「じゃあお願いするわね」





ロビンのその声に頷いた私と、一言返してからそそくさと部屋を後にした彼にとって今日は長い夜になる。緩やかに笑って手を振った彼女に同じように振り返して、視界の端に見えた何故か眉間に皺を寄せたローくんを不思議に思いつつ扉を閉めた。暖かい光がドアの下から漏れていて、なんとなく笑みが溢れる。欠伸を一つした彼に続いて私もマストの方へと駆け寄る。何を隠そう、今日は彼と不寝番なのだ。






ドレスローザでの一件から数日、私達はロメオさんのゴーイングルフィ先輩号……という、彼のルフィへの愛が伝わる船に乗ってゾウを目指していた。本来は彼や彼のクルーが不寝番をすると言ってくれていたのだけれども、それを抑えて私が役目を買って出たのだ。事実、きっと私の方が体力も元気もあるので特に負担ではなかったのだが……それはもう、何度も止められた。申し訳ない、と慌てる彼等と譲歩しあい、裏で他に備えとして人員を置くことで許してもらった。私達は乗せてもらっている立場なので彼等が許す限りは何かしら力になりたいと思っていたけれど、これで少しはお返しになるだろうか。それとも逆に気を使わせてしまっただろうか、なんて考えたが、案外、最終的には守り神だ、女神だ、と泣いて喜ばれてしまったので悪い気にはさせていないと思いたい。





「…あ〜……」
「……眠い?」





彼の隣に腰掛けて問いかけるとそりゃあそうだろ、と返される。本当は私だけのはずだったけど、可決されてすぐに彼が自分も行く、と言い出したのだ。流石に驚いて彼を説得しようとしたけれど「お前だけじゃ不安だ」とあまりにはっきりと言い切られてしまっては私も閉口せざるを得なかった。とはいえ、こうして眠そうに欠伸を噛み殺す彼を見るとやはり本意ではなかったように思える。大丈夫なのに、と独り言のつもりで呟けば、なら大丈夫だって態度を示せと鼻で笑われた。……否定はできない。





「でも、ゾロこういうのは嫌いじゃないよね」
「あぁ……?」
「一人で見てるの。たまにそうしたい時あるでしょ?」
「……まぁ、たまに」





一瞬こちらに目を向けた彼は私の言葉にゆっくりと視線を空へと移す。つられるように私も見上げて、そこに輝く幾千の星にため息をついた。今日は天気が良かったから雲もなく、更に運も向いていたのか、月の光は普段よりも潜められている気がした。





「……私も、そうなの」
「知ってる」





間髪置く暇もなく、ゾロは私の言葉にそう返して目を閉じる。思わず彼の方を見たけれど、彼は瞼を開ける気はなさそうだった。…………実の所、私が今日不寝番を買って出たのは彼と同じような理由の部分も、ある。気分転換がしたい、というのとは少し違うが、一人空の麓で寝転がったり、ただ見上げるだけの時間を過ごしたい。そんな気持ちになることが昔からあった。その点ゾロとは似通っており、彼と二人ならば特にお互いに"ひとり"の時間を楽しむことが出来る。矛盾しているが、彼とこうして並び、暖かく光る闇を眺めるのは、本当に何も気負わず、安心して過ごせていた。彼もそれを拒否しないので、きっとそこも似ているんだと思う。私だけが残ることを心配してくれたのは勿論だが、彼もこの瞬間が嫌いじゃないのだと汲み取ることが出来た。





「昔はよくこうしたよね、最近は忙しかったから久しぶりだなぁ」
「まぁ……ここんとこ戦い続きだったしな」





そういう彼の横顔は穏やかで、いくつもある星をぼんやりと見つめる目は柔らかい。ゾロとこうして空を見上げたのはアラバスタの肌寒い夜が初めてだった気がする。あの日のことは私もよく覚えていて、今は随分表情も目も優しくなった、と感じた。当時、まだ海賊として生きていくことに不安に思って考え込んでしまった私を癒してくれたのはいつも満天の星空で、決まってそこには彼が座っていた。彼が私の悩みに反応してくれたことはほとんど無かったけれど、かえってそれが心地よかったんだ。自分の整理がついた時、初めて彼にまともに私から声をかけ「……堅苦しい」と眉を顰められたのは今ではいい思い出だ。それ以来、彼とは空が綺麗な日に意識せず語り合うことが増えたのは多分気のせいではないはずだ。だからこそ、こうして星を見るとなんだか心が落ち着いた。





「……なんていうか、嬉しいな、またゾロとこうやって星を見れて、」
「……」
「……ゾロ?」





私の言葉にこちらへと顔を向けた彼は少し難しそうに眉間に皺を携え、鋭い視線をこちらに向ける。思わず萎縮してしまいこうなその顔は険しそうに、でもそれだけ染まっているようにも見えないからこそ意味がイマイチ掴めない。素直に尋ねようとすると、彼は突然その場に立ち上がり、マストに手を掛けるとそのまま足をかけ登り始めたではないか。その行為にさすがに驚いた私にくつり、と喉を鳴らしたゾロは上は任せろ、と私が聞いたのとはずれた回答をするのでそれこそ首を傾げれば、後ろから大きな舌打ちが聞こえた。振り返るとそこにはいつもの帽子を被ったローくんがその場に立ち尽くしていて、また目を丸くする。彼の目はマストの上に向いており、そこで私はゾロが声をかけた相手が自分ではないことに気付いた。





「ろー、くん……?いつから、」
「……あいつに聞け」





吐き捨てるようにそう言った彼は少し機嫌悪そうに私の隣へとゾロに代わるように腰掛け、ぱさりと私の素肌の足元に何かを被せる。確認するように頭を下げるとそれは軽い熱を持った薄めのシーツで、つい弾かれるように彼の顔を見る。もしかして、気遣ってくれた?




「あの、えと……ありがとう……?」
「……あァ」




恐る恐る述べた感謝に彼は否定をしない。きっと本当に夜に外の番は身体が冷える、と私を気にしてくれたのだろう。なんだかそう考えると心まで温かく感じて、ぎゅ、とシーツを握りしめた。もう一度ありがとう、と溢れた思いを伝えれば少し居心地悪そうに身じろぎしたローくんはぐい、帽子を引き下げる。彼のその行為が照れ隠しに近しいものだと私は既に知っているのでつい、ふふ、と口元に笑いが浮かんだ。やはり彼は優しいひとだ。



ふとした沈黙が落ちて、落ち着いた波の音だけが辺りを支配した。すっかり落ちた近くの部屋の電気も相まって、私達を照らしているのは浮かんだ星々だけだ。私は自然に包まれるようなこの空間がたまらなく好きだった。無駄な力が抜けていくような感覚に浸るように目を閉じて感じいれば、少し控えめに彼が「何の話をしてたんだ」と私に問いかけた。内容を尋ねられているのだろうけれども、何、と特筆すべき話ではなかったので悩んだが、ゆっくりと吐き出すように「星の話」と答えた。





「星?」
「うん、私夜空を眺めるのが好きで……ゾロにもよく付き合ってもらったから」
「……俺も、昔はよく調べた」





本当?と彼の言葉に今度目を輝かせたのは私で、その反応を見た彼はゆっくりと星を指差して繋ぐように動かして星座を形作るとそれについてポツポツと話し始める。彼の話はどれも興味深くて、低い声で紡がれたその音の調子が妙に心地良かった。何度も頷きながら興味を沸きたてつつ彼の言葉を逃すまい、とと耳を澄ませる。ふ、と幾つ目かの星座について話そうとした時に彼の声が途切れて、空から視線を離せば、彼は私を見つめていた。彼のその、何か言いたげな深い瞳にすこしだけ、戸惑った。





「ろーくん?」
「……お前も、似たようなもんだな」
「へ?」





彼の言った言葉に変に間の抜けた声が出た。彼はそれに続けて「惑星でも、衛星でもない、」と呟くとそれ以降何も言うつもりはないのか私から目を逸らして、また空を見上げた。彼が何を示したのか、私の知識では察することが出来なくて、歯がゆく感じつつ、同じように星に目を向ける。相変わらず揺らめく輝きに目を奪われて、ただなんとなく思ったままに、透き通るような青と柔らかな赤が並んだ二つの星を今の私たちみたいだ、と言えば彼は目を瞬かせてから、馬鹿か、と呆れたように吐き出した。嫌だった?と純粋に聞き返せば一瞬間が開いてから「そんな話、してないだろ」と先程より小さな声がして、そっか、と私は口元を緩めた。



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