しんらい














「やめろ2人共……言い争っても何も解決しねェ……!」








ガラガラになった声で必死に争いを止める彼は「仲間を疑ってはいけない」と続けるが、私はそれ以上に彼の腫れ上がった顔があまりに悲惨で言葉を失う。一体何があったらこうなってしまうのだろうか……これでは隣に立つフランキーの半ば引いたような発言に概ね同意して頷いてしまうのも仕方ないと思いたい。




快活に笑うトの康さんとの邂逅を果たし、勝手に小屋を使ったことへの謝罪をすると彼は快くいいんですよ、と笑ってくれた。少し前までここにはゾロも居たらしいけれど刀を盗られたと飛び出してそれっきりらしいという話も聞いて、彼の方向音痴を思えば大体それからの想像はついた。そしていつの間にか居なくなっていたサンジくんが帰ってきたと思えば……この有様だ。彼は変わり果てた酷い姿でナミ、ロビン、しのぶちゃん、を連れて来て……本当に何があったんだろう……と疑問は消えない。





一気に騒がしさが増した小屋の中での特筆すべきはローくんとしのぶちゃんの言い争いだ。そもそもサンジくんが止めているのもこの2人の睨み合いについてで、なんでもローくんの仲間……ベポ達が捕まってしまった、という情報についてだった。しのぶちゃんは捕まった彼らが作戦について話してしまったと思っているようだが、ローくんはそれを否定した。仲間想いの彼はこうして疑われていることに腹を立てているようで、そのまま飛び出して助けに行こうとする。それを慌ててサンジくんは止めたが、しのぶちゃんは煽るように"口封じ"をしろ、と言い始める。彼女の言い分に青筋を浮かべた彼だったが、しのぶちゃんの語る20年の重さに一度口を閉ざした。





20年……彼らがカイドウに苦しめられた長い月日。私には想像もできない苦しみで、この機会を逃すと考えると渦中にいるわけでもない私ですらも、胸が痛い。カン十郎さんが彼女を宥めたが、しのぶちゃんの言い分も最もではある。誰もが何も言えずにいると明るい声色と同時に小屋の扉が勢いよく開けられる。思わず全員がそちらに目を向けると、そこに立っていたのは独特の頭巾を被った男性……トの康さんだった。






「これが今都で話題で!!あっしゃあ興奮しちまったよ!始まるのかい?"決戦"が!」






機嫌良さそうな声で皆を褒めながら2人に近づいた彼が見せたのは私たちが都で配り歩いた判じ絵だった。錦えもんさんはこれを見れば意味がわかる、と言っていたが彼の話を聞くにそれは本当だったらしい。顔を見合わせたしのぶちゃんとカン十郎さんはそっと彼に座るように促した。彼の登場で一度中断された空気だったが、やはりローくんは納得がいった訳ではないので一つ舌打ちをしてから、







「……おれの仲間達を疑った事忘れるなよ、信頼し合えねェ者同士が死線で背中を預けられるとは思わねェ!」







と吐き捨てるように告げ、鬼哭を肩に背負うようにして小屋を出て行ってしまった。私もどうしていいか分からず、近くにいたナミを咄嗟に見上げると「……サナ頼める?」と軽く息を吐きつつ"お願い"されたので力強く頷いてからローくんを追いかけるように私も外へと飛び出した。








辺りを見渡して、幸いにもすぐに彼の後ろ姿を見つけ慌てて駆け寄ると足を止めて私の到着を待つような動作をする彼にありがとう、と述べると眉を軽く寄せて何への感謝だ、と呆れられてしまう。ごめんね、と続ければゆっくりと首を横に振ってからローくんはまた歩き始める。とはいえ、先ほど1人で歩いていた時の誰もを寄せ付けないような速さではなく、明らかに私の歩幅を見越したその歩き方に少しだけ笑みをこぼす。やはり彼は優しい人だ。さっき怒ったのだって仲間を疑われたからで、こういった不思議と素直な一面がある部分にはなんとなく、私たちの船長を思わせる節がある。……というか、ルフィがこういう人を見つけるのが上手い、といったほうが正しいのかもしれない、そう思った。







「ローくん……その、気を悪くしたよね?」
「……そうだとしてもお前が謝ることじゃない」







そっと伺うように尋ねると彼は落ち着いた声色でそう呟く。ローくんの性格を考えて激情なんてしてないだろうと分かってはいたが、こうもあっさりと冷静な様子を見せられると少し驚いた。じっと彼を見上げてもその顔色は変わらず、表情の険しさも無い。怒って出て行ったのなんて感じさせない雰囲気にある意味拍子抜けした。ナミは彼を宥めるために私を派遣したはずなのに、これでは私が先走ったみたいだ。彼に何もないから良かったのだけれども。







「ええと、じゃあ今からどこに……?」
「仲間を助けにいく。あそこに居ても対立を招くだけだ、今のあの小屋に俺がいる必要はねェ」








素直に私は、やっぱり、と思った。彼の迷いのない足取りからも滲み出ているその決意に次に掛ける言葉を探したけれど、上手く引き止められそうな文言は浮かばない。自分がここに来た理由は彼をどうにかここに留めることだと理解はしているけれども、私なんかの言葉で仲間への思いを止められるとは到底考えられなかった。今都に行くことが危険なことなんて今更言わなくても分かっている話だし、ナンセンスだ。なら、私がローくんにできることはなんなんだろうか。彼のために、作戦のために、最善の行動はどれなんだろうか。ぐるぐると回る思考は中々着地してはくれない。もう一度彼の横顔を見つめたけれども、そのグレーの瞳は相変わらず強い意志を秘めていた。








「……ローくん、私も行く」
「…………断る、お前はここに残れ」







私の声に一度足を止めた彼はほんの少し驚いた顔をしてから直ぐに眉を顰めると、この申し出を却下する。サナには関係ない事だ、とあえて冷たい言い回しをするのも彼の優しさであり、誠実性だと私は知っている。だからこそゆっくりと首を横に振って「直接あなたを助けるわけじゃない」と加えれば、益々彼の額の皺が濃くなった。








「今のワノ国だとお互いの連絡とかも難しいし、誰が信用できるのか……さっきのこともあるし、きっと、難しいと思うから……」
「……お前を連絡手段に使えと?」








本気か?と言わんばかりの目が私をしっかりと捉えている。彼にとって私は頼りない相手かもしれない、でも、もし彼が少しでも私を信頼に値していると考えてくれているのであれば、悪い選択ではない筈だ。仲間を取り戻すために今から何が待ち受けているのかも分からない状況だと、本当にまずい事態が起きた時、それを伝えられる相手がいる事は"最悪"を回避するのには必要な事だと思う。……私もしっかりとした意志を持って彼を見据える。ローくんはどんどん険しい表情になっていったが、ふ、と何か諦めたように息を吐くと、いいか、と一言置いてからゆっくりと口を開いた。







「……条件がある。これが飲めないなら、連れて行かねェ」
「!う、うん、大丈夫……なに?」
「まず何があっても俺の指示に従え、特別な事がない限りは近くに居ろ……それと、」
「……それと?」
「……お前が、自分がその時すべきだと思った事は、しろ」







彼が打ち出した最後の条件に目を開いた。二つは分かるけれど、最後の条件はどういう意味なのだろうか。この条件は場合によっては初めの二つの意味を全て帳消しにしてしまう可能性もある、いわば自由な権利だ。彼に無理を言ってついて行くのにどうしてこんなことを言うのだろうか。彼のその意図が読めなくて、困惑する私を分かっているかのようにローくんは続ける。








「……お前は俺たちの仲間じゃない。麦わら屋の仲間だ。俺ばかりに構えない事情ができることもあるかもしれない」
「……でも、そんなの条件のうちに……」
「俺は、…………おまえが、お前らしくいる方が余程信頼できる」








町民の笑い声が木霊するこの街で、彼のその声は私の耳に鮮烈に残った。静かで、でも確かなもの。ローくんから私は少なからず信頼を受けている、そうとも取れる言い方にこくり、と喉を上下させた。期待を裏切る事は出来ない、そんな思いと確かな嬉しさに胸が詰まる。こんなにも彼に信じられる事が嬉しいと思っているなんて、自覚がなかったけれど今こうしてそれを感じてしまっている。私は確かにハートの海賊団ではなく、麦わらの一味だ。それを誇りに思っているし、今更どうだと思うこともない。それでも、彼という人間にこうして評価されている事が凄く嬉しかった。私はただ、ローくん、彼のことを純粋に好いていて、尊敬している。それは今でも変わらないし、寧ろこの気持ちは強くなっている。ろーくん、とぽつりと溢れた私の声に彼は反射的に目を逸らそうとしたけれど、私の顔を視界に入れてひどく驚いたように目を丸くして、それからすぐにその大きな手を軽く頭の上に乗せる。髪を乱さないような気遣いを感じる繊細な動作でそっと、一度だけ自身が贈った簪にも指先で触れた後「……その顔、やめろ」と絞り出すように呟いた。




どういう顔か、と聞こうとする前に彼は手を退けると行くぞ、と改めて声をかけて歩き出したので慌ててそれについて行くように歩を進めれば、突然のことでもつれた足にバランスが崩れて倒れそうになったのをローくんが腕を引いて支えてくれてどうにか事無きを得たが、彼がそれはもう呆れたようにこちらを見ていてつい「ごめんなさい……」と謝った。何かを言おうとしたけれど、あまりのことにすぐに言葉が出ないのか深々と溜息を吐いてから「……もう慣れた」と口にした彼には本当に頭が上がらないと思わざるを得なかった。
































「……ローくん、私も行く」









彼女の決意の篭った視線に負けた。ただ、それだけの事だった。これから仲間を取り戻しに行く以上、1人で行動する方が動きやすいことも、同盟相手に要らぬ迷惑をかけるのが本意じゃないからこそ連れ立たない方がいいことも、理屈では分かっている。彼女が特別強いわけでもないその事実を踏まえても、サナをどうにかしてここに置いておく方がきっと彼女の為になると分かっていた筈なのに。




そんな中、結局俺が一番に考えたのは俺自身が彼女を救えるかどうか、だった。自分の目と手が届き、彼女を……良く言えば守る事が出来る位置に置く事ができるのかどうか。それを重視して"しまった"のだ。なぜ俺がこんなにも彼女に対してこんな事を思うのか、思考が鈍るのか、深く考えたくはないが……確かに彼女に伝えた言葉は全て本心だった。彼女が彼女らしくあればあるほど、安心するし、信頼してしまう。打算的なことなんてきっと何一つない、無垢な彼女のただひたすらに眩しいほどの俺への思いにある種依存しているのかもしれないと自嘲した。




彼女の提示したメリットは確かに重要なことで、この鎖国された国で既に顔が割れ始めている俺たちにとって彼女を"使う"ことは正しい判断なのかもしれない。事実それで彼女は自分の提案が受け入れられたと思っているかもしれないが、俺は、彼女の考えるもしもの時が来ればいかなる方法を使ってでも彼女を危険から遠のけ、これ以上彼女がそれに巻き込まれるような事はさせない。これはもう決めた事だった。それがサナにとって不本意であろうとも、彼女に重荷や危機を背負わせることなどさせるつもりは無い。だからこそ彼女の申し出を呑んだのだ。その時に俺自身が判断を下し、守る為に手段を取る事ができるように。そう、ただそれだけのために。




そうとも知らずに柔らかく嬉しそうに微笑みを浮かべたその顔が奥底で鈍く焦げ付いて離れないのは俺が彼女に伝えないこの想いの贖罪なのかもしれない。触れた簪は相変わらず笑顔の彼女に酷く似合っていた。……だからこそ、決めている。危ない目には合わせない、怪我はさせない、ここまで執着している理由はハッキリとは分からないが、そうしなければいけないことだけは分かっている。未だ隣でどこか明るい雰囲気を漂わせながら機嫌良く歩く小さくて無知な彼女に対して謝罪の言葉も、素直な感情も言い表す事が出来ない俺に誰かが笑った気がした。












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