往生際の端の端

※WJ954









荒い呼吸を繰り返しながら、俺を置いて去っていくトラファルガーに視線だけを向けた。分離した下半身は言うことを聞かず、血を流したことで視界が霞んで揺れが止まらない。



……皮肉なものだった。俺は正しい選択を選んで来たはずだった。これが、最良であったはずなのだ。しかし、どうだ?今の俺は惨め以外の何者でもない。仲間を想い、助ける為にここまで来たトラファルガーを馬鹿だと思った。思っていたのだ、それが今、本当に馬鹿だったのは紛れもない自分自身だと気付かされた。結果、裏切られたのは俺だった。先程あの男に問いかけた言葉すら、ただ俺の心を冷めさせていくだけだ。



思わず自嘲した笑みが溢れた。この能力を持った報いなのかもしれない。他者の命で肩代わりをする、俺はそれを最早どうとも思ってはいなかったしこれが俺の強さだったことは間違いない。それでも…………届かない。目指す先はいつのまにか遥か彼方へ遠ざかっていた。確率に従えば上手く生きられている、そう思っていた。それが今はもう何も見えそうになかった。ふと、握り込んだ手の中にカードが一枚握られている事に気付いた。今これを確認する必要があるのか、この運命をなかったことにするべきなのか、一瞬迷いが生じたが、導かれるように俺は重い体に鞭を打ち、それを持ち上げて確認した。






「…………"太陽"の正位置……」






本当に、導かれたのかもしれない。俺がこのカードを見て思うことは、カード自体の意味だけではない。この一枚にだけ、俺は違った想いを感じることができる。サナ……零れるように落ちたその名前を呼ぶ声は酷く掠れていた。このカードは彼女を表している。



昔から変わらず、いつも笑っていた彼女と俺は長い付き合いだった。俺が占いの魅力に目覚めた当時から、彼女はいつもそれを楽しそうに眺めていたのが未だに記憶に残っている。馬鹿にしているわけじゃない、毎回本気で俺の行為を見守っていた彼女は他の奴らのように面白がっていたわけではない。ただ、俺がしていることに興味がある、その理由だけで彼女は何年もずっとそこに座っていた。何度かサナにタロットを勧めたが、彼女はいつも見ているのが楽しいからと断っていた。もしかしたらタロット自体には興味はなかったのかもしれない。自惚れているわけでなく、ただ本当に俺がやっていたから、それだけの理由だったような気もする。……そんな中で彼女が一度だけ、俺に尋ねたことがあった。







「私ってホーキンスから見て、どれなの?」
「……それは占って欲しいということか?」
「そうじゃなくて、占い結果とか変わるものじゃなくてね……タロットのどれか一枚に私を例えたら、何なのかなぁって」
「…………お前は、」







…………あまりに、懐かしかった。こんなことを今になって思い出すなんて、本当に死ぬのだろうかと笑えない冗談を考える。笑えはしないが、それが限りなく外れているわけじゃない現状が一番の嗤い話に変わりはないのだが。



何故このカードが選ばれたのだろうか。徐々に思考力が失われていく頭の中で必死に理由を探った。これでも今まで信じてきたんだ、何かしらの意味がそこにはあるはずだった。閉じていた目をと押し開くと傷だらけの腕が視界に飛び込んで来て、その途端、不意に思い出した。俺が悪魔を体に飼うと決めた時、何も分からず俺は彼女をはじめての犠牲者としてしまったのだ。俺が怪我をした瞬間に彼女の右腕から鮮血が飛び出たのは忘れられる筈がない。どうしていいか分からない俺に対して、大丈夫と笑うだけだった彼女をなくしてしまうんじゃないかと不安だったのを痛いくらいに記憶している。彼女の傷が癒えた時、能力の実態を確認するために幾つかのテストを行い、やっと俺は「藁人形」として身代わりを作ることができるのだと知ったのだった。当然俺は彼女を身代わりから解放しようとしたが「いつか貴方のために死ねるなら……貴方より先に逝けるなら、悪くないかな」とそう言って、また、笑顔で拒んだのだ。あぁ、そうだ、そうだった。






「ッ、は、は……」






乾いた笑い声がおちた。嫌に明るいその顔を思い浮かべながら、俺は床を這いつくばるように腕の力だけで進んでいく。まだ死ぬわけにはいかない、例えどれだけ惨めでも、どれだけ格好が悪くても、諦めが悪いと言われても構わない。俺は彼女の命を背負っている。俺が死ねば、彼女も死ぬ。そんなこと、あってはならないのだ。





「……っ……サナ……」





噛み締めるように彼女の名前を呼んだ。お前だけは、消す訳にはいかない。今まで何度、心が無い、いかれている、狡いと言われたことか。自身を奮い立たせるためにも口角を持ち上げる。何を言われたって構わない、俺は最後の藁人形さえ護り切れたらそれでいい。その為にも光の入らない石造りの廊下を進んだ。俺の太陽へと向かって。









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