんやり光るように甘美に疼かせるのに充分過ぎた。

これから自宅で此奴と2人、アルコールに溺れてそのまま死んだ様に眠るだろう。

もし仮にその先があるとしたら、そう何か進展があるとしたら。
少しだけ隣のこの女に期待してもいいのだろうか、と我ながら未だまだ若いなと煙を吐く。そんな想いを込めて俺は苗字の腰に手を回した。