「ッぁ、ろぉ、くん……っ!」
「サナッ……!」





くらくらするくらいのアロマの匂いに思考回路が溶けていく。しなやかで細い体には傷ひとつすら残っていない。柔らかくて、含んだらすぐになくなってしまうような、そんな白。浮いた背中に腕を回して支えながら、乱暴に腰を打ち付ける。高い声を上げて啼いた彼女があまりにも可愛くて、噛み付くように口付けた。深く絡めればびくり、と体を震わせて、奥を締め上げる反応の良さが俺をどこまでも煽っていた。首筋を伝う汗が心地悪くて腕で一思いに拭い取る。骨盤を捕まえるようにして触れる彼女の肌と俺の手の大きさがミスマッチなのが俺の興奮を誘う。小さくて、壊れそうで、甘ったるそうな、彼女を手に入れる快感。少し開いた口からは赤い舌が覗き、荒い呼吸を繰り返している。赤く染まりきった顔と汗で濡れた額に付いた前髪が妙に厭らしい。ただ、色に溺れた目が俺だけを見ていた。









「っ、……は、ぁ……!」






そして、海面から浮上した瞬間のように息を吸い込んだ。思い切り起き上がってしまったせいか頭がズキズキと痛い。額を押さえつつ、目だけを動かしてそこが自分の部屋だと理解した。少しずつ呼吸を整えて、やっと落ち着いてから冷静になった頭で考える。さっきのは、なんなんだ。



まず間違いなく……あれは夢であったはずだ。鼻孔を奥まで侵すような匂い、きめの細かい肌、甘く痺れきった声、全てを未だ正確に思い出す事ができる。それほどまでに、俺にとって今の夢は印象的だったらしい。その事実が重くのし掛かってきた気がした。なんだって、あんな夢を見なくてはいけないのか。ほぼ毎日顔を合わせている女を好き勝手に抱く夢なんて、悪趣味にも程がある。


夢は自分の今までに見たことのある光景をつなぎ合わせてできた、深層心理の表れとは以前文献で読んだことがあった。俺は彼女のあんな姿も、あんな顔も、そもそも、体すらも見たことがない現状、どう考えてもただただ俺の妄想でしかないそれが我ながら気持ち悪くて気分が悪くなる。それに、深層心理だとかそんなことを言い出したら俺の深層心理はどうなっているというんだ、頭を回る思考の渦が止まらない。……一旦、冷やそう。そう決めるが早く、扉を開けて船のキッチンへと歩を進めた。





……が、誤算だった。すでにそこには先客が…………彼女が座っている。熱心に本を読むサナは食堂の一角で真剣そうな表情で目を動かしている。今なら話しかけられることもなければ俺が話しかける理由もないので行くべきだと分かってはいる、いるのだが、なかなか足が動かない。ぼんやりと浮かぶ俺を見つめていた瞳が思い出されて、どうしても行く気になれない。今彼女と顔を合わせれば嫌でも夢を思い出すことは予想がついていた。



入ろうか、入るまいか、悩みながら最早睨むように彼女に目を向けていると急に彼女の頭がぐ、と沈み込んだ。サナ自身も、わ!と声を上げて、それからワシワシと髪をかき回すように載せられた手が動いた。あちこちへと跳ねた髪のまま振り返る彼女に合わせて俺もちょっかいをかけたヤツの顔を拝むと、そこに立っていたのはロロノア屋だった。




「っゾロ!もう、何してるの?」
「いい所に頭があったんで、つい、な」
「つい、でぐしゃぐしゃにしないでください!」




む、と頬を膨らませた彼女に面白そうに笑い、ロロノア屋は話を聞かない様子でもう一度彼女の頭を撫で回す。あぁ!と嘆くサナの視線を一身に受けながら、不意に横に垂れた髪の束をそっと彼女の耳にかけてやったのを俺は見逃さなかった。そのまま頬に手をやり指先だけで触れ、んなに怒るなよと喉を鳴らすその動作に怒っていた彼女は少し大人しくなる。首元まで下ろした手でまるで、飼い慣らした犬か何かをくすぐるような手つきに、ん、ん、と小さく声を漏らして心地好さそうにしたサナを満足したように見やると、そのままフラフラと食堂を後にする。残された彼女は少しだけそれを見つめて見送った後、ぼさぼさになった髪を整えようと必死に努力していた。





「……サナ、どうしたんだそれ」
「……あ!ろーくん、ごめんね今髪と格闘してて……」





必死に手櫛で解そうとしている彼女に白々しく声をかけた。あれほどまでに渋っていた俺の足はロロノア屋が去るのを見計らうと同時に彼女へと一直線に動いていた。知ってる、と心の中で呟いた俺は先程のアイツと同じように彼女の頭へと手を伸ばす。そっと触れた撫で心地のいいその髪をゆっくりと、丁寧に、整えていく。一瞬身構えたサナは俺の触り方を察するとすぐに大人しくなり、素直に撫でられるままになっている。艶のある指通りがいい髪質に思わず触りたい気持ちは分からなくはない、が、あくまであの男の後始末をするような俺は相当な悪趣味の自覚があった。彼女に分かりやすく喜ばれる道を選ぶなんて、本当に馬鹿らしい。でもあのまま何もせず去ることは出来なかった。どうしようもない不快感と少しの敗北感を払拭せずにいられなかったのだ。ある程度綺麗にまとめてやり、最後にアイツが触れたのと反対の頬に手をやると少し不思議そうに彼女は俺を見上げた。それから目元のあたりを親指で緩やかになぞってやれば、きゅ、と細められた目と機嫌良さそうに上がった口角にじんわりと胸が暖かくなるのを感じる。もっとこうしてやれば、もっとふにゃりと溶けたように笑うのだろうか、なんてそんなことを考えつつ、多少の名残惜しさを感じながら手を離した。






「ん、ありがとう、ろーくん」
「いや……」





素直に感謝を述べられるとこちらが心苦しくなる。俺の行動には他意しかなかったのに、彼女はどこまでもまっすぐに輝いている。合わせられた瞳が夢で見たのと同じように俺だけを写している、その事実に充足感を覚えた俺はじわじわとフラッシュバックしていく俺の想像の中の彼女の姿に少し奥歯を噛みつつ、本来の目的であった水をコップへと汲み取る。その最中に「あとでまたマッサージにいくね」と声をかけられて了承したが、また色々と思い出して……考えることに、なりそうで。ため息が出そうになるのを堪えつつ、頼む、と一言だけ声をかけた。








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