きゅうだい









「いやぁ、ほんと参っちゃうよ」
「そうですよねぇ、行ったり来たりは大変ですよね」







常連の彼の背中を押しながら大工仕事の愚痴を耳で受け止める。随分凝った筋肉からもその苦労が伺えた。こんな隅の店に贔屓にしてきてくれる彼もまた逆三日月の同心であり、私の活動についても理解がある。ワノ国来て数日、すっかりお得意様だ。彼からこの国について教えてもらったことも多く本当に頭が上がらない。





「いやァ〜……ここの按摩は効くなぁほんと」
「いつも本当にありがとうございます……効いてるなら何よりで、」
「俺こそ、いつも助かるよ……あ、そういやサナさん、今博羅町の方で色々騒ぎがあるらしいから気を付けてね」
「博羅町で?何の騒ぎですか?」





帰り際、思い出したと言わんばかりに私へ注意喚起をしてくれた彼に思わず尋ねると、詳しくは知らないけど、と前置いてから彼が言うには、博羅町では今、"腕が際限無く伸びる化け物のような男"と"目元に傷のある辻斬り"そして"女侍"が横綱相手にやり合ってる、らしいということ。その話を聞いて思わず息を呑んだのは仕方がないと思う。最後の1人は別としても、前半の2人は私には覚えがありすぎる特徴だった。



彼の背に手を振って見送ってから店の看板を外して中へと入れる。今日の営業は少し早いけれど終了だ。……きっと、もうルフィ達はワノ国に来ている。そして恐らくゾロと合流して何かに巻き込まれた、大方その辺りだろうか。航海をするうちに彼はそういう星の元に生まれていると実感したので特に驚きはないが、このままでは錦えもんさんが秘密裏に行動している現状を全て破壊しかねないことは目に見えている。博羅町は役人が多く徘徊する町でもあり、尚更彼らを放っておくことはできない。まさに、何か起こるぞ、と言わんばかりのセッティングだ。こういった事に関してのルフィがトラブルを起こすことへの信頼はきっと私たちクルーは皆同じはずだ。


だから、彼の為にも、その為にそれぞれ頑張っているみんなの為にも、私の心は決まっていた。慣れ始めた着物の帯をぐっと締め、軽く髪を整える。懐には仕込んだ武器や施術道具を入れ、床の下からは怪我をしたあの日に、ローくんに半ば押し付けられるようにして貰ってしまった草履を履いて、外に出た。向かうは博羅町、間に合えばいいのだけれども、と思いを馳せつつ急ぎ足で事件が起きているらしい現場へと向かった。









走り続けて見えた博羅町の大きな赤鳥居。役人達が一斉に走って行くのが見え、どこかに召集されているのだろうと予想がついた。もう彼らが大半暴れた後なのだろうか、ガラガラ、と瓦が崩れ落ちたり、砂煙が舞うそこは以前の整えられた土地であった姿を隠している。常連客は横綱と言っていた。ここら辺りで有名な横綱といえば浦島だろうか、ぼんやりとその姿を思い出して何となく納得した。彼は横暴な人だと博羅町から来ていたお客さん達が語ることは少なくなかった。……大通りを走ればカイドウやオロチの部下に見つかる可能性がある。少なくとも今はただの町人に扮してはいるが、不安要素は少ない方がいい。少し遠回りではあるが路地を通り反対の鳥居の方まで抜けよう、と決め、暗がりへと入った。







どのくらい走っただろうか?途中後ろの方から大きな物音が聞こえ、その後人々が騒ついた声を出していたのを考えると恐らく土俵は超え、街の反対側付近へと抜けたであろうことがわかる。そろそろ大通りに戻って様子を確認しよう、とずっとまっすぐ走っていたのをやめ、次の十字路を左折した。光が差さない裏から見えた大通りは燦々と照らされた太陽光を地面が反射し、ひどく眩しく見え、飛び込むように路地を飛び出した。







「ッ、な、」
「…………!!!」
「……え、」






光に目が慣れて、一番に飛び込んできたのは鬼哭を持ち、今にも斬りかかろうとするように振り上げられた腕と、驚愕に見開かれたローくんの顔。それを頭が理解する頃には私の体に電気信号が送られるには、遅い。反射的に瞼をキツく閉じれば、肩の辺りを思い切り引き寄せられる感覚と耳元で重く響いた金属音。






ゆっくりと目を開けば、すぐ傍で鬼哭と合わせられた剣を逆手に持つ男は少しだけ眉間に皺を寄せる。その顔に思わず喉の奥を鳴らした。ルフィやローくんと同じ最悪の世代、そして今はカイドウの部下の真打であるバジル・ホーキンス……彼に違いなかった。わたしは、なんてタイミングが悪いのか。





「流石に見極めが早い……!!咄嗟に出てきた彼女すらもそうして護るとは……」
「……ただの脅しだがな。俺は殺人を好まない、医者なんでね。……こっちは、俺にとっても想定外だが、」





その言葉に彼を見上げるとローくんもこちらを見ており、どう返すべきか分からなかったが、私がこの状況においてひどく場違いなことだけは分かり、ごめんなさい、と謝るとローくんは隠す事なく顔を顰めた。





「ようこそ"ワノ国"へ、因縁のシャボンディ以来か……観光じゃなさそうだな……!同盟が揃って入国とは……」
「……っ……!」
「……ああ、案ずるな。アトラス・サナ……さっき"麦わら"たちと出くわした……バレる前に口封じしたかったんだろうが」





ローくんは舌打ちをしたが、私は彼の言葉に一瞬噛み締めた奥歯から少しだけ力を抜く。私のタイミングの悪さで全てがバレてしまったかと思った分、ある意味安心はしたがホーキンスの持つでんでん虫からこの辺りの真打であるホールデムが"盗賊"に打ち倒され、ジャックまで伝わったという報告が流れ、次に苦々しく歯を食いしばったのはローくんだった。ああ、やっぱり……彼らは本当にワノ国に到着し、相当な騒ぎを引き起こした。分かってはいたし、それを止めるつもりでここまで走ったが、その知らせを聞くとローくんとは対照的にほんの少しだけ笑みが零れてしまった。この国に根付く悪意を彼は迷いなく打ち倒すべく一打を放った。非常に、私たちの船長らしい行為だった。






「……だが、そうか。お前達はただの"同盟"そう思っていたが…………」






不意にそう呟いたホーキンスが私とローくんを見たことで自分にも緊張感が戻ってくる。何かを見透かすように興味深そうな彼の視線に妙に胸が騒ついて、落ち着かない。肩に触れている彼の腕の力が少し強まった気がした。





「覚えておこう、お前の弱みとして」
「……何が言いたい」
「それはお前の方がよく分かってるんじゃないのか?トラファルガー・ロー……」





意味深な言い回しに含まれる彼の意図が読めない。ローくんは刀をギリギリと先程よりも強く押し付け、その勢いのまま交差していた剣を弾いた。凛と彼に向けて伸びた刃は堂々としており、切っ先にまで意思が篭って見える。私を庇うように自身の体を少し前に出したローくんの横顔は険しい。






「そこの奴ら!道を開けろ!」
「すいません!急いでますので!」





突如、その空気を壊すように聞こえた2つの叫び声と大きな物を引きずるような音の方へ顔を向けて目を開く。迫ってくる大きな船とそれを引く大きな犬……そしてその船の上にはゾロが乗っている。全く状況は読めないがこのままでは危ないことは確からしい。ローくん、と彼に判断を仰ぐように彼を見る前に改めて私の肩を自分へと引き寄せ、彼の一言と共に景色が瞬間的に変わり、気づけば船の上から私たちと対峙したホーキンスを見下げていた。すぐにその姿は小さくなり、隣からはローくんの怒りの声が聞こえた。





「騒ぎを起こさねェとあれ程誓ったよな!!指名手配犯になった上にジャックを呼び寄せるようなマネをしやがって……!お前は"花の都"で浪人担当だろうが!何故この"九里"にいる!?」
「もしかして、また迷ったの?」
「あァ?……それを言うならコイツもだろ、何でいるんだ」





ローくんの言葉にめんどくさそうに首を鳴らしたゾロは適当な様子で私を指差してまるで彼の注意を私に逸らすような行動に出た。う、と痛いところを突かれてしまい恐る恐る彼を見上げればそれはもう非常に不機嫌そうにつり上がった目が向けられてしまった。





「え、ええと、それは……ルフィなら色々……起こしちゃうかなと思って、止めに来たつもりなんです、けど……」
「……それがあのザマか……?お前、何であんなに狙ったように俺たちの前に飛び出たんだ!?」
「私もそんなつもりはなくて……!た、ただ何となく大通りに出たら丁度……!」
「まぁ、俺もよくあるから分かる」





頷いたゾロと私の言い分にローくんは怒りに震えていたが、最早気力すらも失われたように深々と息を吐き出すと頭を押さえて黙り込んだ。本当に悪いことしちゃったな……と反省し、もう一度改めて彼に謝罪と助けてくれたことへの感謝を伝えると、突然、は、と顔を上げてローくんは穴が開きそうなほどに私を凝視する。戸惑いつつもどうしたの、と尋ねると少し眉を下げてから「……お前、」と何か言おうとしたが、目を逸らして、いや……と言葉を濁した。途中で止められるとやはり気になるのでもう一度聞き返そうとしたが、急に動きが止まった船にバランスを崩して前のめりになったのをローくん自身に受け止められた為、それ以上は叶わなかった。そのまま船はどんどんと横倒しになっていくが、また咄嗟に彼がシャンブルズで脱出をしてくれて無事に事無きを得る。船からは溢れんばかりの食べ物が転がり落ち、それに群がる人々を必死に止める役人の上に大きな水桶を置いたのは、






「おれはルフィ太郎!誰かに聞かれたらそう言え!!!」






そう高らかに名乗ったルフィだった。伸ばした腕を戻した彼が丁度私の隣に降り立ち、思わず笑ってしまうと、気付いた彼がこちらを見る。驚いたように目を見開いてからみるみるうちに顔を輝かせ「サナ!」と思い切り私に抱きついた。あまりの勢いに今度は後ろに転びそうになるのをローくんが支えてくれたのでどうにか立位を保つことに成功した。






「サナ!会えてよかった!元気だったか!?」
「う、うん……!重たい、けど、元気だよ……!ルフィも無事でよかった……」






息苦しさと彼ひとり分の重さに目を回す私からローくんはすぐにルフィを引き剥がし、救出してくれた。大丈夫か、と気遣ったような声をかけてくれる彼は相変わらず優しい。コクリと頷いて無事を告げると彼は今度はルフィへと向き直った。





「おい麦わら屋……危ねェだろ、それにこれは……」
「トラ男もいたのか!久しぶりだなぁ〜!!!」
「……ワノ国への反乱だぞ……」
「これはおれに飯をくれた玉への恩返し、その始まりだ!」






何の悪びれもなく言い放つルフィは肉をよこせ、とおこぼれ町の住民の元へと元気よく走っていく。それを見送るローくんは半ば諦めつつもう何も言えないようで、その更に隣のゾロは呆れつつも何処か楽しそうではあった。私も彼の背中を見送って、変わらないなぁと思い直す。ルフィは昔から何も変わらない、彼の中の正しいことへと迷いなく突き進んで、長く伸びる腕で全てを掬い取ってしまう、そんな人間だ。そんな彼らしさに私たちはきっと惚れ込んでいる。……無事で良かった、そんな想いが溢れて口元が緩むのがなかなか抑えられない。私はどこかでこうなることも少し、期待していたのかもしれない。





「……サナ、怪我はないか?」
「あ、うん!大丈夫……怪我する前にたくさん助けてもらったし」
「……そうか」




そう言いつつも私を観察するような視線をやめない事に、彼の指す怪我が恐らくホーキンスと対峙した時の物だと思い、ローくんが助けてくれたから、と告げると彼は微妙な表情を見せる。安心させるために言ったけれど逆効果だったのだろうか、その表情の意図を知るべく彼を見つめると彼もまた私を見つめ返した。





「……あまり、1人になるなよ」





彼の手が私の頬に触れる。指先で目尻の辺りをそっと柔らかな手つきで撫でたローくんからは、ぼんやりとだが心配が伝わってくる。彼が何を考えてこう言ってくれたのかは私に全て汲み取ることは難しいが、それに対して私が言えるのはきっと、






「大丈夫だよ、ローくん」
「……サナ……」
「だいじょうぶ、ルフィも来たし、ここにはローくんもいる。私も気をつけるから、」






彼の手を上から包むように、今度は私が触れた。一度震えた彼の指をきっと大丈夫、そう私は信じている。ね?と笑いかければローくんはゆっくりと頬から手を離した。……俺も気をつける、と小さく答えた。いつもありがとう、と自然と上がる口角。いや、と帽子を引き下げた彼に暖かい気持ちになった。






「……お前ら、いつも言ってるが、他所でやれ」





投げ込まれた、非常に呆れたようなゾロの声に私たちは揃って彼を見る。どういう意味だ、と青筋を立てた彼とは違い、私は今のやりとりを見られたことがなんとなく気恥ずかしくて、じんわりと熱くなった耳を手で覆い、彼の後ろへと身を隠した。


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