彼は海賊







ガシャン!とけたたましい音と共に地面に落下した皿が破片となり飛び散った。そして聞こえる下品な笑い声、ウェイターとして最近働き始めてくれた彼が慌ててそれを片付けようとすれば、彼が向かう途中に足を引っ掛けた男達はそのまま転んで指を切った彼をまた、散々コケにするように笑った。





もう耐えられなかった。私の父は海賊が好きだった。父が語る海賊は海を愛し、自由を愛し、天候に裏切られながらも楽しく航海をする人だったそうだ。この店をかつて護ってくれたらしいその赤い髪の男が率いる海賊団は倉庫の奥の奥まですっからかんになる程飲み食いをし、この酒場の平穏を保ち、金銀財宝を置いて"また来る"と言い残した。この話は聞き飽きるほどに子供の私は彼から聞いていて、それに憧れた時期もあったものだ。



しかし、現実はこうだ。病に伏した父の代わりに酒場を継いで1年たたず、やってくるドクロを掲げた男たちは皆強欲で傲慢、人を笑い者にするような奴ばかりだった。父の語る夢もの狩り、それだけを支えに今日までやってきたが、従業員を守れない店主が何処にいるのだろうか。エプロンを外してカウンターの扉を開き、さっきから山のようにご飯を食べている男の横を通り抜け、酔って顔を真っ赤にした大柄な男たちの前へと堂々と脚を広げ立ちはだかる。





「……なんだぁ?姉ちゃん……」
「早くお金を置いて出て行ってください」
「あァ?」
「サナさん……!僕は別に……!」
「いいえ。この店の従業員に怪我をさせるような客、ここには必要ありません、お引き取り下さい」
「このアマ……いい気になりやがって……!」




ゆらりと立ち上がる男は拳を構えて思い切り振り上げる。少しだけ足が震えた。男に殴られるなんて初めてだった。……突然肩をぐい、と後ろに引かれる感覚がしてバランスを崩した私はその場に腰をついて座り込む。目に飛び込んできたのは背中に刻まれた、大きな、ドクロ。




「退いてな」
「な、」
「何ィ!?」
「おいおい、ちゃんと狙えよ。当たらねぇぞ」




信じられない光景を目を見開いた。男の拳は目の前の背中から飛び出ており、その拳の周りには赤く燃え盛る炎が包まれている。自分の体に腕が貫通しているというのに意にも介さない青年は楽しそうに笑った。男の仲間が突然大きな声を上げて立ち上がる。「……頭!こいつ火拳のエースです!!!」「何!?」ひけんの、えーす。それに正解、と拳を構えた青年に先ほどまで踏ん反り返っていた男達が一斉に店の外へと逃げ出す。あ!こら!とそれをものすごい勢いで追いかけていく"火拳のエース"を見送り、私はウェイターの彼と顔を見合わせた。なんだったんだ、今のは。





嵐が過ぎ去ったような出来事に暫く2人で呆然としていたけれど、どちらからという訳もなく荒れた店内を揃って片付けし始めた。幸い、か、寧ろ"火拳のエース"のおかげと言うべきか。男たちの食べ残しと割れた皿だけで被害は済んだ為、少しホッとした。カラン、とドアベルの音が聞こえて、まだ開店準備中なんです、と声をかけながら顔を上げるとそこには先程の青年が立っていた。




「悪い!遅くなったな、あいつらすばしっこくてよ」
「あ、貴方は……」
「……なんか俺のせいで壊れたもんでもあったのか?」




妙に快活な笑顔を浮かべた彼、火拳のエースは私達の姿を見ると眉を下げて困ったように自身のテンガロンハットに手を触れる。ウェイターがこれはあの海賊たちの処理です、と慌てて伝えると、安心したように息を吐き出して、なんだ、とまた笑った。それから空いたテーブルに重そうな袋を置くとこれで足りるか?と私を見て尋ねた。恐る恐る中を開くと輝く金貨や札束がぎっしりと詰まっていて、思わず弾かれたように顔を上げた。




「これ、は……」
「獲ってきた。これでアイツらの食った分は払えるか?」
「その、はい……大丈夫です、むしろお釣りが来るぐらいで……」
「そりゃあ良かった!じゃ、そこから俺が食った分も払えるか?」
「……貴方もしかしてさっきカウンターで必死に肉を食べていた……」
「必死ってお前な……まあ、そうだけど。俺はエースだ、よろしくな」





エースと名乗った彼もまた海賊だった。私は海賊について詳しくなかったからよく知らなかったが、そこそこ有名な人らしく、背中のドクロは尊敬する親父のものだと彼は語った。偉大な海賊である親父さんを彼は心底慕っているようで、表情からもそれが伝わる。エースは私が見たことのないタイプの海賊だった。勿論彼も先程の海賊から奪ったお金で自分の食べた分を清算したが、その気持ちはよく分かるので私も了承した。その行為に彼は「サナも海賊のセンスがあるな」と喉を鳴らしていた。エースは空に浮かぶ太陽のように明るい青年だ、彼の言う海での生活は初めて私を海賊にほんの少しだけ憧れさせたものだった。




「いい海賊もいるんだね」
「……本当に。ぼくたちが見たのって一握りだったんですね」
「いや、大体はお前らの知るような恥ずかしい奴らなのかもしれない。俺の親父みたいな立派な海賊が珍しいのさ」
「へぇ……」
「ついでにこんなに美味い酒場も珍しい。……よし、飯も食ったしそろそろ俺も出るよ」




きらきらとした彼の言葉に少しだけ寂しく思った。彼は楽しい人だった。もっと話したいそう思えるくらいに魅力的な人だった。もう?と自然と溢れた声にこれでも急いでるんだ、とエースはニヤリと口元を吊り上げる。後腐れなくカウンターから立ち上がった彼を入り口まで追いかけて、気をつけて、と月並みなことを口にすればまた笑って「変わったヤツ」と言った。





「今度貴方の手配書をもらったら酒場に貼っておくわね」
「おいおい、歪んだ愛だな」
「ここに戻ってきても分かるように、ど真ん中に」
「こんな美味い店を忘れねぇよ。じゃあな、いつかまた食いに来る」
「ええ……いつか、また」





ひらり、と手を振った彼の指先がポッと燃えた。お茶目な彼らしい挨拶につい、微笑みが落ちた。いい人でしたね、と呟いた彼に肯定するように頷く。きっとでも、それを伝えれば彼はまた言うはずだ「俺は海賊だぜ?」自由に生きる、やりたいようにやる、それが俺たちだ。なんて、かっこつけたその若い横顔が焼きついたように離れなかった。





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