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千代のやりたい事4


走って走って、いつもの待ち合わせ場所まであともう少しという所まで来た。しかし千代の頭はくらくらと揺れて、心臓はばくばくばくといつもよりずっと速く鳴っている。自分では走っていないのに、こんなになっているのは病気のせいか、ただの酔いか。なんにせよ倒れる前に早く彼に会いたいと願いながら千代は着くのを待った。
数分走らせて、ようやくその場所へと着いたが、彼の姿はまだない。千代は彼が来る前に、と落ちるようにして式神から降りてから、その顔を抱きしめた。

「らーちゃん、今までありがとう。ちよの我が儘にいっぱい付き合ってくれたり、寂しい時に側にいてくれたり、ちよの代わりに戦ってくれたり……。ずっとずっとちよを支えてくれてありがとう、らーちゃん、だいすきよ」

言いながら千代は式神を力強く抱きしめる。式神は嬉しそうに喉を鳴らしながら千代にすり寄ったり顔を何度も舐めたりした。それが式神なりの精一杯の愛情の示し方で、それを千代はよく理解していたので嬉しさと今世では二度と会えない悲しさで泣きながら笑った。
しばらく一人と一匹でじゃれ合って、またねと来世で会う約束をして、式神は紙へと戻っていった。一人になった千代は彼が来るまで待っていようと木にもたれ掛かる。式神とじゃれ合っているうちに頭も心臓も落ち着いてきていたので、まだもちそうだ。

「でもやっぱり、早く会いたいなあ」
「誰に、かな」

千代の独り言に、返事が返ってきた。驚いて振り返るとそこには待ち人が立っている。千代の胸は先程以上に胸が嬉しさでいっぱいになって、すぐに立ち上がった。立ちくらみはしたが、そんなもの気にならない。千代は両手を広げてずっとずっと、出雲大乱が始まる前から言いたかった言葉を口にした。

「烏瑪さんっ!ぎゅってしてほしいの!」

待ち人、烏瑪はまさかそんな事を言われるとは思わなかったのか、面食らった顔をして固まった。

「烏瑪さん……?」

首を傾げて、まだ両手を広げている千代。烏瑪は名前をもう一度呼ばれてようやく我に返った。そして抱きしめたい心と手を留めるために両手を固く握りしめる。

「千代、こんな所で何をしているの」
「ちよね、病気で死ぬんだって。だから死ぬ前にどうしても烏瑪さんに」
「千代」

烏瑪の声は低く、諭すような物言いだった。その声に思わず千代は怯んでしまう。

「親御さんが心配しているよ、戻りなさい」
「っ……!?」

今度は千代が烏瑪の言葉に面食らった顔をした。まさか拒絶されるとは、ましてや帰れと言われるとは思っていなかったのだ。
広げていた両手を降ろして、拳を握りしめる。その手はぷるぷると震えていて、笑顔はどこへ行ったのか、目には涙がたまっていた。

「……いや」
「ダメです、せめて親御さんに説明をしてから……」
「いや!!戻ったってどうしようもないもん!どうしても死ぬんだったら、どうせ死ぬんならっ、ちよは烏瑪さんの病気で死にたいのっ……!!」

諭そうとする烏瑪の言葉を遮って、千代は叫ぶ。触れてはいけないと聞かされてからずっと我慢してきた。頭を撫でて褒めて欲しかった時も、背中を撫でて慰めて欲しかった時も、烏瑪が不安そうにしている時に抱き締めたいと思った時も、烏瑪が悲しむと思って、ひたすらに我慢にしてきた。
そしてどうあがいても死ぬという事が分かった今、烏瑪のせいで死ぬわけではないのだからもう我慢をしなくても良いと思っていた。だが予想に反して拒絶され、千代は今までの我慢の分爆発したのだ。
だがそれでも、烏瑪は首を横に振る。千代の「抱きしめてほしい」という想いと同じくらいに烏瑪の「触れてはいけない」という想いも固く強い。
烏瑪は泣き叫ぶ千代に今度は叱るように、きつく言い放った。

「それでも、それは許されないことだ」
「……!どうしてっ……!?ちよは、ちよは烏瑪さんに抱きしめて欲しくて、頭を撫でて欲しくて、手を繋いだりしたくて、ずっと待ってたの!ようやくっそれが叶うと思ったのに……!!」

しかし今の千代にはなぜ許されないのか、なぜ拒絶されるのか、理解できずに泣き叫んだ。烏瑪は黙ったまま、動かない。それが悲しくて悲しくて千代は烏瑪の顔を見れなくなって、視線を地面に移した。その途中、ふと涙で滲む視界から烏瑪の手が見える。血が滲みそうな程強く握られているこぶしは、まるで何かを我慢するようで。たったそれだけの事だったが、千代にはそれで充分だ。千代は汚れることを気にせずに、急いで汚れた袖で涙を拭いてもう一度烏瑪の目を見つめて、口を開いた。

「最後にもう一回聞いてもいい?それでほんとのほんとに、諦めるから。もうわがまま言わないから。あのね、烏瑪さん。ちよは烏瑪さんといたいの。ダメ、かな」

涙声で、まだ少し涙が目に残ったまま、それでも千代は決心を目に写してもう一度烏瑪に問う。
一方再度問われた烏瑪は、抱きしめるか、もう一度拒絶するか、決められず迷っていた。しかしそれはほんの数秒で。烏瑪も同じように決心すると千代に一歩近づき、千代と同じ目線になるよう膝をついて両手を広げた。

「千代、おいで」
「……!!烏瑪さんっ!!」

烏瑪の言葉を聞いた途端、千代の顔が一気に輝いて勢いよく烏瑪の胸に飛び込む。勢いよくと言っても、千代は体力も体重もなかったので烏瑪がよろけることはなくそれをしっかり抱き止めた。
ぎゅうと千代を抱きしめて、千代も短い腕でなんとか烏瑪をだきしめる。
烏瑪に触れたことにより病気にかかる事だとか、もしかすると千代の病気が移るかもしれないだとか、いつもなら考えたかもしれないそんなことはお互い気にしなかったし、気が付きもしなかった。


それから烏瑪と千代は抱き締めるのをやめはしたものの、今まで撫でたり抱き締めたり触れたりできなかった分を埋めるためにその日一日は手を握ったりだっこをしてもらったりまた抱き合ったりなどを繰り返していた。決して触れていない時はないと言っても良いくらいに。

「烏瑪さん」
「なんだい、千代」

添い寝をしてもらいながら、千代が唐突に烏瑪の名を呼んだ。それに烏瑪は優しく微笑んで返す。

「あのね、私死んでも烏瑪さんと一緒にいたいの。ダメかな……?」
「良いよ、千代の好きなようにすると良い」
「やったぁ……!じゃあ約束ね、烏瑪さん。千代はずーっと烏瑪さんと一緒にいる!」
「……ありがとう、千代」

嬉しそうな千代に頷いて答える烏瑪。しかしその顔は嬉しいとも悲しいとも、どちらにも見えるそんな表情をしていた。それが千代には嬉しそうに映ったらしく、無邪気に約束をした事を喜んでいる。それにまた烏瑪の胸が痛んだ。烏瑪には「死んだら一緒にいられない」ということが分かっていたからだ。
それでも肯定するのは、その事実を伝える事はあまりにも残酷だと判断したからともう一つ。もしかすると、の希望を捨てきれなかったのだ。

「今日はもう遅いから寝ようか、千代」
「うん……、おやすみ烏瑪さん」
「おやすみ千代」

話題が途切れた所で、烏瑪は千代を寝かしつけようと優しく頭を撫でる。千代は約束できた事で安心したのか、一言寝る前の挨拶をした数秒後にはすやすやと寝息をたてていた。

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