あなたは永遠に私のもの

2019.09.05







「おめでとう、サー」




私の呼びかけにじ、とこちらを見てから、ゆっくりと「あァ、」と返した彼の持つグラスにベルベット色のワインを注いでから、嗜む程度に私の分にも注ぎ込む。彼と違って私はあまりお酒に強い訳から弁えることは大切だ。そもそもアルコール自体特別好きではなかったが、流石にと言うべきか、彼の集めたものはどれも俗に言う"名酒"と言うやつで上品な香りと味わい深さに驚いて一瞬ぽかんとしたのはいい思い出だ。彼はその時のことを今でも覚えているようで、たまに2人で飲むと当時の話をしながらくつくつと喉の奥の方を鳴らしていた。私としては忘れてくれても構わないのだけれども。




「……お前のいつも飲むような甘ったるい酒じゃねェだろうな」
「勿論よ、誰だと思っているの?」
「分かってるから信用ならねぇ」




そう言って眉を顰めつつもグラスを慣れた動作で私の方へ傾ける彼が私は好きなのだ。無意識なのだろうか、それでも自然と受け入れられている気がしてなんとなく満たされる私がいる。乾杯、と笑顔を向けてガラス同士を当てれば心地良い音が響き、それに舌打ちをしつつ口内へ流し込んだ彼と、いい音ね、と聞き入った私はひどく対照的だ。




「どう?」
「……悪くはない、が、」
「あれ、だめ?」
「テメェには苦すぎるだろ」




呆れたように水面を揺らした彼は馬鹿らしい、といった顔で私を見る。まさにご名答、わたしにはこのヴィンテージものは本当に飲めないくらいに苦くて渋い。すぐにでも冷水で洗い流したいくらいに、と素直に返せば彼は息を吐く。





「くだらない見栄張ってんじゃねぇよ……テメェが飲めねェもんを無理して飲むの見ても酒が不味くなるだろうが」
「……顔に出てた?出さないようにしてたんだけど」
「そういう問題じゃねぇ」





フン、と鼻を鳴らした彼がぐい、ともう一口含むのを見る限り彼本人は気に入っているらしい。案外、買ってくるには悪くない選択だったようだ。近くに置いたボトルを手に取り、そこに貼られたラベルを見返して改めて頷く。我ながらいい趣味だ。





「あっ、」
「…………あァ……?ふざけてんのか、なんだこれは」
「気に入らなかった?このワニのイラスト可愛いのに」





ぱらぱら、と私の服に砂が掛かる。いつの間にか能力を使い隣に腰掛けていた彼は私から奪ったボトルを明らかに疎ましそうな表情でまじまじと見つめると、また舌打ちと共に投げ返すように私へと返却する。落とさないように受け止めつつ、これ、可愛いのになぁ、と大口を開けたワニをそっと指先でつつけば彼はそれを忌まわしそうに見下ろしながら話し始める。





「大体テメェは……意味分かって買ってんのか」
「赤ワインってことは分かってたよ?」
「名前だ、馬鹿」
「え?……とぅ、せい、みお、ぱ……」
「"Tu sei mio per sempre"……読めもしねぇって事は……」
「相変わらず博識だね、サーは」






私の返答にもう声すら出ない、と言ったように彼は今日一番の溜息を深々と吐き出すとそれはもう不快そうな顔を隠しもしないで私の顎を掴むと自分の方へ向けさせるように上へと引き上げる。切れ長な彼の瞳と目が合って、彼の指が唇をなぞるように触れる。一瞬、私もそこに目線を向けて、移らない"事実"に少し口角を持ち上げた。





「……随分とアンバランスじゃねぇか、そんなに顔を造ってんのにここには無し、か?」
「……それはね、サー」





こうするからよ、と告げるのと同時に彼の肩に手を掛け、一思いに、彼の私より薄いそれに口付けた。実際はほんの数秒だったであろう行為はもっと長く感じられて、ゆっくりと離れて見えた、彼の面食らったような珍しい表情とスタンプされなかった模様に頬を緩めた。作戦成功、と言ったところだろうか。暫く物凄い視線を私に向けた彼は脱力したように私から手を離すと苦々しそうに口を開く。




「どういうつもりだ……」
「あなた、口紅が移るの嫌いでしょ?」




だからよ、と笑いかける私に彼は額に縦皺を作るほどに顔を顰めると自慢のフックで私を容赦なく自身へと引き寄せる。なあに、サー、と白々しい私へ彼は睨むように顔を近づけた。






「クロコダイル、だ。……サナ」
「でも貴方、いつも綺麗な女性にそう呼ばれているじゃない」
「普段そんな格好も化粧もしてねぇだろ」
「あら、これくらいが好きなのか思った」
「……妙に芝居掛かったそれも、もう辞めろ、馬鹿馬鹿しい」
「……嫌だった?」






ふ、と詰めていた息を抜いて、いつものように砕けた調子で彼……クロコダイルへとそっと尋ねた。そう、私はいつも彼をサーなんて呼ばないし、こんなにグラマラスなドレスも、濃い化粧も、あんな話し方すらもした事がない。でも彼もはじめに私が"サー"と呼ぶのに付き合うように応えたのもいけないと思う。あの時点では彼だってある程度乗り気だった筈だ。クロコダイルは私の問いかけを無視しながらもう一度、どういうつもりだ、と尋ねる。





「だって、クロコダイルはこうして歳をとって、また私とは離れちゃうし……もっと大人な女性のがいいかなって……」
「……俺がいつ、お前にそれを求めた?」
「求められた事は、ないけど……」





私の言葉に今日何度目かの息を吐いた彼に体を縮こめる。大人で素敵な男性である彼の魅力は計り知れず、少し街を出れば彼に寄る女性は後を絶たない。彼がどんな人物か知っていても惹かれたからと誘うような人も珍しくはない。それに比べて私は彼の好きそうな女性像からは外れ、彼の好みのワインもロクに飲めない、全くもって面白くない女な自覚がある。だから彼の誕生日であるこの日だけでも、素敵な女性になれば喜ぶだろうと思ったのに、目の前にはいつも以上に機嫌が悪そうな彼しか居ない。私の努力は何の成果もなし得なかったようで、もうどうすればいいのだろうか、と落ち込む私に不意に彼は私の名前を呼ぶ。





「……サナ、お前が俺を全く分かってないことはよく分かった」
「す、すみません……」
「だから、じっくりと、教えてやる必要があるみてェだな」





え、と私がそれに何かしらの反応をするより先に視界は砂で埋まり、気づけば片腕で彼に持ち上げられていた。困惑する私を出迎えるのは彼ご自慢のベッドルームで、その意味をやっと理解した私は一気に燃えるように体温が上がる。彼好みの少し硬いマットレスに狡いくらいに優しく手付きで降ろされて、ごくごく自然な動作で私の上に覆い被さった彼はニヤリ、と悪人面で笑う。




「いい眺めだな、レディ」
「れでぃ……!?」
「……いいか、サナ。俺は面白い女が好きなんだ、何処にでもいるような取ってつけたようなイイ女なんざ、飽きた」





そう簡単に吐き捨てる彼にそんな、横暴な、と呟けばクロコダイルは含んだ笑みを浮かべ、する、と私の頬を撫でる。突然触れられてビクついた様子にまた彼は満足そうに口角を上げる。




「その分お前は訳が分からなくて、暇にはならない。こんな面白ェもんを隠して普通になる必要なんざねぇ、違うか?」





彼の言葉に思わず目を瞬かせた。わかりづらくて、遠回し。かれはいつもそうで、私の受け取った意図と彼の発した意図が同じなのかなんて分かりはしない。私の混乱に待つなんて言葉を知らない彼はそのまま声を紡いでいく。




「……だが、そのドレスも脱がしちまえば変わんねぇ、お前に似合わねぇ化粧も今からどうせ落ちるんだ、問題ないだろ?」
「も、問題しかないよ!」
「騒ぐなよ、レディ…………あァ、だが、そうだな……あの酒の名前と、」




そこまで言ってから彼は瞳を細めると、大きな手を頬に当て、私の唇を自分の唇で押し上げ、その中で探し当てた舌を絡めとる。熱く濡れた彼のもので口内を好き勝手に貪るようなキスに頭の奥がクラクラと揺れた。もう何が何だか分からなくなってしまった私はされるがままとなり、深い口づけからやっと解放され、両者の口の端引いた銀の糸が切れるとクロコダイルは見失った獲物をやっと捕まえた時の肉食獣のように笑い、







「……移るのが嫌いだと気付いたことには、褒めてやる」






そう言ってから、ぺろり、と自身の唇を舐め、もっと堪能するようにと彼はまた私の口に噛み付いた。












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