キャプテンの拠り所





「ええと、キッドくん?」
「……あァ?」




私はどこに連れて行かれるんでしょうか?と、その問いかけへの返事はない。彼は突然私の部屋に訪れたかと思えばいとも簡単に片腕で私を抱き上げるとそのまま廊下を進んでいく。でも、何となく予想はついた。こういう時のキッドくんは大抵そういうことだと思う。


ギィ、と建て付けの悪い音と共に彼の部屋へと誘われる。このアングルから見上げる彼は羽根つきのコートが印象的で、まるで大きな鳥が自分の巣へと獲物を持ち帰るようにも見えた。そのまま私をベッドへとぼすり、と落とすと自身の"羽"脱ぎ捨てて彼は私に覆いかぶさる。口元に引かれたルージュと何処と無くム、とした表情が印象的だった。

キッドくん、と名前を呼ぶ前に彼は私の唇に噛み付いた。一度離してはもう一度、そしてまた噛み付く、それを繰り返す。ん、と小さく声を漏らしつつ彼の口付けを受け入れて、燃えるような髪にそっと触れる。すると、ぴたり、と彼は動きを止めた。じ、と私を見つめるこの顔に笑って、おいで、と彼を導けば少し眉を寄せてからすぐに私を押しつぶしてしまうのではないか、というくらいに強く、強く抱きついてくる。よしよし、とそのまま少し硬い髪の毛を撫で続けてやれば肩口に顔を埋めるように更に彼は抱き締める力を強くする。おつかれさま、と月並みな表現で彼を労った。そう、キッドくんは相当お疲れなのだ。


彼がこうして突然部屋を訪れる事は珍しくはないが、もし違う意味でのお誘いであればもう少しスマートに、それでいて優しくしてくれると知っている。彼が子供っぽい強引さを見せる時は大抵の場合相当お疲れの時と相場が決まっている。キラーさんに聞いたけれど、今度の同盟相手は相当曲者らしいからきっとそのことだと思う。キッドくんは案外細やかなところがあるから意外と溜め込みやすいのだ。それを発散するのがこの船においての私の一番の役割なのかもしれない。



「よしよし、キッドくん」
「……うるせェ……」
「うん、うん、」
「ン……」



弱々しい声で悪態を吐く彼は普段の自信に満ちたキャプテン・キッドとは思えないほど若く、幼く見える。彼の人望ゆえに忘れてしまうことも多いが、彼もまだまだルーキーだ。全てを抱え込むには早すぎる。こうして人恋しくなることもあるだろう。だからこそ、彼の拠り所となることができたならばクルーとしていい仕事をしている、と言っても良いのではないだろうか。戦闘がからっきしな私は看護師としてこの船に乗船している。キッドくんは強いから滅多なことでないと怪我はしないけれど、だからこそ、大きな怪我をするのを見るとたまらなく恐ろしくなる。彼がこの海を手に入れると疑わない私達クルーにとっては彼は太陽のようなものだ。煌々としたその光が失われてしまわないように、私は彼が医務室に来ないことをいつも祈っている。




「……サナ」
「なぁに」
「サナ、」
「はい、ここにいますよ」




何度も私の名前を呼んで縋るように腕の中に閉じ込める彼の体重を感じながら私もきちんと返事をする。彼の声は私に届いている、そう伝えるように真摯に向き合った。強い彼は自分と肩を並べて戦う戦闘員や昔からの知り合いであるキラーさんにはこういったところを見せたくないのかもしれない。それは彼の強さの要因の一つである高いプライドがきっと邪魔をしているんだと思う。だからこそ、私だけでも良いからその重さをほんの少しだけでも、背負いたいと思った。この船にいる以上、私も彼に惚れ込んだ一人だ。彼が唯一私には見せてもいい、と思ったのならそれを受け入れたい、そう思った。




「……もっかい、」
「もっかい?」
「顔、向けろ」
「ん、」



そ、っと私の頬に触れたキッドくんはゆっくりと包み込むように撫でる。それがほんの少し珍しく感じて、ついそのまま見つめ返せば堂々と舌打ちをした上で彼はそのまま貪るように口付ける。唇を唇でこじ開けるように乱暴に、その中から探し当てた舌を自分のものと深く絡めるように動かした。海賊らしいキスだと思った。ぼんやりとしてくる意識の中、彼がそうするように私も彼の頬に手をやって、そっと、目元をなぞるように触れた。少し驚いたように目を開いた彼はゆっくりと繋がっていた口を離す。つ、と引いた銀の糸をぺろり、と舐めとってから私の真意を探るようにじ、と見つめる。ただ私は彼にこうして触れたかっただけなのだが。それを伝えるつもりで、す、と指先を動かしてもう一度撫でると少し息を吐き出してから、また私を抱き寄せる。まるで興が削がれた、とでも言いたげにキスをやめた彼は暫くの間何も言わずにそのまま抱きしめ続けた。それから、不意に私を解放するとゆっくりと立ち上がりコートを羽織り直した。




「もう大丈夫?」
「……あァ、飽きた」
「そっかぁ」
「暫くは、いらねぇ」
「うん」
「…………また来る」




横暴で矛盾した言葉を口にした彼はそのまま部屋を出て行こうとする。つい、思ったままに「迎えだけなの?」と尋ねると驚いたように彼は振り返った。それから少し気に食わない、とでも言いたげな顔をする。





「ハ、我儘かよ」
「でも、ここキッドくんの部屋だし」
「いりゃあいいじゃねぇか」
「看護師がいなきゃ困るでしょ?」
「……チッ」




そうは言いつつも私をまた来た時と同じように抱き上げた彼は先ほど通った道のりをなぞるように歩いていく。私は彼のこういう意外と丁寧なところが嫌いじゃなかった。ありがとう、と感謝すれば変なものを見るように私を見た。馬鹿な奴、それを最後に彼は医務室を後にする。出て行くときに見えた背中はキャプテン・キッド、間違いなく彼の背だった。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -