躓、転。



側から見ていて気付くこと、ってのはこの世の中に少なからず存在すると思う。その確たる例として少し前からあの二人のやりとりはサニーでのちょっとした話題となりつつあった。



片や、死の外科医と恐れられる男。今でこそ同盟を結んだ仲だがルフィと同じ最悪の世代のルーキー、トラファルガー・ロー。片や、俺たちの仲間であるセラピストのアトラス・サナ。おそらく誰がどう見ても歪なコンビだと感じるはずの二人だが、それが案外上手くやっているのだから分からないものだと感心せざるを得ない。



俺がひとつ、その"上手くやっている"と感じた出来事を話すとすれば、ドフラミンゴに盛大に喧嘩を売っている立場である俺たちを簡単に許してくれる筈がない、とドレスローザでの大規模な戦闘に怯え、ドレスローザに踏み入れたら死ぬ病を発症しかけていた時のことだ。


ただ上陸を待つだけでは落ち着かず、気分転換も兼ねて釣りでもしようかと甲板に座って準備をしていると、ふと視界の端にサナが見えた。サナは積まれた本を腕いっぱいに抱えており、少し抜けている所がある彼女を思えばこの後起きることが容易に予想ができた。しゃあねぇ、と立ち上がり俺が声をかけようとしたその直後、サナの前からトラ男が歩いてきたのだ。トラ男は正に本が歩いているような状態のサナを見て一瞬凄い顔をしたが、すぐに状況を悟ると眉間の皺を濃くする。まあ、気持ちはわからんでもない。危なっかしいもんな、アイツ。



「おい、」
「ローくん?ごめん、邪魔かな?」
「……邪魔ではねぇが……何してる?」
「えと、チョッパーから本を借りたから運んでる?」
「なんでお前が疑問系なんだ」



実際トラ男も黙ってはいられなかったようでサナに声をかける。サナはあっけらかんとそう答えたがトラ男の顔はさらに険しくなっていく。大方無茶して運ぶ必要はあるのか、とかそういうことを考えているんだと思う。それには俺も同意見だ。難しい顔をしていたトラ男は仕方ない、と言わんばかりに深々と息を吐き出すと歩いてきていた本の殆どを彼女から取り上げた。あ!と慌てた顔のサナをフン、と鼻で笑い「迷惑だと思うなら初めからこんなに持つな」と言い放つ。成る程、正論だ。と、思わずただそれを見ているだけの俺ですら感心した。よし、今度からそう言おう。



「う、すみません……部屋までお願いできますか?」
「分かればいい」



並んで歩く姿がまるで兄妹のみたいな雰囲気を醸し出すあの二人が少し微笑ましく感じる。トラ男はドフラミンゴとの戦いを前にピリピリとしていることが多かったが、サナと話すようになってからは少し穏やかに見える。気を張り詰めるのに越したことはないが、張り詰めすぎるのも精神的に辛いものがあることは重々承知しているため、ああいう風に力を抜いていられる時間があるのはいいことだと思った。中々気分の良いものを見たな、と思いつつそろそろ釣りを始めようと目線を逸らそうとした時だ。




「ッあ、」
「あ!?」



抜けた声と共に床の隙間で器用にひっかけ、縺れたサナの足が地面から離れていくのに思わず俺も声を上げた。まるでスローモーションを見ているかのように彼女の手から数冊の本が離れ投げ出され、サナは受け身が間に合わないと悟るとぎゅ、と目を閉じる。隣に居たトラ男はいち早くそれに気付くと躊躇いなく持っていた本の山から手を離し、倒れ行く彼女の体を横から抱くように引き寄せた。そしてその後鈍く聞こえてくる本たちの落下音が……しない?




「良いタイミングだったかしら?」
「……!ニコ屋……」




ふ、と笑いながらゆっくりと歩いていたのはロビンだった。床では地面から花が咲いたように生える無数の手が散らばった本たちをしっかりと支え、更には順番まで整えて端に積み上げていった。本当にナイスタイミングだロビン……!と心からの賛辞を贈っていると少しぽかんとしていたサナがやっと状況を飲み込めたようで未だ自分を支えるようにしているトラ男を見上げる。







「ろー、くん、」
「……ッ〜!!お前は!!!いつもいつも!もっと気を付けて歩けねェのか!?」
「め、面目ないです……」







…………そう、実はこれは珍しい光景ではなかった。トラ男が乗船してからと言うもの、何の因果かサナはアイツの前で躓き、転びそうになることが度々あった。流石に目の前で倒れそうになるのを見過ごすことはできないらしく、毎回律儀に助けてはこうして注意をしているのだが、中々無くなることはなさそうだった。怒られて小さくなっていくサナをあーあー、と眺めているといつの間にかロビンがすぐそばまで来ていた。




「よ、お手柄!流石ロビンだな」
「ありがとう。……あの二人も相変わらずね」
「あァ、ほらそろそろ……」
「トラ男くんが折れ始める」
「そうそう、ほら来た。……ま〜サナが落ち込んでるのってなんか悪い事した気分になるから分かるけど」




遠目に見てもバツ悪そうに顔を歪めるトラ男は深く帽子を被り直す。それからもはや俺たちには聞こえないような大きさの声でサナに何かを呟いた。サナは一度瞬きをしてからトラ男を見てシャボン玉が弾けたみたいに笑った。それにもっと居心地悪そうに顔を逸らしたトラ男はすぐにロビンが置き直した本を今度は全て持ち上げるとそのまま船の奥へと歩いていく。それをパタパタと追うように着いていくのを見届けて思わず「仲良いな」と呟けばロビンがそうね、と肯定した。




「にしてもサナの奴狙ったようにアイツの前で転けそうになるもんな」
「ええ、案外狙ってたりして」
「いやァ、アイツに限ってそれはねぇだろ〜」
「分からないわよ?したたかかもしれないし……後は、」
「ん?」
「"いつも一緒に居るから結果的に遭遇している"のかもしれないわね」
「……確かに」




ロビンの説は的を得ている気がする。確かに俺もアイツが転ぶ場面に遭遇したことは何度もあるし、俺の前だけじゃなくてもゾロやサンジもよく危ないだろ、大丈夫かい?とか言いながらも彼女を助けたり支えているのが容易にイメージ出来る。それが最近めっきり減ったのは恐らく、トラ男がいるからだろう。そう考えていけばナミの言うあの二人がどうなるのか面白い、と言う意味も少しは分かる気がした。まァ、トラ男はどっちにしろ面白がられるだろうし不憫だとは思う。頑張れ、トラ男。




「島だ!!!」





船首の方からルフィの声が聞こえてくる。あぁついに来ちまった……ぶるりと走る悪寒を押さえつけながらも水平線に見えてきたそれに目を向ける。ドレスローザはもう目の前だった。









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