アニオリ626〜












ドレスローザに向かう途中、急に何者かに襲われ、シーザーを攫われた私たちはシャーク号に乗って謎の人物を追いかけていた。私は本当は付いていくつもりは無かったけれど、近くにいたからとルフィに引っ張り込まれてしまった。チョッパーを膝に乗せているとはいえ、3人乗りのシャーク号は狭くて仕方がなかったが、何とか無事にアジトらしき場所へと到着した。着いてすぐに走り出すルフィに声を潜めつつ話を聞け!と怒るローくんは相変わらず苦労人のようだ。チョッパーを足にくっつけた彼は振り返ると私にシャーク号に残るように伝えた。……私は彼らのように戦えるわけでもないのでそれが得策だ。彼の言葉に素直に従い、3人を見送った。




「……にしても、大きい船だなぁ……」




ドーム状になっている建物をゆっくりと見上げる。ガラス張りの壁は海の中を見渡すことができるようになっており、この船の主は海底が好きなのだろうか、と思った。でも船に現れた男らしきあの人は動物を操っているように見えたし……もしかしたらそういった悪魔の実でも食べているだろうか。彼らが負けるとは思わないが……能力者ではない私が何か唯一援護できるとすれば、とそこまで考えてからシャーク号のすぐそばにも存在する"それ"を一応、万が一のためにと小瓶に入れる。新しいアロマになりそうなものを採取するためにこういったものは常に身につけていた甲斐があった。



これが役に立てばいいけれど、とぼんやりとそれを眺めていると彼らが向かった方から猛獣の鳴き声のようなものが聞こえてきた。一瞬身を固めたけれど私が出て行ってどうにかなる相手とも思えない。祈るような気持ちでその場で帰りを待っていると不意に地響きがピタリ、と止んだ。ルフィが勝ったのだろうか、とゆっくりと部屋の方まで近づき顔だけ出して様子を確認し……目を疑った。



男爵のような格好をした男がチョッパーを抱き上げてクルクルと回る異様な光景のすぐそばには、何故か座り込んだルフィとローくんが居る。いつものように殴りかからないのか、と困惑している間にも彼らの腕には海楼石の手錠がかけられてしまう。一切の抵抗をしない2人の首にはよくわからない緑色の何かが巻きついているように見えた。……2人とも多分素直に敵の言うことを聞くタイプではないし、もしかしてあれがあの男の能力なのだろうか?よく見れば彼らに手錠をかけた動物たちも、チョッパーも、同じものを首に付けられている。状況はよくわからないがとりあえず私は自分の首の周りに小瓶から少し取り出した海水を掛け、連れていかれた彼らにこっそりと着いていった。








「ルフィ!ローくん!あとシーザーも……」
「俺だけ付け足しただろお前!?」
「サナ!」
「お前……待ってろって言っただろ……」
「ご、ごめん……でもやっぱ連れていかれるの見ると待ってられなくて……」




牢獄のような場所に囚われていた彼らの元に駆け寄る。3人ともやっぱり首輪のようなものを付けられていて、この鉄格子は海楼石で出来ているらしい。近くにでんでん虫が張り付いているので、恐らくあの男は私がここに来ている事には気付いているはずだ。どうにか破ろうと柵に何度もぶつかるルフィを一瞬見てからそっとローくんに目を向けた。ローくんは私の視線に気づいたようで此方へと近づいてくる。



「……ローくん、これ悪魔の実だよね?」
「あァ、奴の能力だ。これを付けた生物を操ることが出来る……俺たちも実際操られていたが恐らく、」
「!……もしかして何か思いついてる?」
「……確証はねぇ、でも信じる価値はある」
「……ローくん、こっちに首を寄せて……ちょっとしんどいかもしれないけど我慢してね……!」
「何、ッ……!?こ、れは」




「───"ペトペト"!!!」






突然聞こえた声と同時に首に何とも言えない違和感を感じると振り返ると先程見た男がニヤニヤと笑って立っていた。





「こいつらの仲間か?女までいたなんてなァ……」
「ペト男!!!サナとチョッパーを離せ!テメェ、俺の仲間になんかしたら許さねぇぞ……!」
「ふん、チャッピーはここにいるぞ……!」




男の背後から出てきたチョッパーは妙な格好で着飾られており、男はそれに頬ずりしている。ルフィは腹を抱えてものすごく笑っているがチョッパーは気が気じゃないと言った様子で暴れている。……この男はよく分からない。本当に動物が好きなのだろうか?チョッパーは男の腕の中でじたばたと暴れ、その拍子に男の頬へと傷をつけた。途端に男は豹変したように目を見開くとチョッパーを地面に投げ捨て、持っていた鞭を思い切り振り下ろした。

これに目を見張ったルフィは怒り「俺の仲間に何すんだ!」と叫ぶ。それに動揺するそぶりを見せた隙に、私はチョッパーと男の前に割り込むように立ち塞がる。これ以上彼を殴らせるわけにはいかない……!おい、とローくんの焦った声が聞こえた。





「……仲間……!?仲間なんて信用できねぇ……!いいか!?必要なのは俺様のために働く忠実な駒だ!道具だ!……チャッピーを庇ったお前も所詮俺の駒だ!"跪け"!」
「……!」
「聞こえなかったか!?"跪け"と言ったんだ!」





一瞬、ローくんに目を向けてから私はゆっくりとその場に跪く。彼は少し目を開いてから理解したように小さく頷く。……私はとにかく、能力が海水のせいで効いていないことを悟られなければいい……!




「ほら見ろ!?何も出来やしねぇ……女、俺の手に"口付けろ"!」
「っ、」




思わず嫌悪感に顔が歪むのが分かるが私はゆっくりとそれに従い、男の手の甲へと口付ける。ローくんが眉を顰めて、ルフィがガタガタと檻を揺さぶり、私の名前を強く呼んだのが分かった。彼は自分にも他人にも支配を嫌う、怒るのに無理はなかった。



気を良くした男は自分の計画を話し始める。SMILEを使い人間を動物にして自分だけの王国を作りたい、そんな理想を口にした。ルフィは怒りに満ちた顔で叫び男を一蹴する。






「俺は海賊だ!誰の命令も効かねぇ……海賊は自由なんだ!」





ルフィの叫びに魂が震える。怒り狂った男が指を鳴らすと地面がどんどんとせり上がり、遂にはかなりの高さにまで到達する。私とシーザー、そして男を乗せた高台から男は下にいる二人にお互いを殺しあうように命令した。なんて、ひどいことを……!命令通りに殴り合いを始める二人に思わず手をギュ、と握り込む。不意に、ローくんがこちらを見た気がした。彼は器用に天井に吊ってあるロープに捕まるとそのまま高台まで飛び込んでくる。操られているルフィもそれに従い、そして、





「サナ」
「……!」





ルフィの一撃で崩れた塔から私とシーザーは投げ出された。背中に走る痛みに頭がクラクラする。視界に映ったいち早く逃げ出そうとするシーザーとローくんたちを交互に見てから私は足に力を入れて立ちあがり、シーザーを追いかける。……あの時確実に彼は私を、サナと呼んでいた。彼には彼なりの考えがある。きっとそうしろ、と言われた気がした。





そそくさと走り去ったシーザーを見つけたのはシャーク号の前だった。手錠のまま乗り込もうと四苦八苦しているところを地面にだらりと垂れたリードを都合がいい、と捕まえる。びくりと肩を揺らした彼は驚き振り向いて私を見ると、げ!と眉を顰めた。




「シーザー!」
「女……!お前も逃げだしたのか……!」
「私はあなたを押さえるように頼まれたの!だから乗せません!」
「何を勝手な……!」
「……シーザー!」
「……!サナ!?よかった!無事で!」




シーザーが反論しようとした瞬間に風の切るような音共に目の前に現れたのはローくんとルフィだった。揃って驚く私たちを見てローくんは満足そうに頷くと「助かった、お前はここに居ろ」と手短に述べ、シーザーのリードを私から受け取る。ルフィは私の両肩をぐっと掴むと怪我は!?と尋ねた。その気迫に自然と頷くと彼も力強く頷いて「待ってろ!あいつぶっ飛ばしてくる!」と宣言した。それに色々な思いが晴れていく気がして、待ってる、とそれに応えた。遠くなる背中が頼もしくて、重荷が下りた気がする。もうきっと大丈夫だ。少しの間忘れていた背中の痛みがジワリと戻ってきたのを感じた。





…………しばらくして帰って来たルフィがたくさんの動物たちを連れて笑顔でこちらに手を振っているのに私も思わず飛び跳ねて手を振り返した。あぁ、良かった。










「ローくん、演技とはいえあんなにルフィに殴られて怪我をするなんて……」
「……仕方ねぇだろ、バレたら終わりだった」



シーラパーン達にシャーク号を運んでもらって男……ブリードの船からサニーへと帰還する最中、ルフィとチョッパーはシャーク号の上に座ったので船内は必然的にローくんと二人になっていた。今は血は止まっているけれどルフィに殴られたんだ、軽傷とはいえない。私は彼のことに詳しい訳じゃないけれど、無理をするタイプなのは今回の件で明らかになった気がする。





「……だが、お前の機転には助けられた。能力者に海水は強硬手段だがな……」
「へ?」
「持ち場を離れたのは……まあ、感心はしねぇ、そのせいでお前もアイツに従うことになった」
「……ええと、褒めてくれてる?」
「……助けられはした。あとで背中はトニー屋に診てもらえ」
「……はぁい」




それだけ言うとふい、と目を逸らした彼はこれ以上は話す気は無いらしい。つい、少しだけ笑みが溢れた。素直なのか、そうじゃないのか。私の怪我すらも見抜いていた彼、やっぱり私達の船長の見立ては間違いはないらしい。ローくんは良い人なのだ。






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