とびだした







何本もの桜が満開に咲き乱れ、穏やかな風に揺られながら花弁を落として水面に浮かび上がる。その緩やかな衝撃にじんわりと広がっていく波紋を眺めながらゆっくり、ゆっくりと息を吐き出した。








まるで、街での出来事なんて無かったかのような穏やかな時間が流れる小舟の上で私達は静かなひと時を過ごしていた。ブルックからおトコちゃんを受け取って抱き上げたロビンは目を閉じて優しい手付きであやすように彼女を包み込む。何となくその光景を見て、昔のロビンをぼんやりと思い返した私はやっぱり"変わったなぁ"と思わざるを得ない。アラバスタで出会った時はまだ、彼女がこんな風に優しく笑って子供を抱くなんて思っても見なかったから新鮮な気もするし、ここまで旅してきて分かった彼女の本質を知る私達にとっては自然なことでもあった。私の隣に寝転がったウソップも似たようなことを考えているんだろう、柔らかい目をしてそれを眺めていた。つい、ふふ、と笑みを溢した私にウソップが丸い目を向けて不思議そうに首を傾げる。どうした?と当たり前の問いかけに「ううん、」と返すともっともっと不思議そうに眉を顰められてしまった。





……まぁ、こういうことを言い出すと彼もまた変わった1人ではあるのだけれども。昔の彼は本当に臆病な性格で敵を目の前にして逃げることも沢山あったし、私と同じように戦闘に特化した人でもなかった。でも、それでもウソップは絶対に逃げてはいけない時を分かっている人間だった。私が加入する前の話はゾロやナミから聞いただけだけど、2人とも揃って彼のことを勇敢だと話す姿は印象深い。そう、ウソップは勇敢で優しい人なのだ。人にだけじゃない、物や船にも……優しく寄り添うことができる人だ。ウォーターセブンでの一件は私にとっては今でも直ぐに思い出すことができるほど記憶に残った出来事で、あのルフィと本気で戦うことを決めた彼のことを……今となっては勇敢だった、と思うことがある。私がもし彼の立場だとして、何か譲れないものがあった時、船長であるルフィと本気で戦う選択なんて出来る気がしなかった。ウソップ……いや、そげキングともあの街ではよく話したけれど、いつも気を遣って「あいつらの所に戻った方がいいのではないか?」なんて言われていたっけ。その好意を見ないフリして彼の近くに居座った私も、もしかしたら相当な頑固者なのかもしれない。2年経った今では細かった体には綺麗な筋肉がついていて、シャボンディ諸島では凄く驚いたしセラピストとして気になって仕方なくて沢山触らせてもらったなぁ、なんて。





そんな私たち3人を黒いぽっかり開いた穴で見つめている骸骨……ブルック は私達よりも長い時を生きている。たまに達観した物言いをしたり、柔らかなバイオリンを奏でながら私達の船旅を彩り、癒してくれる姿は年長者であることを感じさせる。音楽によるセラピー効果にも興味があって、たまに一緒に勉強させて貰っているから、私もいつか骨にすら効くマッサージでも考案しようと思っている。いつになるかはわからないけど、彼のような陽気さで奥底のものを隠している人をほぐすきっかけになれたら、と考えている。それを本人に伝えると少し困ったように笑って「君みたいな子に伝わっているようじゃいけませんねぇ」とアフロをふさふさと触っていた姿は、まだ記憶に新しい。






…………ふ、と鼻から息を吐き出して肩の力をゆっくりと抜いていく。こうして仲間を振り返ろうと思ったキッカケは、船着場に3人と来る前に起きた出来事が原因だった。


















「サナさん!!!」






聞き覚えのある声がして思わず足を止めて振り返る。そこにはハートの海賊団の船員何名かが居て意識するより前に笑みを溢した。……けれどそれは長くは続かなかった。よく見るとベポやシャチさん、ペンギンさん達の体には誰の物か分からない血液が付着している。どく、と心臓が嫌な音を立てた。よく知った面々の中に"一際"知っている筈の彼の姿は、見えない。





「よかったサナさん……!ご無事だったんですね!!」
「う、うん、私は大丈夫だけど……3人は、その血……」





これは、と少し言い淀んだシャチさんがベポとペンギンさんを困ったように見つめる。ベポは口をパクパクと動かしては自身のふわふわの手で口を覆ってどうしようか、と悩んでいるように見えた。そんな中、ペンギンさんは少しだけ目を伏せた後、口角をグイッと上げ、笑って、私に向き直る。





「ほらこの通り!俺たちは元気ですよ!……サナさんこそ、怪我は?」
「……そ、そうそう!これは返り血みたいなもので……なァ、ベポ?」
「う、うん!そうだよ!返り血!!全部!!!」





……嘘だ。分かりやすいまでの、嘘。この様子を素直に受け取るならば……あの血は多分、本人達のものだ。血が出るような怪我を負っているという事だろうか?でもみんな走ってここまで来れている時点で深い怪我ではない筈……なら、何故それを私に隠そうとしているのだろうか?沢山の可能性を脳内で探りながらペンギンさんを見つめ返す。ふ、と周りに目を向けると何処か焦りと厳しい表情を浮かべたハートの船のメンバーが立ち並んでいるのがわかる。一緒にここまで走ってきたウソップもみんなの様子がおかしいことは分かっていたけれど、訝しそうな顔をしつつもまだ何か言うつもりは無いらしい。ウソップも私も何となく感じ取っていた。聞かないでくれ、とでも言いたそうなこの雰囲気を。この場に彼がいない意味を。





「……そう、なんですね」
「……あぁ、そうなんだ。それと……これ、廉イエって大名が見せていた新しい判じ絵なんだ」





彼に手渡された一枚の紙は私が按摩屋で配っていた物とよく似ているが、二本の線が書き足されている。康イエ……彼の意図を汲むに恐らく命を張って私たちの計画を、ワノ国の侍達の復讐を途絶えさせたく無かったのだろう。これは重要な情報だった。……ありがとう、と素直に礼を伝えた私に首を振ったペンギンさんは「いや……」と呟いてから何故かジッ、と私を見つめた。目深く被っている帽子のおかげで彼と目が合っている……とは断定しづらいが、確かに視線は感じるので多分、いや、少なくとも、彼が私を見ていることは事実だった。どんな意味があるのかは分からない、何となく居心地も悪い、でも逸らす気にもなれなくて真っ直ぐに見つめ返した。




ふ、と少しだけ彼の口元が緩んだ気がした。それから一歩後ろに離れるように距離を取るとペンギンさんは「キャプテンの気持ちが分かる気がするよ」と一言だけ呟いた。それがどんな意味で使われたのか分からないけれど、妙に何かを感じ取ったように彼は笑ったのだ。サナさん、と私の名前を呼んだペンギンさんはポン、と私の肩に手を置くと、








「キャプテンのこと、待っててあげて下さい」







そう言ってから来た道を引き返すように歩いて行った。そんな彼に続くようにそれぞれは私たちを一瞥すると同じく皆、同じ方角へ……羅刹町の方へと歩いていく。可笑しい筈だ、今の羅刹町に近づくメリットなんて私たち海賊にはない筈だ。それなのに皆、何の文句もなく歩いていく。何処か決意したような表情で。お、おい、とウソップがほんの少し声をかけたけれど振り向きもしない皆の背中は遠くなるばかりだった。















……もし、私が彼らのような行動に出る時はどんな時だろうか。同じ海賊が大きな騒ぎを起こして大混乱となり、見つかれば捕まるか、最悪殺されるかもしれないそんな現場に態々戻る理由とは、何か。寸分の迷いも無く仲間全員でそんな場所に歩いていく理由とは、何なのか。……あの場に居なかった彼が、理由なのか。……こうして考えはいるけれど、私の中では一つの仮説がしっかりと立ち上がっている。わざわざ私に……別の船の船員である私に、会いに来てまで伝えたこと。私が彼らと何か関係しているとすれば"彼"のこと以外にあり得ないのだ。きっと私が関係している、何か、起きてしまっている。もし私が彼等のように危険な場所に戻る時は大切な仲間の為だと思う。居ない仲間……船長の、ためだと思う。……彼らの船長はローくんだ。ローくんと私は少なくとも、もう、無関係では無いと思う。なにが、と言われると難しいけれど、私は彼を仲間では無いからと見捨てられるほどドライにはなれないし、そうでなくても……彼の事は、なにか、また、違った形での形容詞を探している。私の中にローくんを表す言葉が中々見つからなくて、ずっと迷っている。私にとって彼は何なのか、彼にとって私の存在は、何なのか。ワノ国に来てから強く感じていた。仲間がそれぞれ離れ離れになって役目を果たしている時、私もみんなと同じようにすべき事があった。それでもどうしても不安で仕方ない時に何故かいつもローくんが近くにいた。顔見知りでしか無い筈の私を、本人はきっとそういうことは苦手なのに慰めようとしてくれるその気持ちが嬉しかった。私に元気付けるために自分の心臓の音を聞かせるなんて、普通、あんまりしないと思う。それでも、そうしてまでも、どうにか私を拾い上げようとしてくれるその気持ちが嬉しくて、暖かくて、本当は少しだけ涙が出そうだったんだ。きっと、だから彼はよく私のお店に来てくれていたし、寂しさと不安で気分が落ち込んでいる私を見たからなのか、1人で考え込む時間を少なくしてくれていたんだと思う。ローくんは優しい人だった。お医者さんを目指した人だから優しく無いわけがないとは思うんだけれど、それ以上に彼の本質は柔らかくて、優しい人であると思っていた。私がかけたどんな迷惑にも本気で怒りはしなかったし、彼が私に怒るのは明らかに無茶をした時と後先を顧みなかった時くらいだった。








「ねぇ……ウソップ、」







私の声に彼はゆっくり私に目を向ける。そして私の表情を見ると直ぐに彼自身も唇をきゅ、と一文字に結んで見せた。どうした?と問いかけてくるその声はいつもより少し硬く感じる。わたしは勇敢なる海の戦士である貴方に、聞きたいことがあった。






「今からこの舟を飛び出して、羅刹町まで行ったら……怒られちゃうかな」
「……そりゃあ、怒るだろうな」






彼の回答は最もだった。私たちは多分もう指名手配されている。捕まれば迷惑が掛かるし、何より今、危険を冒す必要は全く存在しなかった。ぼんやりと見上げた空は嫌味なほどに青く抜けるような快晴だ。でも、と少し喉に掛かったような声がして長鼻を同じ様に空に向けている彼をもう一度見る。どこか呆れたような、それでいて満足そうな表情。ウソップ、と小さく呼んだ声に彼は歯を見せて笑った。







「でも、うちの仲間は……特に船長は馬鹿だからなァ」
「……」
「ルフィなら、行くだろうよ」







"ルフィなら"その言葉は私の背中を押すのには十分過ぎる響きが秘められていた。パチリ、と瞬きした私に彼は目を閉じる。まるで今からする行動について言葉通り"目を瞑っていてくれる"かのようなその動作にぐ、と胸の奥が苦しくなった。そうだ、ルフィならきっと自分のしたい事をする、何かに縛られるのではなくて、自由のために。そして、私はそんな船長の元に旗を上げた海賊だ。守られるばかりのただの一般人ではない、私も、海賊なんだ。導かれるように、何かが弾けたように足に力を入れて立ち上がった。驚いたようにこちらを見るロビンとブルックに私は飛びっきりの笑顔を作った。







「ごめん!先に行ってて!!」
「え!?ちょ、サナさん!?」







ブルックの静止を振り切るように思い切り舟から桜が並木立つ地面へと思い切り床を蹴った。ふわりとした浮遊感、なんとか丸くなって受け身を取るのと同時に落ちた花弁たちがふんわりと舞い上がった。水の流れに従って流れていく小舟に力強く手を挙げて「大丈夫」をアピールした。咄嗟にハナハナの実を使う体勢を取っていた彼女はフ、と息を吐いて笑うとゆっくりと構えを下ろした。彼女もまた仕方なさそうに笑っていた。刀に手を掛けていたブルックもそれに倣って納め直すと、お気を付けて!と声を上げる。唯一顔が見えないウソップは緩やかに手を上げるだけだったが、その動作に込められた、行ってこい、をしっかりと受け取って私は走り出す。桃に染まった自然の中を逆走して、町の方へとしっかりと地面を踏み締める。みんなは、わかってくれた。きっと、ルフィも。









ごめんねろーくん、とポツリと謝罪をこぼした。でも、その顔には申し訳なさは浮かんでいない。ごめんねローくん、私も海賊なんだ。したいことはするし、欲しいものは取りに行く。そして、会いたい人には会いにいくんだ。目指すは羅刹町……根拠は無いけれど、そこに私が"会いたい人"が居る気がした。






















「行ってしまいましたねぇ」
「行っちゃったわね」






ブルックとロビンの声にそうだな、と肯定する。別にカッコつけたいわけじゃあねぇけど、さっきのサナは誰かに聞いてほしくて、誰かに背中を押して欲しそうな顔をしていた。だから、それを今回は俺様が担ったって事だ。向かうのは多分トラ男の所だろう。トラ男の仲間たちと会ってから少しサナは考え事をしている気がしたから、十中八九そうに違いない。それにまァ……トラ男だからなァ。



俺は別に2人がどうなって欲しい、とかそんな気持ちはない。そりゃあ仲はいいに越した事ないとは思うけど、どう転んでも構いはしない。でも、あのサナがあんな風に飛び出す姿なんてあんまり見たことがなかったからそれを尊重したかった。俺は……っていうか、俺たちは仲間としてサナを大切にしているから彼女が笑えているのなら、それを否定する必要はないと思ってる。多分それは今ここにいる2人も同じで、だからこそ誰も本気では止めなかったんだと思う。



実際サナもキチンと強くなっていた。1人である程度の脅威はきっと排除できるだろうし、そういった面でも彼女を信頼しているのだ。あとトラ男も悪い奴じゃないし。暫くサナの背を見つめていた2人もまた先程までと同じように緩やかに進む船に座った。地面に華麗に降り立った彼女を迎え入れるように沸き上がった桜の花弁を見ると、きっと大丈夫だろうと思えたんだ。







「……でもウソップ、きっとゾロやサンジには文句を言われるわよ」
「そ、それはァ〜…………」
「確かに……あの2人はサナさんには特に煩い気がしますね、ヨホホホホ!!」
「ヒッ……お、お前らも説得してくれよ!頼むぞ!?」
「フフ……そこまで責任を取ってこそ、彼女への礼儀ではなくって?」






怪しく笑うロビンは半ば俺への当て付けの気持ちもある気がする。殺生な!と船に転がった俺に楽しそうな2人はおトコの背中をゆっくりと撫でた。確かにサンジもゾロもめちゃくちゃコエーけど……サナが俺を頼ったんだ。男ウソップ……甘んじて受け入れよう……でもやっぱ怖ェ!!!











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