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千代のやりたい事5


烏瑪と千代が共に過ごし始めて早一週間。千代の身体は二つの病気に蝕まれてボロボロになっていた。一週間前の時点で青かった顔は一層青白くなり、食事をまともに取れないせいで頬も少しこけているし、咳や熱もかなりひどい。誰が見てももうすぐ死んでしまうということが分かる程だ。

「う、づめ、さん」

千代はか細い声で途切れ途切れになりながらも、必死に声を紡いで烏瑪の名前を呼ぶ。烏瑪は黙って近付いて伏せている千代の身体を起こした。

「ごめ……なさい……。せっか、く……一緒、にいれ、る……のに……」

千代は烏瑪の家に来てからすぐのうちは病気の事を気にせずにいたが、そのうちに病気が烏瑪に移らないか怖くなってしまい、今日まで烏瑪の家の一室に閉じ籠っていた。その間は烏瑪とも障子越しに会話をするくらいで、今のように触れ合う事はおよそ6日ぶりだ。

「良いんだよ、千代は気遣ってくれたんだろう。それよりも、今日はどうしたんだい?」
「う、ん……。あの、ね……ちよ、きっと、今日、し、ぬんだと、思、う……」
「っ……!!」

千代がそう告げると同時に、烏瑪は目を見開いて千代を抱きしめる。分かってはいた、触れても触れていなくてもそう遠くないうちに千代は死んでしまうということは。それでも、納得も心の準備もそこそこなうちに、こんなに早く別れの日が来るなんて烏瑪は思っていなかったのだ。

「だか、らね……、きょ……は、一緒に、寝てほし、くて……」

抱きしめられたまま抵抗も腕を回す事もできずに、千代は言葉を続けていく。その体は少し力を込めれば折れてしまいそうな程細く、骨も浮かんでおり触れていなかったとしてもそうであることが分かる程だ。だがそれでも、千代は心底嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「あぁ、うん。もちろんだよ」

烏瑪はもうすぐ死ぬと分かっているというのに、笑顔を見せた千代が愛しくて、ぎゅうと最後に力強く、同時に折れないよう優しく抱きしめてから千代を解放して横に寝かせた。そのすぐ横に烏瑪も寝転がる。
烏瑪が寝転がると千代は満足そうに笑って烏瑪の手を握る。握ると言ってもその力はとても弱く、ほとんど添えるだけの状態だったが。それを握り返すと千代はまた嬉しそうに微笑んで

「おや、すみ……なさい、烏瑪、さん」

と言った。

「おやすみ、千代」

それを見て烏瑪も泣きそうになるのを堪えながら、微笑み返した。それから二人はお互いの手の温もりを感じながら、目を閉じた。



「…………さん、……めさん。……烏瑪さんっ、朝ですよっ」

聞き覚えのある声に耳元で叫ばれて烏瑪は目を覚ます。昨日確かに片手にあった小さな温もりは既になく、今片手にあるのは暖かさも冷たさも感じないただ触れていると感じるだけの、小さな手だった。
その片手の主に本来ならば烏瑪に心当たりはない。なぜなら寝る前に握った千代は、死んでしまったはずだからだ。だがその手は紛れもなく千代のものだと、烏瑪はすぐに分かった。少なくともこんなに小さくて細くて、所々に紙で切った跡がある手を烏瑪は他に知らない。

「ち……よ?」
「おはようございます、烏瑪さんっ」

しかし千代は確かに昨日「自分は今日死ぬ」と言った。故に目の前にいるのは千代だと言う確信は持っているのに、そんなはずがないと信じられないまま烏瑪は千代の名前を呼ぶ。すると元気良く上から返事が返ってきた。

「千代……!?ちよ、千代っ……!!」

返事が返ってくるなり、烏瑪は触れている手をぐいと引っ張り千代を思いきり抱きしめる。触れている肌に温度を感じないだとか、なんとなく透けている気がするだとか、そんな些細な事は今の烏瑪の目には入らない。そんなことよりも、千代がここにいるという事実が烏瑪にとって何よりも嬉しかった。
千代はその抱擁を今までの弱々しい笑みでなく、満面の笑みで受け止める。死んだはずの自分がいるのに、それをいとわずすぐに抱きしめてくれた事が、千代にとって何よりも嬉しかった。

「千代……!良かった、でも、なぜ……?」
「千代はね、幽霊になったの」

言われて烏瑪はようやく元々千代が寝ていた場所を見る。確かにそこには氷以上に冷たく、動かない千代の体があった。けれどそれにはなんとなく予想はついていたので烏瑪が驚く事はない。
ただ、なぜ幽霊になったのか、なれたのか、少し気になりはした。

「烏瑪さんと約束したから!」

聞かれる前に千代は烏瑪の疑問を読み取って、明るい声で答えた。
千代の言う『約束』には烏瑪にも覚えがある。千代を初めて抱きしめた日に、千代が言い出したものだ。『死んでも烏瑪さんとずーっと一緒にいる』と。
千代は死んでも烏瑪と一緒にいられると、信じて疑っていなかった。だから死ぬ前にも笑っていられた。だからあまり不安ではなかった。その約束があったからこそ千代は病にも耐えられたし、幽霊になれたのだ。

「そうか……、千代はこれからも私と一緒にいてくれるんだね」

それらを千代の一言で全て理解した烏瑪は、心底嬉しくて泣きそうになりながら微笑んだ。

「烏瑪さんが迷惑っていっても、ちよは着いてくの。だってちよ、烏瑪さんが大好きだからっ」
「私がお前を手離すわけがないだろう。私もお前が大好きなんだから」

二人の告白は恋人へ向けるものではなく、家族へ向ける「大好き」だ。だからこそ嬉しくて照れくさくて、二人で顔を見合わせて少し笑った。
 
「そうだ、明日にでも西京に行こうと思う。きっと千代の両親も探しているだろうし、この家にも迷惑はかけられないからね」
「西京……!!」

烏瑪の言葉に千代の目が輝く。
妖怪も人も亜人も宇宙人さえもが相手がどの種族であろうと関係なく接し、障害なく友人や恋人になれる場所。そういう場所だと千代は記憶しており、一度は行ってみたいと思っていた。
しかし病弱な体では遠くへ旅行するのは難しく、結局生きている間に行ける事はなかった。だが今の千代は幽霊である。体の負担など全く気にする事はないのだ。故に千代が跳び跳ねる勢いで喜ぶのは当然だった。

「そんなに楽しみかい?」
「うん!一度行ってみたかったの!」
「それは良かったよ」

対して故郷を離れるのは寂しいかもしれない、と心配していた烏瑪は杞憂だったことが分かり安堵する。

「じゃあ千代、身支度をしておいで。着替え……はいらないのかな。折り紙と、何かいるものがあったら持ってくると良い」
「うん!」

元気よく返事をして、千代は浮きながら別室へと移動する。折り紙も折れない程に衰弱していたので、枕元に置いていたわけではないのだ。烏瑪にどこにあるのかを別室から聞いて、答えが返ってきたのでそこを探せばすぐに見つかった。
次に何がいるのか、千代は目を閉じて首をかしげながら考えた。まず思い当たったのはくしと鏡。同じく烏瑪に聞いた場所を探せば少し時間はかかったが見つかった。
他はもう持てないので、最後に式神達を使役するために使っていた紙。それは確か枕元に置いてあったはず。
先程寝ていた部屋に戻ってくると、既に烏瑪は支度を終えており、布団も畳まれて千代の身体もなくなっていた。

「烏瑪さん、らーちゃん達知らない?」
「式神達ならここにいるよ」

布団が片付けられてしまったので、枕元がどこか分からない。なので烏瑪に聞いてみればすっと懐から差し出して、手渡してくれた。それを受け取る際に烏瑪の横を見ると、子供が一人入りそうな大きな鞄が二つ、そばに置いてある。

「烏瑪さんの荷物、おっきいね…。大丈夫?ちよも持とうか?」
「ありがとう、でも大丈夫だよ」

千代が荷物に手をかけようとする前に荷物を手に取り、立ち上がりながら烏瑪が答える。千代はそう?と素直に手を引っこめた。

「用意はもう良いのかい?」
「うん!らーちゃんも一緒だし、折り紙も持ったし、大丈夫よ!」
「そう。じゃあ行こうか」

言いながら鞄を持っていない方の手を、烏瑪は千代に差し出す。手を繋いで歩きたいからだ。既に幽霊の千代には烏瑪の異能は働かないし、幽霊は病気にならないので病気を移すかも知れない恐怖もない。だから烏瑪は微笑んで、母が子供にそうするように、手を差し出した。
千代の方は烏瑪から手を差し出してくれた事が嬉しくて嬉しくて、何も考えずに顔を輝かせながらその手を取った。

「嬉しいね、烏瑪さん!」
「そうだね、千代」

手をしっかりと、絶対に離さないように握りしめて微笑みあいながら二人は西京へと向かい、歩き出した。

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