貴方なりのプロポーズ




小綺麗なドレスを身に纏い静かにそこに座る。約束の時間から既に20分が過ぎていた。窓側、美しい海と街並みが見える特等席で私は彼を待っていた。ガラスに映る自分はいつもよりも気合を入れてメイクをしていて、別人のように見える。耳に光るピアスは彼からの今年の誕生日プレゼントだ。周りの席には整った服装で小さく笑いあう男女や、真面目な顔を付き合わせる人々が座っている。少し奥の方で私に目を向けてコソリ、と話し合うウェイター達が見えた。少しは私だって見聞色が使える身、コースの予定がだとか、次の予約がだとか、そして、相手はいつくるのかと囁き合う声が聞こえる。ふ、と時計に目を落とすと、もうすぐ30分を記録するところだった。うーん、今日は相当らしいな。




「お客様、」
「はい?」
「失礼を承知してお聞きさせて頂いてもよろしいでしょうか?……お連れ様は何時頃に、」
「もう直ぐ来ると思います、あとほんの少ししたら、ええ」
「……そうですか、分かりました。失礼します」




私だってわからない。彼は別に怠惰だったり適当な人間では無い。寧ろものすごく真面目で好感の持てる人だ。勿論遅刻しようという意思もない。なんなら自分の特性をしっかりと考えて約束のかなり前には用意を済ませて家を出ていることが多いらしい。ただ、こんなにいいレストランを予約していたのは彼であり、些か大丈夫だろうか、と思っていたことが見事的中してしまったに過ぎない。彼のそうした気遣いが嫌なわけでなく、きっと彼はダメになった、と気にしてしまうタイプだからこそ私は別にコース料理なんかじゃなくてもその辺の酒場で食べるファストフードだけでも満足できるのだ。彼と話をしながら、顔を合わせながら時間を共にできるだけでも私は十分幸せだったのだ。ある意味こうして時間通りに彼が私の前にいないのも彼らしい、と容認できてしまうあたり相当私も彼に惚れ込んでいるのだと実感する。こうして実感できる時間を得られるのは悪いことではない。





「お、お客様!困ります!そんな身なりでは他のお客様に迷惑が……」
「ッくそ、ハァ……ハァ……ッ!」




突然騒がしくなる入り口にそのホールに座る皆が一斉に視線を動かしざわつき始める。なにがあったのか、とあまり興味を持てずチラリ、とそちらを見た私は驚きに思わず立ち上がる。椅子が倒れるのもウェイターが止めるのも気にせずにそちらへと足を進めていく。途中ドレスの裾を踏んづけてヒールの片方が脱げそうになって少し苛立ち、いっそのこと、と両方を脱ぎ捨てて手に持った。




「ロシナンテ!」
「サナ……!」
「ちょっと、どうしたの……!?何か巻き込まれでも、」
「い、いや、その、いつも通りっていうか……」




私の姿を見た瞬間アワアワとした表情になる彼の姿は元は恐らくきっちりとした黒スーツだったのだろう、最早それは見る影もなく無残に引き裂かれており、裾の方は殆どがギザギザに切り刻まれてしまっている。ネクタイはすでに解かれており、全体的に土が跳ねたように汚れていた。今日は相当酷い目にあったみたいだ。パサパサ、とはたいてやっても出てくる砂埃からも壮絶さが伺える。




「……お、お客様……当店ではドレスコードがありまして……」
「あ、あァ……すまない、これでは、やはり……?」
「流石にちょっと……」
「いいのよロシナンテ。私もこの堅苦しいドレスに飽き飽きしていたの、早く出ましょう会計は?」
「予約の時に済ませてるが……サナ……その靴は?」
「さっき脱いだの!」






ぐいぐいとロシナンテの腕を引き大股で店から出る。煌びやかな外見が痛いくらいに眩しいその店に責任転嫁と分かっていても、もう来るか!なんて心の中で悪態を吐く。ボディガードであろう男は店先で私たちを見て物凄い顔をしていた。ほんと、嫌になるわね。




「サナ本当に済まない……俺は何分の……」
「約45分の遅刻ね、いいのよ。最長記録は更新しなかったし」
「いや!それでも俺はお前に、」
「ロシナンテ、いいの。私がどれだけあなたと付き合ってきたか分かっているでしょう?あなたのドジなんて初めからその日の予定に組み込んでいるわ」
「それは……頼もしいな」
「ええ、そうでしょう」




私とのやりとりに肩を竦めたロシナンテは降参だ、というように片手をゆっくりと持ち上げて軽く振ってみせた。それでいいのよ、私はあなたがいるだけで満足なんだから。と笑って見せれば参ったな、そんなに格好いいことを言われたら俺も困るな、と彼も笑った。





「そんな格好いい彼女に対してハードルが高いんだが、サナ」
「ん?」
「これを、君に」





す、と差し出されたのは情熱的な赤が一際目を引く一輪の薔薇の花だった。傷だらけの彼の袖口や指先と対比するかのようにその薔薇は傷一つなく、一番美しい状態で私の前に現れる。思わず、といったように彼を見上げると、申し訳なさそうに苦く笑うロシナンテは言葉を続けた。





「本当は花束だったんだが……それを受け取りに行ったら子供が転んでいてね……助けようとしたら野犬の尻尾を踏んで、それから、その、」
「……」
「まあ、なんだ、結局綺麗なのはそれだけしか残らなくてよ……」
「……ロシナンテ!!!」
「うぉ!?」





私は思い切り彼に抱きついた。理由なんて語ることが必要だろうか?こんなにも愛おしい彼に愛を伝えない理由なんて、それこそどこにあるのだろうか。だいすき、愛してるわ、とボロボロになった彼を強く強く抱きしめる。この一本の為にこんなにもなって、本当に私は愛されている。





「あなた、本当に素晴らしいわ……!なんでそんなに素敵なの……!?」
「は、はは、参ったな……ありがとう。でも、もう一度今度こそ俺に格好付けさせてくれないか?」
「え、ええ……!」
「……サナ、いつもどうしようもねぇ俺をありがとう。これからも俺は君と、生きていきたい。…………結婚してくれないか」
「〜〜っ!!そんなの、当たり前よ!!!」




改めて、繰り返すように彼に思い切り抱きついた。少しふらりとしつつもしっかりと抱きとめて受け入れてくれる彼が私は大好きだ。顔を合わせてどちらからというわけでもなくキスをした。人生最高の日、とは今日のことを言うのだろう。少しして落ち着いてから「指輪はそれこそ俺だけだと怖いからまだ取りに行っていない」と少し恥ずかしそうに語る彼もまた愛おしくて仕方がなかった。今度一緒に行こう、と子供のように指を切って約束をする。私は世界一の幸せ者だ。










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