つなぎ







「あ!サナさん!ちょっとこっち来てくれますか?」






ゾウから出港して一夜明けた朝、私はローくんの仲間であるペンギンさんに呼び止められた。彼はこの船の案内もしてくれた人で私の中ではすでに優しくていい人、そういう認識になっている。私を見かけるとハッとしたように手を振って呼んだ彼を見るにきっと何か頼みごとでもあるのだろう、と思いながら彼の元へと向かった。








「おお〜!!!」
「いいっすね!ちょっと大きめだけど……」
「うん、でも悪くない!キャプテンも喜ぶね!」
「サナさん!早く見せに行ってやろうぜ!」
「え、えと……」





口を揃えて褒めてくれる皆に囲まれつつ私は縮こまっていた。あの後、ペンギンさんに連れられた部屋には唯一の女性クルーのイッカクさんも居て、彼女に渡されたのは清潔感のある白を基調とした服装だった。左の胸元には彼らと同じマークが刺繍されていて、パンツスタイルで動きやすそうな服装。…………そう、つなぎだ。


私は今、彼らが着ているのと同じつなぎを身に纏っていた。最初こそ困惑していたがあれよあれよと流されていればいつのまにかこうなってしまったが……いいのだろうか?勿論私は彼らハートの海賊団の一員ではないし、部外者に当たる筈だ。ローくんに怒られないかな……と彼に見せるぞ!と喜んでいる姿を見ながら反感を買う可能性を恐れていると、たまたま廊下をウソップが通ったのが見えた。きっと彼なら止めてくれる、と期待を元に慌ててウソップに声をかけた。




「ん?サナ、どうしたんだ?それ」
「ウソップ!その、皆と同じのを着たんだけど……これをローくんに見てもらおうって言われてて、」
「トラ男に?ふむふむ……上のダボっとした感じも悪くねぇし……あ、下が引きずるのは危なっかしいかもな〜……なぁ、ベルトあるか?」
「へっ?」
「ベルトか!成る程な……ちょっと持ってくる!」




ローくんの仲間の一人がバタバタと廊下を走っていくのをぽかん、と目で追いつつ私の頭はさらにハテナでいっぱいになった。顎に手を置いて真剣に考えるウソップは軽くつなぎの裾を折り返したりと調整しては、少し離れて遠目に見るのを繰り返している。何故こんなにも真剣に彼は考えているのだろうか……と困り果てつつ、また何気なく廊下に視線を移すと本を片手に歩いているロビンの姿が目に止まる。ロビンなら!と意気揚々とロビン!と名前を呼ぶと、あら?とゆっくりと彼女はこちらを向いた。




「サナ?その格好は……それにウソップも」
「おおロビン!実はサナこの格好をトラ男に見せるんだってよ」
「トラ男くんに?いいわね、面白そう」
「ロビン!?」
「サナ、似合ってるわよ可愛らしいわ」
「そ、そうかな……でも……」
「オウオウ、お前ら揃いに揃ってなにやってんだ?」
「フランキー!ええと、その、」
「サナがトラ男くんにこの姿を見せるそうよ」
「アイツに?そりゃあイイな、喜ぶんじゃねぇか?」




3人に囲まれた私と、ですよね!と彼らに同意するハートの海賊団の船員さんたちで部屋は溢れかえりつつあった。ウソップに続きロビンも何処か楽しそうで、その騒ぎに寄ってきたフランキーも私を見て何度も頷いている。ど、どうしよう、収拾がつかなくなってきたぞ、とアワアワそれぞれの顔を見渡した。そうしている間にベルトを取りに行ってくれた彼が戻ってくると、ウソップがそれを受け取って私の腰に回す。この長さがいいと思うけど、どうだ?と周りに確認を取る彼と私を見つめる幾多もの視線がとても居心地悪い。本当に何故こんな状態になっているのだろうか。






「……何やってんだ?」
「ぞ、ゾロ……!」






異様な雰囲気に恐る恐ると声をかけてきたのはトレーニングを終えて汗を流したであろうゾロだった。少し濡れた髪をタオルで拭きつつも私達に変なものを見るような目を向けていた。私にとっては彼の存在は救世主になるかもしれない……!そんな思いを込めて彼を見つめた。ゾロくんならきっと……!





「あぁ、ゾロか!今からサナがトラ男にこの姿見せにいくんだってよ!」
「あァ?……お前それトラ男の船の奴らのだろ」
「そう!そうなのゾロ!どう思う!?」
「どうって……まぁ似合ってはねぇな」
「あら、お気に召さないかしら?」





パチパチと瞬きをしたロビン、そうだ!酷えぞ!とゾロに抗議するウソップ、見損なったぜゾロ!とフランキーも吠えてそれに続くようにハートの海賊団もブーイングを起こす。ゾロの顔がどんどんとめんどくさそうに歪むのに心の中で謝罪をする。巻き込んでごめんねゾロ……!彼は息を吐き出すと自分の髪を掻き上げてから、





「コイツは俺たちの仲間だ。ルフィが選んで俺らの船に乗った、これが似合ってたら困るだろ」





と言い放った。それに雷に打たれたような衝撃を受けるウソップとフランキー、そしてハートの皆は膝をついて崩れ落ちるた。た、確かに……!と口を揃えた。私は彼の発言に物凄く感動すると思わずゾロの手を取って何度も縦に振って同意を示した。




「……ゾロ……!」
「な、なんだよ突然……」
「わたし、ゾロならそう言ってくれると思った……!ルフィにもローくんにも迷惑がかかるよね!?」
「はぁ?迷惑?」
「でもゾロ、トラ男くんにはいいと思うんだけど……どうかしら」




ゾロはロビンの言葉に改めて私を見る。思案するような顔で頭の先から足元までをゆっくりと見下ろすと、何かを見透かすような意地の悪い笑みを見せ「まァ、アイツには効くかもな」と一言呟くとそのまま歩いて行ってしまった。意味深そうな言葉を残した彼にどういう意味だろう、と考えた私と対照的にロビンは楽しそうに微笑んだ。

ゾロの言葉に謎の盛り上がりを見せるその空間にたじたじとしているとついに誰かが「キャプテンのところへ行こう!」と声を上げる。どうにか回避したい私はきっと彼は忙しい、見ても多分困る、むしろ怒られそう、といくつか言葉を羅列するも届いていない様子でどんどんと彼の部屋の前まで押され、遂には扉の前にまで来てしまった。廊下の角では隠れているウソップたちがグーサインを送ってくれていたが私としてはどうしていいか本当に分からず、シャチさんとペンギンさんの間に挟まれて大人しくしていた。





「キャプテン!少し見せたいものが!」
「今お時間大事ですか!?」





元気よく扉をノックして声をかける二人に不安が膨らんでいく。数秒の間が開いてから……あぁ、と返事が返ってきて、コツコツと足音が聞こえた後にゆっくりと扉が開かれた。ジャーン!と効果音を付けて手を広げた二人に思わず視線を向けてから、ちらり、とローくんの顔色を伺った。


ローくんはまさに、凝視、といった様子で私を見ていた。体を突き通してしまうのではないかと思うほどの視線に加えて眉間に深い皺が寄っていて、とてもじゃないが彼等の言う良い反応とは思えない。嫌な汗が体から噴き出す気さえして元々なかった自信がどんどんとしぼんでいくのを感じた。




「……どういうつもりだ、これは」
「余ってたんでサナさんに着てもらったんです!どうっすかキャプテン!」
「どうもこうも……誰の差し金だ」
「ろ、ろーくん……ごめんね……その、気を悪くしたら……」




機嫌が悪そうな彼に小さく謝罪すると、ローくんは少しだけ眉を顰めた。しかし目には微かに妙な困惑が浮かんでいるように見えて今度は私が戸惑ってしまった。彼の考えていることが想像付かない、彼は今どんな思いで私を見下ろしているのだろうか。どうにかそれを汲み取ろうと食い入るように彼を見つめた私にこっそりとシャチさんが「キャプテン、って呼んでみ」と耳打ちをする。え、と彼の方を向くと大丈夫、と口元を緩めているのがわかる。それを確認するように反対に立つペンギンさんにも目を向けたが深く頷かれてしまう。信じて良いのだろうか、そう思いつつも彼は未だに私を険しい表情で見ていたので半ばやけくそになりつつも口を開いた。






「……っ、きゃぷてん……」
「…………」






訪れた沈黙に開いた口を徐々に閉口させていく。彼は一瞬だけ目を開いてから苦悶といった顔でまた私を鋭く見つめる。息が詰まりそうな緊張感に逃げ出す事も出来ず、ただそうして時間が過ぎていく。不意にローくんは肺に溜まった空気を全て出し切るように息を吐き出すと私の頭をワシワシと少し乱暴に撫でた。何をされたのか理解が出来ずローくんを見上げると、困ったように彼はそっと目を逸らしてから「……悪くは、ない」と呟いた。






「……分かったからさっさと着替えろ」
「あっ、ローく、」





ばたん、と締め切られた扉と共に陰で見ていた人たちがぞろぞろと出てきてワイワイと話し始めた。「トラ男も満更じゃなさそうだな」「キャプテンやっぱそうなのかな」「今のはでもさぁ」だとかたくさんの考察の声が飛び交う中、そっともう一度扉を見つめた。もうそれは開くことはなさそうで、先程の彼のようにこれ以上は何も見せる気は無い、と暗に示されているような気がした。少なくとも怒ってはいなかったようだけど……と色々なことを考えつつ、なんとなく、彼に触られたあたりに手を伸ばして物思いに耽る。彼は何を思っていたのだろうか。





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