「ゾウ」は巨大なゾウの背に栄えた土地の名前を言う。下手な絵に乗りゾウを登り切った麦わら屋達と俺はこじ開けられたように曲がった鉄の門をくぐり抜けて森の中を歩いていた。最も麦わら屋は早々に何処かに行ったが……まァ心配するようなことでもないだろう。もうこの手のことには慣れた。途中にあった犬のようなミンク族に右腹の森へと目指すようにと言われたが、それに素直に従っていいのかも分からない為、俺たちはベポのビブルカードを辿ることに決めた。





「……それにしても酷い状態……ゾウに何があったのかな」
「少なくとも良いことではなさそうね」





サナとニコ屋はへし折られたように倒れた木々を見てそう呟く。間違いなくここで何かが起こったのは確かだろう。また会えるとは思っていなかったが、俺の仲間たちがどうなっているかも気になる。アイツらも弱いわけじゃないから大丈夫だとは思うが……と、そこまで考えつつ、ちらり、と改めて前を向く。



俺のすぐ近くを歩くサナは先程から何度もゾウの皮膚である地面に足先をつっかけている。危なっかしい、という言葉がこれ以上に似合うやつがいたら教えて欲しいものだ。アイツがいつ足を滑らせるのかと思うと、どうにもすぐに視線がそちらへと吸い寄せられていく。……こいつらと長く居すぎると妙な癖がつきそうで困る。


じ、と伺うようにサナの足取りを観察し続けた。ただでさえよく転ぶというのに、歩きにくい床と荒れた道に何度も足を取られている姿はやはり気が気じゃない。周りばかりをキョロキョロと見ている彼女の下には徐々に少し太めの木の根が迫っている。あぁ、と、この後の景色が何と無く想像出来て軽く身構えておく。「あっ、」と短い声共に彼女の足先が根と地面の窪みに見事に嵌るとそのままバランスが崩れて前のめりに倒れていくのが分かった。……やっぱりか、と思いつつ、俺はサナに向かって仕方なく、自然と手を伸ばした。







「オイ、しっかりしろ」
「っ、あ、ゾロ……ごめん、ひっかかっちゃった」
「お前さっきから上ばっか見てただろ。いつもコケてんだから下も見ろ、下も」
「だって〜……」






……そしてその手は空を切る。浮きそうになった彼女をその場に留まらせたのは、俺ではなかった。



いつのまにかサナの隣にいたロロノア屋はしっかりと彼女の手首を捕まえて自身の方へと引き、動きを止まらせた。ぱ、と、自分を助けたロロノア屋を見るサナはへらり、と笑って見せて、それに対してアホかとでも言いたげにロロノア屋は彼女を見下ろしていた。二人の空気感は側から見ても穏やかであり、どこか慣れを感じさせる。当たり前だ、二人は仲間なのだから。



行き場を失った手をゆっくりと重力に従ってあるべき場所へと戻す。……弁えろ、と俺自身に向かって心の中で呟いた。そうだ、俺と麦わら屋たちは同盟関係だ。それ以上でも、以下でもない筈だ。元よりそうだったじゃないか。と、そこまで考えてぐ、と帽子を深く引き下げる。乱されている自覚は、あった。










……砦の門まで辿り着いた俺たちは当初の予想を裏切るように手厚く歓迎を受けた。どうやらミンク族にとって麦わら屋たちは大恩人になるらしい。くじらの森で再開したベポ達も同様にシーザーの作った毒ガスから救われたらしく、つくづくあの一味と俺たちは妙な縁で結ばれているらしい。同盟を組んだ以上紹介する責務があるため麦わら屋の元にハートの海賊団として引率し、その後の俺たちの方針を固めようとした。





「"黒足屋"がビッグ・マムの所へ……!?何がどうなりゃそうなるんだ!!」
「だからよ!おれが迎えに行ってくるから!ちょっと待っててくれよカイドウと戦うの!」





こいつらといるとロクなことがない、改めてそう感じざるを得なかった。全くもって意味が分からない、何故そうなったのか本気で理解が出来なかった。カイドウに狙われるのは時間の問題、ノロノロとしていたらこの国諸共攻め込まれていくだけだ、と麦わら屋に怒鳴れば何処からともなくミンク族が湧いてきて皆が皆泣きながら俺たちに感謝を述べる。あまりの居心地の悪さに息を吐けば、突然ネコマムシが宴の音頭をとった。まだ話は終わっていない…………そう思いつつもこういう時はどうにもならないことをこの二週間あまりで学んでいたので一先ず保留した。これ以上最悪な事態が起きなければいいが……










「"ローくん"!?!?」
「アンタ、キャプテンのことローくんって呼んでるのか!?」
「う、うん……?そうだけど……」
「……何の騒ぎだ」





あ、キャプテン!と口を揃えて俺のクルー達が一斉にこちらを向いた。その中心には男たちに囲まれて少し困った様子のサナが座っており、俺を見るとあからさまに助かった、と言わんばかりに安心した顔を見せた。……また嫌な予感がする。





「ローくんってなんすかキャプテン!?!?」
「……サナを囲んで何をやってんだと思ったら……くだらねェ……」
「サナ!?」
「呼び捨て!?!?」
「ろ、ろーくん……」





……ややこしいことになった。と深々と息を吐く。この勢いに救いを求めている彼女の顔にも少し頷けた、確かにこれはめんどくせェ。俺とサナを交互に見やって驚き続けるクルーは彼女に詰め寄って「どんな関係!?」「ってかキャプテンのタイプって案外こういう系!?」「馴れ初めは!?」だとか好き勝手に言い始める。オロオロとしつつもサナは律儀に質問の嵐へと回答し始める。






「ええと、ローくんとは同盟で……関係はその、お友達……?」
「友達!?!?キャプテンと!?」
「あ、あとはマッサージしてあげたり、耳かきとか……」
「マッサージ!?」
「み、耳かきだと……?」
「……おい、サナ……」
「ローくん、私たちって友達でいいのかな?」
「……友達じゃねぇだろ」
「友達じゃ、ない!?」






それ以上!?だとかバカらしい反応をするアイツらに呆れて声も出ない。妙な詮索はやめろと釘を刺すとお互いに顔を見合わせつつ殺生な!と喚いていた。これ以上変な事を言われて誤解でもされると困るので俺もそこに腰を落ち着けて様子を見ることに決める。会話を聞くにペンギン達はサナにここまでのことを尋ねているようだ。所々引っかかるところがあれば俺が補足をしたり訂正を入れる。都合よく解釈されて正しきれない箇所もまぁ多々あるが……そこはギリギリ目を瞑ってやる。





「ローくんはすぐに無茶するから私、やっぱり心配で……」
「ついにキャプテンの心配をしてくれる人が……!優しいぜアトラス・サナ……!」
「そ、そんなフルネームじゃなくても……!サナでいいよ」
「いや!それじゃキャプテンに申し訳ない……!」
「……お前らそこになおれ、刻んでやる」






大げさな反応を繰り返し続ける奴らに鬼哭を向けてやれば手を挙げて降参のポーズを取る仲間に舌打ちをする。何が楽しくてそうするのか、どう考えても俺とサナについて深読みをしすぎている。別に俺達の間に名前のある関係など無い。俺はただの一船の船長で、サナは同盟相手のクルー。ただそれだけの筈だ。他にどうにも言い表すことは出来ない。






「俺と麦わらはただの同盟相手だ。コイツはその同盟相手のクルー……他に何がある?」
「う、うん……そうだよね……」






あ、と誰かが思わず口から零して、同時に空気が重くなる。先ほどまで笑顔が多かった彼女は一瞬にしてしょんぼり、と小さくなった。……俺は別に間違ったことを言ったつもりは無いが、告げ口でもした後のような後味の悪さが残った。クルー達の視線が自然と俺に集まり、何か言いたげであることが痛いくらいに伝わる。とは言えどうしろというのか、俺とサナの間には本当に何も無い。コイツらは信じていないかもしれないが……無いものは無いのだ。






「……だが、サナはセラピストとしてプロだ。同じ船に乗っている間に何度か施術を受けたが、どれも一級品だった」
「!」







は、と俯いていたサナが顔を上げた。無いものは無い。なら、俺が知る"有る"ものを語ればいい。







「ドレスローザでも俺はコイツに鎮痛に効く針を打ってもらった。それ以降もサナは俺の体に残る負担や疲労の改善に努めた」
「そ、んな……私、そんな大層なことは、」







戸惑うように彼女が俺を見やったのは分かっていたが目は合わせてやらない。兼ねてより、散々俺を乱したこの女に、ある種の復讐をしてやろうと考えていた。








「少なくとも俺が、彼女に助けられたことは事実だ。……恩に着る」



「…………!!!」
「な、なんだよ……!恩人じゃねぇかチキショー!」
「ありがとよ!麦わらのセラピスト!」
「キャプテンをありがとう!サナ!!!」
「どさくさに紛れて呼び捨てすな!でもありがとう!」








茹だるような歓声が上がる。俺のクルーに囲まれたサナは面喰らったように俺を見ていた。そこで初めて彼女を視界に捉えて、口元を吊り上げる。意地の悪い笑みをしている自覚があった。彼女は更に目を見開いてから、なんてことを、とジト、と俺を見たが構いはしない。じんわりと赤くなった顔でそうされても何も怖くは無かった。恥ずかしそうな彼女をこうして見やるのは中々悪くない気分だ。サナは自分が俺を助ける程のことなんてしていないと思っているのかもしれない。確かに、今俺の仲間に告げたことには多少の"誇張"が含まれてはいるが、全て紛れもなく事実なのである。そして、それ以上に彼女が俺を救ったとするならば、








「トラ男くん、その、何かあれば気軽に話してね」
「ねぇ、トラ男くん。私も麦わらの一味として自由に呼んでいいかな」
「その、ローくんがおにぎり好きだって聞いたから……」
「ローくん!ぜったい、帰ってきてね……!
「私、ローくんのこと好きだよ。だから、無理して欲しくない……」
「ろーくん、なにしてるのかな、どこいるのかなぁ、って考えて、」
「……ローくんにすごく似合ってる。」








……あぁ、らしくないことを考えた。と、俺はそんな馬鹿らしい思いを酒と共に喉奥へと流し込む。今はただ気恥ずかしそうなその姿を肴にでもしていたい、そう思った。






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