そうどう







「子供らの目を塞げ!!"光月"に仕えた最後の大名が!いやさ、えびす町のお調子者があの世へ参るぞ!歌ってゆこうか!!!」









はぁ、はぁ、と上がる息、前に動かすたびに重くなっていく両足……町中に響いた声に力を込めて首を上げる。人だかりのその奥にぼんやりと見えた柱と次々に響いた重苦しい銃声に喉がキュ、と締まった。








ホーキンスから聞かされた"大きな警備"……それは、必ず定刻にて実行されるらしい羅刹町の牢屋敷前での丑三つ小僧、元大名霜月康イエの処刑……その為に必死にここまで走ってきたけれど、体が思わず震えてしまうような音の数々に最悪のケースが頭に浮かんだ。それでもただひたすら私は進んでいた、進むしかなかった。人混みに紛れるように飛び込んだその中で、つい先程まで食い入るように中央を見ていた彼らは一斉に地面に崩れ落ち、そして大声で笑った。ケラケラと涙が出るほどの笑顔を見せる町人たちに囲まれて、思わずこの異質な空間に困惑し私は辺りを見渡す。近くで同じような表情で立ち竦んでいるのは見覚えのある人達ばかりだった。




怒りの声を真っ先にあげたのはゾロだった。怒りに震える彼を止めるように胸元に縋った綺麗な女性は涙で目を濡らしながら訴えかける。彼らは笑っているのではなく"泣いている"のだと。いつも笑っているえびす町の明るい民達は笑顔以外の表情を失った……いや、奪われたのだと。






「カイドウとオロチが持ち込んだ……SMILEという果実のせいで!!!」






彼女の言葉に、声に、頭がズキズキと痛んで耳から離れなくなる。SMILE……人工悪魔の実……!私たちがドレスローザで壊した工場の闇が、ドフラミンゴの忌々しいニヤケ顔が脳裏を過ぎる。なんて、酷いことを……!こんなことが許されていいのだろうか?沸々と自分の中に様々な感情が湧き上がってくるのを感じた。私たちを匿ってくれたトノ康さんやえびす町の温かな住民たち……彼を仏だと崇めていた人達の本当の気持ちを思えば苦しくて、どうしようもなくて、ギュッと拳を握った。





「おい、やめな!お嬢ちゃん!!」
「柵から出るんだ!!」





不意に耳に飛び込んできた声にハッと意識が引き戻され、自然とその叫び声の方へと目を向ける。だらりと力が抜け、目を背けたくなるほどの鮮血に染まり無惨な姿で倒れ込むトノ康さんの傍らにはサンジくんの蕎麦屋で見かけた女の子……おトコちゃんが居た。必死に事切れている彼の体を揺さぶって、涙を流して健気に看病しようとする彼女を見ているうちに、唇に鉄の味が広がる。私の足は、考えるより先にもう動いていた。ドォン、と引き金を引く仰々しい音が後ろの方から聞こえたけれど、でも、構わなかった。むしろ好都合だ。私が彼女と銃の間に立ち、壁となることができればきっと、あの小さくて、まだ幼い少女を守ることができる。あの体で背負うには重すぎるものを課せられてしまったあの子を、何に代えても護らなくてはいけない。





「ッ……おトコも!貴女も!!早く逃げて!!!」





悲痛な声が聞こえた。逃げ惑う人々の足音が聞こえた。恐れた顔で集団が散り、開けた道に私の背後に迫るモノを悟る。それでも、私は彼女に向かって走った。今動かないと後悔する事があると、嫌と言うほどこの海で学んできた。後悔しないように生きることをみんなから教わった。赤い服と麦わら帽子の何よりも頼れる、誰よりも信じられる彼の姿がぼんやりと目の前に浮かんだ。それは今この場にいない彼もきっとそうするであろうという確信が下りたような、そんな気がした。

……迷いはない。ぐっと膝を曲げて体勢を低くし、そのまま地面を蹴るようにして彼女に飛びかかる。涙を流しながらも笑うことしかできない彼女に精一杯腕を伸ばして捕まえた瞬間、そのまま私は自分の胸元に強くおトコちゃんを引き寄せた。盾も防護服も無い、それなら、私の体で護るしかない。できるだけ彼女に負担が掛からないように受け身を取ろうと体を丸めて地面への衝撃に備えた。覚悟を決めた私が最後に不意に思い出したのは何故か、苦い顔で私を見つめる彼が「無茶をするな」と私を案じていたその時のことだった。ごめんね、ローくん……と、届かない謝罪を心の中で呟く。そして、四発。鈍い音が聞こえてそれを追いかけるように甲高い悲鳴が響く。ギュッと目を強く瞑り、唇を歯で噛み締めた。自分を襲うであろう痛みに耐えるために。そして、痛みで声を上げて彼女を不安にさせないために……!!







コロン、コロン……







ちいさなものが地面に転がり落ちる音がした。息が苦しくて、暗くて、何も分からない。それでも確かにそこに感じる人の熱と早い心拍。そして、すごく見知った、懐かしい匂い。確かに私が知っている、知り尽くしている、香り。覚悟していたはずの痛みとは無縁の今の身体を如何にか起こして見えたのは白い着物と傷のある厚い胸板…………あぁ……と無意識に息が溢れた。離れたところから役人の声が聞こえるのを聞きながら、思わず力が抜けてしまった私に呼応するように彼は更に強く力を入れて抱き込んだ。見上げたその顔も、彼がそばにいる時の絶対的な安心感も、それはなんだか、とても久しぶりな気がした。そうだった、いつも彼は私を助けてくれていたんだ。








「あいつは!!指名手配中の"代官斬り"!!」
「あいつも!!”狂死郎一家"に楯突いたそば屋!!!」

「ゾロ十郎と!!!サン五郎だァ〜〜〜〜!!!!!」







あァ!?と揃って睨み合った彼ら。役人たちの目の前に立ちはだかる何処までも頼りになるその姿……そう、私を、私たちを助けてくれたのは他でもないサンジくんと……ゾロだった。ワノ国で既に下手人やら反逆者やらと呼ばれている彼等に更に当たりは混乱の渦に巻き込まれていく。そんな中でも2人はいつもとあまり変わらない調子で私の頭上で揃って言い合いを始める。





「ッ…お前!ちゃっかりサナちゃんを抱きしめて何やってんだこのクソマリモ!!!!」
「あァ!?んなこと知るかよ!!ならテメェが俺より先に飛び出せ!!!」
「ハァ!?いいや俺の方が速かったね!!!なんなら今ここでケリを付けても……!!」
「さんじくん、ぞろ……っふたりとも、今はそれどころじゃ……!」






ギンギンとガンを付け合い、いがみ合う2人と私達には当然ながらオロチの軍から銃口を向けられている。ぐいぐいと何度もゾロの着物の袖を引き、現状を伝えると彼は盛大な舌打ちをしてから私とおトコちゃんをサンジくんに押し付けるように引き渡して刀を構える。サンジくんは驚きながらも私達を丁寧に抱き留め、それから彼の技を止めようとした。サンジくんの言い分は最もだ。ここで騒ぎを起こしてしまったらトノ康さんが命を張って守ってくれた意味は無くなってしまうかもしれない。でも、それでもゾロは止まりそうに無かった。ジロリと私を見た鋭い目は後で覚えていろ、とでも言いたげで、そして、その大きな背中からは何か黒いオーラのようなものすらも感じる気がして、私は悟った。ゾロはきっと、怒っている。



真っ直ぐとオロチに飛ばした斬撃は"狂死郎親分"が長い刀で受け止めたが、ゾロは明らかにオロチを殺す気で斬ろうとしていたのがこちらにも伝わってくる。普段は冷静に物事を見通すタイプの彼がここまで怒りを素直に露わにするのは珍しい事だった。サンジくんもきっと同じことを思ったのか「頭を冷やせ」と彼に告げるがそれを聞くつもりも今のゾロにはあまり無いように見えた。ゾロ、と私が口を開こうとした瞬間、私を抱えるサンジくんに何かの影が深く被り、揃って首を持ち上げ、迫った幾つもの鋭いナイフのような歯が生えた顎を視認するや否やサンジくんは大きく飛び上がった。つい数秒前まで立っていたそこでガチン、と鋼鉄が擦れるかのような音を立てて閉じられた恐竜の口に嫌な汗が背中を伝った。でも、そうして余韻に浸る時間すらもないくらいに地上でも戦いが展開し始めてる。何処から来たのか、フランキーはゾロに向けられた銃弾を受け止めるとトノ康さんを拾い上げて走り出し、ゾロはオロチを追おうと狂死郎と刀を交えている。あちこちで騒動が起こり、遂には将軍の命と報じられた鎮圧命令が町全体に響いた。思わず横抱きで私を抱えるサンジくんの顔を見つめる。彼もまた必死に私とおトコちゃんの2人を抱きながら走っている。きっと、彼も加勢したいはずだ。しかし私達がいたら足手纏いになる、優しい彼のことだから安全な場所にまでひとまず連れて行こうとしてくれているのは明白であった。私は怪我をしているわけでもないし、本来ならこんな風に運んでもらう必要も……





「サナちゃん、」
「ッサンジくん……」
「大丈夫だよ、大丈夫……な?」
「……!どうして……」





私の純粋な問いかけに彼はニッと笑顔を浮かべる。レディの考えてることは分かる、特にそれが長く一緒にいる可愛い女の子なら特にね、なんて戯けて言う彼のきらきらとした少年のような顔になんで返していいか分からなくて眉を顰めた。それでもサンジくんは私を安心させるかのように大丈夫、と繰り返す。背後から迫るドレークに気付きながらも彼は表情を崩さない。それはまるで何かを待っているかのように見えて、それを汲もうと必死に視線を巡らせるが彼の意図はわからない。





「サナちゃんはホント俺を心配させるのが上手いよ……あんまり1人で抱え込むのは良くないぜ?」
「……サンジくん……」
「だからアイツも俺に任せたんだ、ほっとけなくて……分かるだろ?」
「アイツ……」





そう言ったサンジくんの言葉を繰り返すように唱え、私もまた下にを向けて"アイツ"を確認した。激しく刀をぶつけ合い侍たちと戦う彼は獅子のようで、こくんと息を呑む。サンジくんが示した意味がなんとなく分かった気がした。ごめんね、と溢れた言葉に彼はゆっくりと首を振る。「いいんだよ、でも……心配した」その声は彼の優しさに満ち溢れていてどうにも胸が詰まった。きっと紛れもないサンジくんの……私の仲間の本心だ。私の悪い癖だな、と自覚しつつも中々衝動的に身体が動くのは治らなくていつもこうしてみんなに助けられている気がする。情けなくて、申し訳なくて、でも嬉しいその声かけにもう一度謝罪を口にする。分かればいいんだ、後はもう少し気を付けてくれれば、と茶目っ気たっぷりにウインクした彼に苦い笑みを返す。きっとこの場に居たのが"アイツ"であっても同じことを言われる気がした。


そんな柔らかな雰囲気を醸し出していたサンジくんだったが、不意に咥えているタバコを強く噛むと私におトコちゃんをしっかりと抱くことを伝えてから、そっと私の体を宙へと押し出した。思わず目を開いてどんどんと遠くなっていく彼をただ見つめるだけしか出来なかった私の背中に突然衝撃が走り、慌てておトコちゃんを落とさないように抱きしめる。





「すまん!ウソ八!!」
「2人は任せとけ!!恐竜に気いつけろ!!!
「!!ウソップ……!」
「お父ちゃーん!!アハハハハ!!!」





ウソップに私達が受け止められたのを確認した彼は満足げに頷くと、そのまま足を振り上げてドレークを思い切り蹴り飛ばした。苦しそうな声を上げた大きなトカゲに更に攻撃を続け、隙を作ろうとしないサンジくんに先程までの彼の意図をやっと知ることができた。恐らく彼は時間を稼ぎながらも私を落ち着かせて抵抗なく仲間に引き渡そうとして、それは成功した。しっかりと筋肉のついた腕で私の腰を捕まえたウソップは必死の形相であったが、以前までのこんな風に持ち上げるのも苦しそうにしていた彼とは違っていた。サンジくんとドレークから開いていく距離をじっと見つめながら乱闘となった羅刹町の門前をただ見送る。彼の作戦通りにしてもどうにも歯痒くて、けれども皆の私たちを逃がそうとする意思を想うとこれ以上動くのは得策ではない気がした。縮こまるようにウソップの腕に素直に収まり草履の足音を聞きながら、ごめんなさい、彼にも謝罪をすると瞬きを一つしてから得意げな表情を"作った"後に「この俺様に任せとけ!」と高らかに言ってのけ、それからふ、吐息を吐き出す。






「サナ、お前が動いたから俺たちもこうして行動出来てるんだ。俺に言われるのはその……まァ、説得力はないかもしんねぇけど……お前はもっと前向きに考えてみろって!」
「……前向きに?」
「そう……ってその顔、お前あんまり信じてないだろ?」






ふ、とつい零れた笑い声にウソップが眉を上げた。だって、とくすくすと喉の奥を鳴らした私に彼はどこか満足そうにしている。きっと彼はこんな状況でも私を元気付けようとしてくれている。彼の言葉は本気でもあり、冗談とも取れる声色で、喧騒渦巻く現状の中何も考えずに滲んだ笑顔は彼の努力の賜物……とでも言うべきか。ありがとう、と率直な感謝を伝えた私から照れ臭そうに目を逸らした彼のぶっきらぼうな返事に口角を緩める。……そうだ、一先ずはここから離れて、おトコちゃんを安全な場所に連れていくのが最優先だ。やっと決まった進むべき方向を胸に、通りの中央辺りにまで差し掛かったところでウソップにもう大丈夫だと言った。一瞬不安そうな顔をした彼だが、私の顔を見ると気持ちが通じたらしい。大きく頷いてからそっと地面へと私の足を下ろした。後ろの方から聞こえる爆発音を背に私とウソップはさらに走り出す。泣き疲れてかいつの間にか意識を失うように眠ってしまったおトコちゃんから感じる確かな拍動に、これを無くしてはいけないと本能的に悟った。仲間の無事を願いつつ、私は今、私がすべきことを思い直す。そして、ただひたすら、逃げた。


















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