残り香





「俺たちの船へようこそ!麦わらァ!」
「……お前ら…」




麦わら屋達がビッグマムのところへ向かったのを見届けてから、ポーラータング号へワノ国へ向かうメンバーを船内へと招き入れる。いつもの如くポーズを決めた自分のクルー達に呆れつつ、近くに立っていたペンギンとシャチに設備の案内を任せた。そういえばここ暫くはコイツに乗っていなかった、と少し感慨深く感じつつ鉄製の壁へと手を伸ばす。ひんやりとしたその温度に妙に落ち着きを覚えた。……サナにも言われていたが、自分の船以外に乗る事に無意識に緊張していたのは事実なのかもしれない。漠然とした感覚ではあるが、肩の力が少し抜けた気がした。




「キャプテン!もう出港しますか?」
「……あァ、だが暫くは潜水しなくていい。ある程度近づいたら中から行く」
「分かりました!……出港準備開始!ベポ!方角は?」




忙しなく駆けていくクルーを見ながら久しく入っていなかった自室へと足を向ける。ワノ国で麦わら屋達が来るまでどうやって過ごすべきか……一足早くに着くからには少なからず情報を得たいところだが、ゾウからワノ国まではそう遠くはない。早めに対策を立てて伝える必要がある、そう考えつつ歩を進めた。










「……ッなんで、」






こうなるんだ、と、言葉は続かなかった。空しい苛立ちが込み上げて足先で何度か床を打つ。俺のそんな心中とは裏腹に安らかに眠りこけるサナの姿がある。……そう、俺のベッドの上で。


状況を整理したい。暫く自分の部屋で現状を自分の中に落とし込み、次の方針を考えていたが、徐々に煮詰まっていくのを感じていた。その気分を変えるためにもシャワーを浴びようと風呂場へと出て行ったのが僅か、10数分前のことだ。いつの間に彼女はここに入った?そもそも何の用でここに?と疑問が尽きない。足を曲げて中央のあたりで小さく丸くなるその姿は小動物か何かのように思えた。職業柄と言うべきか、自然と観察していた呼吸数は非常に落ち着いたリズムを記録している。腹立たしいことに物凄く安眠しているようだ。


起こして追い出そうか、とは勿論考えた。だが、こんなにも穏やかな姿を見ているとどうにも気分が削がれてしまう。かといって起こさない訳にもいかないのだが、今すぐにそうしようとも中々思えない。彼女と出会って何度目か分からない溜息をついた。他人の船で、それも船長の部屋でよくこんなにも堂々と寝れたもんだ。呆れを通り越して思わず感心してしまう。



多少は気を使って隣に立っていたが徐々に馬鹿らしくなり、彼女の隣にゆっくりと腰掛ける。二人分の重さでいつもよりとマットレスが沈み込んだのを感じた。掛け布団すらも纏わずに丈の短いズボンを履く彼女から伸びるのは白くて、程よい肉付きがある脚。緩やかなシルエットを醸し出す上着は縒れて胸元に隙間を作っている……あまりに、無防備すぎると思った。男の部屋に、こんな格好で来るのも、勿論、眠りに付くのも全てが俺を挑発しているとしか考えられない。それとも舐められているのだろうか、俺が何もしないような牙の抜けた男だとでも思われているのだろうか。




「……サナ」




小さく名前を呼んだ。彼女には届いていないらしく微動だにしていない。ほんの少しだけ、彼女に何かしてやりたかった。自分の危機感のなさを自覚してほしい、ある種建前のように回った言葉を喰い殺す。痛い目を見たほうがいい、なんて馬鹿な男の馬鹿な言い訳に過ぎない。そんなことはしない、そう決めつつもシーツに広がる美しく艶のある髪に触れたいとも思った。矛盾している。心の奥底の均衡がぐらりと揺れていた。……こういうことがあるから、無防備に男の部屋なんて入るもんじゃないんだ。指先に絡めた毛先を弄びながら自責の念を込めつつ、そう思った。




「……ろー、くん……」
「……!」




不意に呼ばれた名前に反射的に手を離した。動いた口元を確認するようにサナの顔を見つめる。柔らかく丸みを帯びた睫毛が部屋の橙色の照明を押し上げるように震えると非常にゆっくりと彼女の瞳が姿を現わす。ぼんやりとした様子で一点を見つめると、ゆっくりと俺の方へと視線を合わせた。軽く唾を呑み俺もじっと見つめ返した。まだあまり理解していなさそうな無垢なそれが遠回しに俺を責めている気がする。寄ってきたのは向こうからなのに、どうしてこんな想いにさせられるのか。





「ろー……くん、」
「……あァ」
「ろーくん、だ」
「お前、今の状況分かってんのか」
「ろーくんの、におい……」





おちつく、と、たどたどしく紡がれた言葉とそのまま俺の布団を抱き込む姿に心の重心の置き場を失った気がした。何が、匂いだ。何が、落ち着くだ。お前と俺は落ち着くと言われるほどの長い関係じゃないはずだ。お前と俺はこんな風に心を許し合った関係じゃないはず、なんだ。頭が痛くなってくる。どうしてこんなにも、形容しがたい熱が湧いてくるのだろうか。すりすりと甘えるように俺の布団に頬を寄せるその動作に拳を握りこむ。なんなんだ、彼女は






「……ッ、おい、サナ……!起きろ!いつまで寝てやがる!」
「……っうぇ」






これ以上彼女を置いていてはいけない、本能がそう判断を下すが早く、肩を揺さぶり彼女を無理やり叩き起こす。びく、と少し体が揺れてから、ゆっくりゆっくりと目を開けて体を起こした彼女はまだ覚醒しきっていない。もう一度起きろ、と声をかけてしっかりと背中を支えると今度こそ、と言ったようにきちんとサナと目があった。見る見るうちに大きくなる瞳孔は驚きに満ちている。驚きたいのはこっちだ。部屋に戻れば知り合いがベッドで寝ているんだ、勘弁してほしい。





「ろ、くん、なんで……」
「……俺が聞きたい。お前、ここで何してた」
「シャチさんにローくんの部屋だって案内されて、えと、それで……」
「アイツか……経緯は分かったが……何故お前は俺のベッドに寝ているんだ」
「ご、ごめんなさい……ローくんのおふとん、安心しちゃって……」
「……理由になってねぇ」





小さくなる彼女の言い分にまた頭が痛くなる。こいつは本当に無自覚なのだろうか、言う相手によっては色々と酷いことになりかねない台詞を信じられないほど平然と吐き出す。机に置かれた時計は風呂の使用時間が僅かなことを指し示している。うちのクルーに風呂の時間を習わなかったか、と遠回しに告げるとハッとした様子で立ち上がる。ごめんなさい!と深々とお辞儀をするとそのまま部屋を出ていった。


……起きたと思えば慌ただしく去っていったサナを見送り、脱力した俺は空いたベッドへと倒れ込んだ。ふわりと香るのは最近少し覚えのある柔らかいアロマと石鹸のようなそれで、何の匂いなのか気付いた俺はアイツとは対照的に酷く寝づらくなってしまい、壁に顔を向けるように無理やり目を閉じた。






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