ささる、ぬく





立ち込めた暗雲に浮かぶ大きな龍の姿に思わず足の力が抜けそうになる。勿論、話には聞いていた。百獣のカイドウは龍になれる、と。それでも、実物はあまりの存在感を放ってそこに君臨していた。博羅町の赤鳥居の上に浮かぶその巨体は私の想像の範疇を超えていた。



ローくんが私たちがカイドウ一派に顔が割れている事を説明する間に、私の隣から誰よりも早く走り出したルフィを反射的に追いかけようとする私や、錦えもんさんたちを制した彼はあくまでも冷静だ。確かに彼の言う通り、決戦の日まではまだまだ時間がある。この間に起きる問題は極力少なくあるべきで、火種は少ない方がいい。"room"を出現させた彼はそのまま掌を上へと向けた。…………次の彼の行動を察した私は、自然と足を前に出す。







「お前らは絶対に顔を出す……ッ!?」
「…………ごめんね、でも私も割れてる!」
「サナちゃん!?……あぁ!クソ、飛んだ!」
「キャプテーン!!」






彼の着物を掴み、一瞬で変わった景色。こうやって移動するのも慣れてしまった……と、思ったのだが、目の前に迫る地面に考えを改めざるを得ない、あぁ、と襲う痛みを覚悟したがそれより先にかなりの力で襟首を引かれ、走り出そうとした右足が地面に着いたことでなんとかバランスを保つことが出来た。勿論、私を起こしたのは紛れもないローくんで、驚愕したようにこちらを見てからすぐに眉間に皺を寄せ、咎めるような厳しい目つきを向けた。





「お前、なんで来た!!!」
「ご、ごめんなさい!でも、私も、割れてるから!」
「〜〜ッ!!!そういう問題じゃ、」
「トラ男!サナ!おこぼれ町の奴ら大丈夫かな……!」
「こっちはこっちで……!バカが!見ろ"いい事"なんてするから!」





2人について走りながら山を駆け下りる。私に出来ることがあるかは分からないけど、少なくとも彼ら2人のようにカイドウに認知されている訳ではない筈だ。だからこそ、何かあった時に動けるかもしれない……多少屁理屈だけど、私も既にホーキンスに見られ、ワノ国に居ることは知られている。彼の言う大捜索にはもう加担してしまっているのだから、無茶をする2人の船長について行くことを選んだ。後でナミに怒られることは承知している。





突然、私たちの真横を吹き抜けた強風に体が煽られた。倒れそうになるのをぐ、と堪え、風の去る方へと顔を向ける。嫌な予感が背中を走った。その巨体を靡かせながら空を滑るように飛ぶ龍は大きく口を開いたと思えば、物凄い音と光を"吐き出して"ほんの一瞬でおでん城を焼き尽くした。崩れ落ちる城壁と、周囲の木々、遅れてやってくる熱風に言葉を失う。気が遠くなるような光景にふらついた体を支えてくれた彼の声が上手く頭に入ってこなかった。







「……しろ、が、皆……」
「おい、しっかりしろ!……ん?麦わら屋!?」





「ゴムゴムの"象銃"!!!!」







聞こえた声に見上げた空から龍の頭が町へと落ちていくのが見えた。ルフィ……と口から溢れた彼の名前に少しだけ冷静さを取り戻した。城からは煙が立ち込めており様子は伺えない、最悪の可能性が過るのを振り払おうと頭を揺らし「あの野郎……!!」と苦虫を噛み潰したようなような声を出したローくんは私を支えたままもう一度"飛んだ"




私が立位を保てていることを確認してから支えるのをやめると、ルフィに怒りを露わにする彼だったが、ルフィはカイドウから目を離さない。額に青筋を浮かべ、鬼気迫った顔で声を荒げた。






「今ぶちのめせば終わりだろ!!!錦えもん達も、俺とお前の仲間達も!無事かどうかもわからねェ!!」
「……!!!」





彼の怒りは最もだった。ローくんもそれが分からない筈もなく、一度山に目を向けて焦燥した表情を見せた。……私も、皆、大丈夫だよね、と自分自身に言い聞かせた言葉には説得力が欠けている。叫び出したルフィを止めることが出来ないと判断した彼は私の腕を引き、カイドウ達から距離を取る。堂々と立つ船長の背中に後ろ髪を引かれたが、彼は私の腕を離す気はなさそうだったので、開きかけた口を閉じた。



見つからないようにある程度の間隔を取り、彼と共に戦局を見守る。ルフィは既に全力でカイドウに挑んでおり、本気でここで倒す気概で臨んでいると分かる。彼に撃ち落とされた龍は人、と呼べるのか定かではないが、巨漢へと変貌し、さらに彼の連打をその体に受けて吹き飛んでいく。けたたましい破壊音と共に崩れる家屋、騒つく町民の中、むくり、と立ち上がるその男は思い切り金棒を振り抜くと、ゴムであり、覇気を纏ったルフィを殴り飛ばしたのだ。ギアが解けた彼が顔から血を流して倒れ伏したのに思わず声を上げて駆け寄ろうとしたのを、ローくんが後ろから私の口を塞ぎ阻止した。思わず彼を振り向けば、彼もまたどう打開すべきかと苦り切った顔をしており、頭に上りかけた血が治まっていくのを感じた。カイドウの部下らしい男がルフィを診ていたが、息はあるようで私もほんの少しだけ胸を撫で下ろした。ローくんはまた左手を構えるとルフィを連れて逃げる体制を作るが、彼もずっとroomを張っている、体力の消耗は激しい筈だ。これ以上の無茶は、と頭を回していると不意に左から"気配"を感じた。漠然とした悪意を持った小さな"それ"に導かれたように顔が自然とそちらを向くと同時に懐にしまった針へと腕が伸びた。…………見えたのはトカゲに乗り、銃を構えた男と、鹿のような動物の上で静かに佇むバジル・ホーキンスの姿だ。





ニヤリ、と厭らしい笑みを浮かべた男が、銃を放つ。理由は分からないが既にそれを見ていた私は針先で球を弾いたが、次の動作に移る間も無く、男は二発目を撃ち出していた。間に合わない、そう感じたが、その球はゆっくりと軌道を変える。まさか、と敵の狙いを悟った時には、後ろに立っていた彼が鈍い声と共に地面へと倒れ込んでいた。







「ローくん……!!?」
「やめておけ、トラファルガー!アトラス!!」





彼を助け起こしつつ、声の主を精一杯睨みつける。舌を打ちつつ彼もまたホーキンスへと鋭い目を向けるが、その顔色は消して良くない。私たちを見下ろすホーキンスはどこからか不思議な剣を作り出しながら話し続けた。







「世界に拡がる海楼石はこの国で生まれたんだ……そんなに小さく加工できる技術者はワノ国にしかいない」
「……!!海楼石の……釘!?」






彼は肩に刺さり、血を流させているそれを抜こうとしたが、海楼石で出来ているという言葉に手を止める。彼の顔色の悪さはこれにも影響しているのかもしれない。非道な手を使うホーキンスに唇を噛みつつ、私はローくんの前に立った。能力者である彼にとって海楼石はハンデになりすぎる……!絶対にこれ以上彼に当てられてはいけない。胸元から以前ウソップに作ってもらった太さのある"針"を刃にした短剣取り出して強く握った。






「お前が戦うつもりか?……挑む相手は見た方がいい」
「ッ……見たから、構えたんです!!!」
「……お、い、サナ……!止めろ……!」
「……強気だな、身の程を弁えることを教えてやろう」
「貴方こそ、見くびるのは大概にして……!」
「サナ!!」
「不安か、トラファルガー……まぁ待て、彼女の次はお前だ……!"藁備手刀"!」







後ろで重い体に鞭を打つように立ち上がろうとする彼に一度だけ視線を向けて、口を動かした。彼が目を開くのを確認してからホーキンスに向き直る。生き物のように私へと伸びる剣が目の前まで迫っていた。一度どうにか弾いたが、すぐに藁は意思を持つように針短剣へと絡みつき、それを持つ私の腕にまで触れようとした。…………そう、彼には私では、勝てない。そんなこと最初から分かっている。強く、腕が回されたのを確認し、私は短剣から手を、離した。








「…………ごめんなさい!」
「"シャンブルズ"……!」
「なッ、」








どさり、と背中から落下した感覚に鈍く腰が痛んだ。辺りからはのどかな鳥の声と葉が擦れる音が聞こえる…………町の喧騒は、遠い。その安心感から脱力して深く息を吐き出すと同時に、ぐい、と強く手首を掴み、引かれた。






「ッ……!!お前、あんな真似してどうする気だ!?」
「ろ、くん、」






ローくんの物凄い剣幕に気圧され、つい、声が小さくなった。固まり何も言えなくなる私と彼の間に不自然な沈黙が流れる。聞こえるのは彼の荒い息遣いだけだった。私の手を木に押しつけるように固定した彼の瞳の奥には怒りが込められていたが、ほんと少し揺れる視線からは動揺がありありと伝わってきた。彼の左肩に未だ刺さるそれからはじんわりと血が滲んでおり、彼の着物が黒では無かったら尚更、痛々しい光景となっていたことが容易に想像がつく。……痛い?と何も考えず口に出た言葉に、はっ、として彼を見たが、彼は少し驚いたような顔をしてからバツ悪そうに、いや……と答えた。






「……痛みは、大したことはない、が、力が入らねぇ……だから尚更お前は無茶をしたんだ…………自覚あんのか?」
「賭けのつもりは……あったかな。でも、海楼石ならこれ以上ローくんが刺されるわけにもいかなかったし……」
「俺が、飛べなかったら……どうするつもりだったんだ」





真剣な表情で問いかける彼になんて言うべきなのか、迷った。正直なところ、何も考えていなかったのだ。これを言えば彼に怒られることなど目に見えてはいるが、だからといってごまかせる相手でもない。





「…………考えてなかったな……」
「う、……すみません……ローくんなら分かってくれるとは思ってたんだけど……そもそも飛べなかったらだめだもんね……」





私が言うまでもなく彼に見透かされていたので素直に謝り、肩を竦めたが、彼は複雑な表情で私を見てから深くため息をついて、私の腕を解放した。……実際、彼が私の意図をあの一瞬で汲んでくれたからこそ助かった。結局、彼に頼り切った戦法であったことはまぎれもない事実だ。





「……俺が気付かなかったのもミスだ、そのせいでお前を危険に晒した……悪ィ」
「そんな、ローくんがいたから私が助かって……そもそも私がもっと強かったら、」
「……それは今言っても仕方ないだろ。あれがお前の出来る最善だと思ったなら、いい。……この話はもう終わりだ」




本当は私は彼に謝らなければいけないことが山ほどあったのだけれども、彼はそれを切り上げた。多分、私がそうしようとしていたのが分かっていたのだろう、これ以上聞くつもりがないらしい。ローくんは視線を自分の左肩へと向けて忌々しそうに釘を睨みつけた。





「海楼石の釘……聞いた事ねェ……!!ベポ達も気がかり、あのバカも放っとけねェ……」
「……ローくん、それ、どうするの……?」





尋ねた私に彼は何も答えなかった。能力者の天敵、海楼石……やはり触ることも難しいのだろうか。彼なら能力でも知識としても異物を抜くぐらい容易いはずなのでやはり海楼石は相当強力な武器になり得ると改めて感じた。でも、彼もこのままで居るわけにはいかない。とにかく今からおでん城まで戻ってルフィのことを伝えなければいけない。それ以上にみんなの安否も心配だ。そこまでの道のりで何もない、とも言い切れない。今の私よりも体力を失いつつも能力が使える彼の方がきっと100倍は頼りになるはずだ。そこまで考えて、私は一つ、決めた。





「……ローくん、私が抜く」
「……あ?」





しっかりと彼に向き直り、私の決意を告げた。眉を顰めたローくんにもう一度釘を抜くことを伝えると彼は一度目を落としてから、怒るわけでもなく、呆れたわけでもなく、どこか達観したように息を吐いた。






「……任せる」
「海楼石なら私が触る方がいいから……って、え?」
「お前に、任せる」






色々と思い浮かべた理由を話そうとするその前に彼は静かに私へ許可を出した。その目には曇りはなく、彼が冗談や嘘のつもりで言ったわけじゃないことはすぐに分かった。こうなるのは願ったり叶ったりではあるが、あまりに簡単に了承されてこちらとしては少し拍子抜けた気がした。どうして、と自分から提案しておきながらそう聞けば、今度こそ呆れたようにお前が言ったんだろ、と突っ込み、口を開いた。





「実際理に適っている、能力者の俺が触るのはリスクがあるし、出来ればやらねェ方がいい」
「で、でも、本当に?私頑張るけど、でも、こういうのが専門でもないし……」
「……同じことを言わせるな。お前ならいい、早くしろ」





そういうと彼はゆっくりと目を瞑った。……ローくんは本当に、私の好きにさせるみたいだ。かなりの責任が伴う役目にじんわりと緊張が胃の奥から上り詰めてくる。まず、何本か針を取り出して痛みを緩和させるツボに刺そうとしたが、彼は瞼を閉じたまま声だけでそれを止める。痛みは体からの信号だから消すな、と彼らしい考え方ではあるが……どうにも気が引ける私に釘の一本くらいなら耐えられる、と答えた彼も相当タフだな、と思い直した。そんなにも言うなら私が決めることではないのだろう、と自分を納得させた。抜いた後止血に使うものが必要だったが、この場に使えそうなものがあるはずも無いので、自分の帯を緩めて胸元に晒の代わりに巻いていた包帯を丁寧に外した。感染源になるものは付いていないはずなので、多分、大丈夫だろう。と思いつつ帯を締め直した。少し首にかけて落ち着かないが仕方ない。




一度、呼吸を整えた。そっ、と釘に触れて、感じる冷たさに息を呑む。まっすぐに、抜く、それだけを意識する。幸いにも深く刺さっているわけでも、釘自体が長いわけでも無さそうなので大量出血はしないと思われる、が、それでもやっぱり少し、怖い。彼に何か不利益が被ったら、と思うと、手がそれ以上中々動かなかった。ふと、彼の右腕が私の背に触れ、ぽす、ぽす、と一定のリズムで柔らかく叩かれた。変わらず彼は目を閉じていたが、その行為に彼なりの優しさを感じて安心した。あぁ、私は多分今、彼に信じられている。



最後に深呼吸をしてから一思いに抜き取る。すぐに包帯で圧迫し、一瞬苦しげな声を漏らした彼を確認するが、小さく頷いたのに息を吐く。見立て通り出血はあまり多くはない、多少は白に滲んだが、押さえたまま手早く巻けば、それ以上に滲出してくる様子は無い。心臓がどくどくと煩いのを今更感じ、肩の荷が降りた気がした。体を離して彼に確認をすると、少し腕を動かしてから大丈夫だ、と答えた彼にやっと、胸を撫で下ろした。





「……痛みも少ないし、止血も早い、悪くねェ仕事だ」
「そっか、良かった……」





医者である彼にそうして言われると私も安心する。緊張したけれど上手く行ってよかった……と体の力を抜いた私とは違い、彼はすぐに立ち上がり「今は敵も焼かれたと思っているだろうが……いつ確認に来るか分からねェ、早く情報共有するぞ」と告げたその言葉に頷いた。確かにその通りだ。私も同じように立ち上がり、もう動いて大丈夫?と声をかけると心配ない、とローくんは歩き始めたので、それに続くように私も隣に着いて行く。2人で山道を歩きながら、先ほどの対峙をぼんやりと思い出して、呟く。





「私たち、彼……ホーキンスとやけに縁があるね……」
「……あァ、嫌なくらいにな」





あからさまに顔を顰めた彼に私も苦笑いをした。ワノ国にいる以上彼と会うことは免れないだろうが……それにしても、よく出会う。まだ彼との縁が切れたとも思えなくて少し考えてしまう。次会えば私もきっとタダで帰してはくれないだろう。じんわりと這い寄るような不安を感じつつも、煙が渦巻いている城跡へと足を進めた。途中ローくんが零した「アイツには、気をつけろ」という言葉にゆっくりと同意するように頷いた。

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