きらきらと




「十八番そばだよー!!!サン五郎の十八番そばー!!!」





高らかな宣伝の声を聞きながら"サン五郎"特製の蕎麦を口に含む。ローくんから貰い物をして以来、結い始めた髪がこれを食べるのに適していて、ちょっぴり、嬉しくなった。そして彼の作った麺自体にあるほのかな甘みとしっかりした歯ごたえが秘蔵のタレに驚くほどマッチしていて自然と口元が緩みきってしまう。久しぶりに食べた彼の料理はまさにほっぺたが落ちるほどに美味しくて、もはや感動を覚える。同じように花の都で任務をこなしているロビン達と顔を合わせて彼の蕎麦に美味しい、美味しいと口々に言い合うのもまた、美味しさに磨きをかけている気がした。





「うんめ〜!!アホみたいにうめーな!またサンジのメシが食えるとは!無事帰ってきてくれてよかった!」
「おめーらはどうでもいいけどおロビちゃー ん!サナちゃ〜ん!お味はど〜お?」





ウソップの言葉にうんうん、と深く頷いていると屋台を切り盛りしながらサン五郎、もといサンジくんがデレデレとした顔をこちらに向ける。ロビンと一度顔を見合わせてから揃って笑って「ええ、お味最高よ」「うん、美味しい!さすがサンジくん!」と純粋な感想を述べれば彼はいつも通りクネクネと動きながら目をハートにする。それもまたなんとなく懐かしくて、彼が変わらずにこうして戻ってきてくれたことがとても嬉しく感じる。その幸福感につられるように箸がまた私の口までゆっくりと持ち上がり、自然と口内に広がるコシのある麺の甘さにはぁ、と息が漏れてしまう。それくらいにこの蕎麦は天下一品だ。





「ごめんくだせェ!」
「ごめんねお嬢ちゃん達〜!」





不意に聞こえた男性達の声にゆっくりと顔を向ける。彼のお店は女の人で賑わっていたからなんとも珍しいお客さんだ、と思ったけれどそこに立っていたのは妙に柄の悪そうな3人だ。人を見た目で判断するのはどうか、とは思うがつい萎縮してしまい首を縮める。サンジくんは真摯に彼らに対応するが雰囲気がいいとは思えない。隣に座ったロビンは狂四郎、と言う名前に覚えがあるらしく、なんと彼らはこのワノ国のヤクザに仕える人々のようだ。親分さんは横柄な人だったようだけれどそうであれば従う者もそういうこと、なのだろうか。少し不穏な成り行きを見守りつつ蕎麦を啜るとほぼ同時に、彼らの一人がサンジくんの屋台を蹴り飛ばし大鍋が地面へと転がり落ちた。つい先ほど彼が身を屈めて蕎麦を渡した女の子からも器を奪い取り叩きつける彼らにどうにも込み上げるものがある。せっかくの彼の料理をこんな風にするなんて、


静かに佇むサンジくんの後ろで思わず立ち上がったが、それ制するようにウソップが私の手を捕まえると、蕎麦を持ったまま走り出す。縺れそうになった足を必死に動かして仕方なく彼に引きずられつつも、つい、むくれた顔を向ければ逆に私を睨み返してから「こういうのはサンジが一番怒るやつだって分かるだろ!騒ぎになる前に離れるぞ!」とウソップに怒られてしまった。何か言い返すより先に背後から聞こえたけたたましい音に開きかけた口を閉じた。な?とでも言いたげな視線に否定できず、小さく唸り成り行きを彼とロビンとで見守る。蜘蛛の子を散らすように居なくなる町民達と、容赦なく暴れるサンジくん、それに便乗したフランキー……あぁ、確かにこれだとウソップの言うことは正しいのかもしれない。





「まー……やっぱりこうなるわけだが……いいのか?やっちまって」
「良くはない、けど、でも……サンジくんのご飯があんな風にされるのは嫌だったし……」
「ウフフ……マズイ人達に手を出しちゃったかもね……」





ロビンは何処か楽しそうに笑ってはいたが、実際にさっきまでの行列が居なくなり閑散とするのを見るとやっぱダメだったかな……と思わざるを得ない。きっとローくんがこれを知ればまた胃を痛めてしまうな……と今この場にいない彼に心の奥で謝罪をした。そうしている間にサンジくんが物陰へと目を向けると何かに気づいたように鍋を見に行くとうん、と一つ頷いて笑顔を浮かべた。彼の見ていた視線をぼんやりと辿るように眺めて、成る程、と納得する。彼女はさっき笑っていたのに泣きながら彼の蕎麦を食べられないことを嘆いていた女の子だ。その子の前に膝をつくとサンジくんは最後の一杯を彼女にお詫びを兼ねて提供する。そんなすごく彼らしい行動に微笑ましく思った。




「おいしィ〜〜〜!!!!アハハハハハ!こんなおいしいおそば初めて!」
「ははは!こっちまでニヤケちまうな!」




そんな明るく変わった女の子はトコちゃん、と言うらしい。頭に"お"をつけておトコちゃん。そんな彼女の可愛らしさについその場にいた皆がつられて笑顔になった。しかし素直で面白い彼女は途中でハッとしたように遅刻だ、と騒ぎ始めると慌ただしく手を振りながらも通りを走っていってしまった。その余韻に浸る前に見送る私たちの前に突如現れたおばあさんは三味線を掻き鳴らしながら声高々とこの国のスーパースターである「花魁」について話し始めた。ただ一人選ばれた知性も美貌も兼ね備えた女性の名前は"小紫"というらしい。ゴクリと息を飲んだ男性陣を見つつ、私は同じ女性としてそんな彼女を一目見てみたい、と感じた。男の憧れ、女のカリスマ。一体、どんな人なのだろうか。





「今日はオロチ城にて将軍の宴がにらかれる!花魁は城へ向かうその道中さ!さっきの子、禿とは花魁に仕える少女の事!……そうそう、おロビ!おめでとう!あんたも同じ座敷にお呼びがかかったよ!」
「え!?」
「そうなんだ……!さすがロビン……」





ええ、と綺麗に笑うロビンに思わず私も笑みが浮かぶ。ロビンの黒髪はこの国の着物にとても映えて美しい。小紫さんがどんな女性なのかはまだ分からないけれど、私の身近にいる二人も相当な美人だなぁと思い直すことはよくあって、それに比べて自分が見劣りすることにもとっくに慣れてしまっていた。実際ナミもロビンもスタイルが良く顔も綺麗で純粋に尊敬の念を抱いていた。いつか私もあんな風になりたいな、とひっそりとした目標でもある。頑張ってね、と彼女に告げてそれに肯定するように頷いたロビンはおばあさんに連れられて支度に向かっていった。




ふと、辺りを見渡せば私達以外にも老若男女問わず沢山の人が集まり始めている。フランキーも私と同じように周りを見渡してそんなに人気なのか、とぼやいていた。そうしている間にも分刻みに増していく人の壁がどんどん厚くなり、対して身長もない私はその中に埋もれていく。まずい、と思った頃にはサンジくんたちは見えなくなっており、流されるように最初に立っていた場所からは遠いてしまう。奥の方から歓声が上がり始め、恐らく花魁道中が始まったと推測できたが、それを聞いた私の周りの人たちは小紫さんを一目見ようと押し合いへし合いを始める。ただでさえないスペースがどんどんと無くなっていき、人に支えられるようにしてかろうじて立てていた私は遂に外へと弾き出された。ふらり、と足元がおぼつかず、次に来る衝撃に備えてぎゅっと、目を瞑った。






「……おい、」
「……っあ、」






聞こえた声と、しっかりとした支え方、そして香ったそれに一瞬にして何が起こったのかを悟った。この感覚にはもう随分、身に覚えがあった。背中に回された腕の逞しさに見上げたそこには大きな編笠とそこから漆黒の着物が伸びるように落ちている。思わず名前を呼びそうになるのを一文字目でぐっ、と制した。そうだ、彼……ローくんは、ここではもう既に随分顔も名前も割れている。だからこその編笠だ。





「……お前は、いつになったらまともに立ってられるんだ」
「ご、ごめんね……いつもありがとうございます……」
「全くだな、ここで何をしてる」





呆れ混じりの彼の嫌味に素直に謝ると彼はゆっくりと私を地面へと立たせ、皺の寄った布を軽く整えてくれた。それに頭をぺこりと下げて感謝の意を示してから今から始まる花魁道中を見に来た、と話せば、また露骨に編笠から息を吐き出して、そんなもん見て何になるんだ、と呟いた。もしかしてローくんは今から通る小紫さんのことを知らないのだろうか。





「でもワノ国1の花魁らしくて……ローくんも男の人なら気にならない?」
「……あァ?」
「すごく美人で頭もいい人らしくて……凄いよね」





私のイメージの中での小紫さんをもくもくと大きくしつつ彼に世間話の一環でそう言ったが、ローくんは途端に口を噤んでしまった。何か気になることでもあるのだろうか、と思い、どうしたの?と聞くと「いや……」と濁すような声が傘の奥から聞こえた。もう一度尋ねようとして喉を鳴らしたけれど突如上がった大きな歓声にそれは一気にかき消されてしまう。鈴の音が辺りに響いて、彼と共に自然と道の方へと顔を向けた。





「小紫太夫の〜〜〜!!!お練り〜〜〜!!!」
「キャー!!!小紫様ぁ!」
「小紫〜!!」
「……す、すごい人気……私も見てみたッ……!?」
「……おい、サナ……お前があの中に一人で行ったらどうなるか考えろ」





前に踏み出そうと浮いた右足が彼に腕を引かれることで元の位置へと戻される。顔こそ見えはしないが彼の声色は若干の苛立ちが込められていて、少し体を縮こませた。全くもって彼の言葉の通りではあると思ったが、どうしても彼女の姿を見たい私はつい、道と彼の顔辺りを交互に見やった。ローくんは腕に込めた力を少しだけ強くすると深々とため息をついてからシャンブルズ、と一言落とした。






「っわ!?」
「ここなら、いいだろ」





突然飛んだことでバランスを崩しかけた私を当たり前のように支えた彼を見上げてからキョロキョロと辺りを見渡す。どこもかしこも瓦屋根ばかりで……とそこまで思ってからはた、と気づく。この光景が広がるということは、と足元を見てそこに敷かれた瓦に現在の位置を悟った。なんと、私達も近くの家屋の屋根の上に立っているのではないか。辺りには大工用具が転がっており、小紫さんの為に仕事を投げ出してまで見に行っている人達がいるんだな、と感じた。た、たしかにここは見やすいけれど……ローくんも大胆なことをするな、と感じてしまうのは仕方ないと思う。視線でそれを彼本人に訴えようとしたが今の状態ではどちらを向いているのかも分からない彼が、来たぞ、と告げた言葉にはっ、と大通りを見下ろした。








目に飛び込んできたのは、鮮やかな赤と水色が混ざり合い、孔雀があしらわれたような派手で煌びやかな着物と長い下駄のような履物、大きな傘の下で上品に上がった口角に乗せられた紅と厚みのある唇は真っ白な肌に艶やかに浮かび上がっている。美しい空を思わせるような蒼い髪色は誰もの目を惹き、そこに刺された簪の1つ1つや扇も酷く精巧だ。丸みを帯びた大きな目とその中に存在する宝石のような瞳としっかりと引かれた眉が彼女の可愛らしさと気高さを表すようだった。正に、絶世の美女、その言葉が当てはまる御姿に唾を飲み込んだ。あんなに豪華な服装に負けないその主張された顔立ちには、確かな美を感じた。同性の私でもこんなに魅力を感じる女性なのだから、男の人たちはきっと、彼女に骨抜きなんだろうと思わざるを得ない。そこに居るだけで絵になるような、彼女はそんな女性だった。



不意に、その輝いた瞳がこちらに向いた。途端にきゅ、と心臓が縮み上がりそうになり、体に力が入る。少しだけ驚いたように長い睫毛を揺らした彼女は柔らかく目元を細めるとひらり、と、紫陽花のようなその扇を揺らして色づいた唇を緩めて見せたのだ。そしてまた真っ直ぐに前を見据えるその横顔の威厳にすとん、と力が抜けるようだった。慌てて隣に立つ彼が私を支えてくれて倒れずには済んだが、今、確実に、彼女小紫は私たちを見ていた。





「………〜っ!!ろ、ろーくん!今、見た!?」
「……ッ、お前倒れそうになりながら何を、」
「小紫さんこっち見て、笑って」





編笠越しにでも彼の困惑と意味がわからない、といった表情が伝わって来る気がした。その反応にまさか、と思って「今、見てたよね?」と聞くと、彼はゆっくり首を回して下を覗き込むと既に私たちの前を通り過ぎた小紫さんの後ろ姿を見つけて、あァ……と呟いた。それはまるで今まさにその道中に気づいたかのような反応で思わず目を見開く。もしかしてローくんは、今の彼女を一度見ていなかったのだろうか。





「あの花魁がどうした」
「ど、うしたって、いまさっき、こっち見てて……うそ、見てなかった……?」
「は?いつ、」
「やっぱり!?な、なんで、ローくん今何見てたの……?」
「…………それは、」





詰め寄った私に苦々しく口を閉ざした彼は表情こそ見えないがその声色にバツ悪そうな様子が想像ついた。おそらく、今私の方を向いている彼が何を考えているのかは分からないが、物言いたげだったり、むしろ迷うように沈黙する相反した態度を見せているローくんに私も戸惑って、ただ彼の言葉を待つように見上げた。すると、ふ、と彼の手が私の髪に伸び、まるで壊れ物を扱うように指先だけで触れると小さな声で何かを、呟いた。最後の一音、空気が抜けていくような"お"しか聞き取れなかった私が、え?と聞き返したのと同じタイミングで彼はまた能力を使用する。一瞬で景色が変わり、暗い路地に降り立った私の腕を引いて、人が散り始めた通りに立つ逸れた3人の元までローくんは私を誘導してくれた。




サナ!と駆け寄って来るウソップに手を挙げると、隣にいたサンジくんは私を引くローくんをキッと睨みつけて「お前!サナちゃんを平然と誘拐しやがって……!」と震えた声で彼に顔を寄せる。寄られたローくんは編笠を乱暴に外すと額に青筋を浮かべて「テメェらがコイツをちゃんと見てないから俺が……!」と言い返しており中々収集が付かなそうだ。どこに行ってたんだよ、とフランキーが私を見たので屋根の上に、と端的に答えるとふぅん、となにやら楽しそうに眉を片方引き上げていた。



「逢引か?」
「あいびき、って……もう、そんなんじゃないよ」
「んだよつれねぇな、そりゃあサナはそうかもしれねぇが……」
「おい、」




フランキーの言葉を遮るようにローくんは鋭い目を向けて、それに両手をあげてはいはい、といなしたフランキーはお前も大変なのに好かれたな、と私に囁いた。大変なの?と首を傾げて、隣に立つ彼を見上げる。……もしかしてローくんのことだろうか、と少し考えたけれど寧ろそれなら好いているのは私の方だと思うし、彼の言う好かれた、には入らない気がする。彼の横顔をぼんやりそのまま眺めれば、いつまで見てるんだ、と少し眉を下げて心地悪そうに言われてしまい、ごめんね。と素直に謝ると小さく鼻を鳴らして目を逸らされる。……少しずつ、空は橙に染まり始めている、もうすぐオロチのところで宴が始まるのだろうか。大きく構えるその城を見て、まだ見ぬ悪党に思わず顔を顰めてしまった。
























やけに目を輝かせた彼女の小さな顔を見つめた。





綺麗に結いあげられたその髪は太陽光を反射して彼女持つ内面的な暖かさを引き立てており、そこに刺されている俺の渡した簪の花びらが色付いて見え、何処か健気で可愛らしい印象も映し出している。纏めたからこそ覗いた、その透けそうな白い肌とすっきりとしたうなじが妙に無防備に感じた。彼女はとても健康的で、だからこそ特有の瑞々しい色気を醸し出していると思う。


明るく、人に笑顔を与えるような存在のサナが、こうして少し抜けた女性らしさを見せるのはどうにも、俺の居心地が悪くなる。なにが、と言うわけではないのだが、それを何となく汚してしまいたい衝動と、護り抜かなくてはならないという相反した使命感に駆られるのだ。




桜という柔らかで可憐な花をモチーフとしているのに、垂れ下がった飾り越しに見えるその空間は背中に這うような艶かしさを感じさせている。勿論選んだからには似合ってもらわないと困るが、にしても、色々な意味で過ぎてしまった、かもしれない。


引いた紅も決して派手なものではない癖に、妙に俺の視線を吸い寄せていくのは何故なのだろうか。開かれた口元を塞いでやりたい、なんて、考えはしない、けど。そう思うような奴がいてもなんらおかしくは無い。まどろっこしい事を全て抜きにして客観的に見れば、今の彼女は非常に魅力的だと言ってもいいだろう。


そして、硝子玉のような透明感があるその瞳はいつ見ても奥の奥まで緻密で繊細な輝きに満ちている。敵船から奪った宝箱に大切に仕舞われる財宝と似たような堂々とした風貌かつ、優しい色合いは落とせば割れて中から水が溢れてきそうだ、なんて、思った。





「………〜っ!!ろ、ろーくん!今、見た!?」





突然、こちらに向けられたその瞳に思わず面食らった。眩しいくらいの輝きに瞬間的に声が詰まり彼女の話を聞いたが、全くもって何に対しての事柄なのか分からない。どうやら花魁に何かしらされたらしいがこの距離だ危ないことではないようだ。どう反応すべきなのか決めかねている俺に彼女は何かを悟ったらしく、もしかして見ていなかったのか、とそういう類の言葉を掛けられてしまったが何も反論ができないくらいに俺はその花魁を見ていなかった。寧ろ、俺が見ていたのは目の前のこの女なことは流石に自覚はしてはいたが、それを本人に言えるほどの器量は持ち合わせていない。驚いた顔で俺に何を見ていたのか、と問いかける彼女の髪に手を伸ばして、でも、きっと苦労したであろうそれに触れるのも惜しく、アイツらに言われた簪の意味を思うとロクにそれも出来ず、苦し紛れに「……簪を、」と呟いたが、それでは彼女を見ていたのとほぼ同義である、と口を出た後に気づいてバツが悪いことこの上なかった。不思議そうに首を傾けた彼女が追撃に入るより先にシャンブルズで黒足屋達のところへとサナを連れていく。俺ばかりがこんなに乱されてどうするつもりだ、と我ながら一人、ごちた。










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