せらぴー



「う、ぉおお……やっぱサナのマッサージは最高だな!」
「ほんと?なら良かった」
「いやぁホントホント!強大な敵との戦いの後はやっぱこれだなァ〜……あ、そういえばサナお前………」









「……マッサージ?」
「うん、そう!体軽くなると思うんだけど……どうかな?」





ドレスローザを出港しゾウに向かって2日目。私がセラピストとしての役割であるセラピー……そう、マッサージをしているとウソップが「トラ男にもやってやればいいんじゃないか?」と提案してくれた。確かに、彼はルフィと並んで戦いに暮れていたし、気持ちは誰よりも張っていた筈だ。私にできる事であればローくんを少しでも楽にしてあげたい、その思いから今、本人に直接尋ねていた。




「そうか、セラピスト……」
「うん、大体、怪我がある程度治って宴が終わったら順番に解してるんだけど……どうかな?」
「……じゃあ、頼む」




思っていたより簡単に了承されたことに思わず目を丸くする。意外だった。彼のことだからもっと説明がいるものかと思って少し身構えていた分、少し拍子抜けした。その気持ちが伝わったのか、ローくんは一度瞬きをしてから仕方ないというように息を吐き出すと、お前のセラピーには興味があった、一度試したい、と彼なりの理由を提示してくれる。もしかすると医者としても気になるところがあったりするのだろうか?それなら納得がいく。どちらにせよ彼にこうして頼まれると少し嬉しくなってしまう私は、サニーではないから十分整った施設とは言い難いが、出来る限り彼をリラックスさせよう、とひっそり手の力を入れなおした。






「えっと、まずコートを脱いでそこにうつ伏せになってもらっていいかな?」
「あァ……こうか?」
「そう!じゃあ、今から始めていきます。痛かったりしたら教えてね、ローくんまだ怪我からそんなに時間経ってないし……」
「分かった」





寝転がったローくんを合図に、ロメオくんに借りた一室でローくんの施術を始める。まず一目見ても、ローくんは細身だけれどもしっかりと綺麗に筋肉が付いており、私達の中で言えばサンジくんに近い体格だと感じた。ゾロのように刀を使ってはいるけれど、彼の能力を考えると自由に操るための筋肉と言うよりは重い鬼哭を持つため、そして格闘の一環のために発達してる、という印象を受けた。それを彼にも言葉として伝えれば理解したように頷いて成る程な、と返事が返ってくる。




「……お前、こういうこともしているのか?」
「海に出るまではしてなかったんだけど……皆のために出来ることを考えたらこれもアリかなって。ゾロとか熱心だからよく聞きにくるよ」
「まぁ興味深いな、ロロノア屋が気になるのも分かる」




他にもいくつか質問を投げかける彼に一つずつ丁寧に私なりの意見を話していく。もともとローくんは何かを学ぶことが嫌いじゃないみたいで、どんなことも真剣に話を聞いているのが伝わった。私もそれに引き摺られるようについ、話し込みそうになるのを切り上げつつ、やっと本題のマッサージへと移っていく。

彼の広い背中には笑顔のようなマークの刺青が入っている。それは筋肉のついた、しなやかな背にはとても似合っていて思わず、少し、見惚れた。自然と伸びた指先がその線をなぞるように触れていく。昔、島でマッサージをしていた時も刺青は見かけることはあったが、刺青自体も、それが入った体を含めても、とても、立派な出来だ。





「……どうした?」
「……あ、ごめんね……いやだった?」
「嫌、というか……気になっただけだが」
「その、こんな立派な刺青……久しぶりに見たから」





つい、と続いた言葉に彼は少しだけ間を空けてから、そうか。と静かに呟いた。この大きく描かれたシンボルを背負って彼は生きていこうとしたんだ、きっと彼にとって大切な印なんだと思う。私は彼について知らないことのほうが多いけれども、何となくそれを感じる事くらいは出来た。




「それは俺の……決意の証だった」
「そっか、だからこんなに立派なんだね」
「そう、思うか」
「うん、そう思うよ。……ローくんにすごく似合ってる。変な意味じゃなく、ね」
「……そうか」




沈黙が流れる。でも決して、居心地の悪いものではない。彼もそう感じている筈だ、と根拠のない確信があった。ゆっくりと固まった筋肉をほぐすように揉み込むのにも彼は何も言わなかった。流石のローくんもあれだけ戦った後ではやはり筋肉が疲弊しているのを感じる。その回復を少しでも早めるためにも軽く負荷をかけていき、気持ちのいい程度の指圧を行った。

今この場所には穏やかな時間が流れている。私は、こうしてセラピーを通して人と人との繋がりを感じるのが好きだ。こうしているときは相手の本質が見えた気がするのだ。ローくんでいうならば、きっと彼は本来は穏やかで人を気遣うことが出来る、そして探求する何かには情熱を注ぐことができる人なんだと思う。あくまで私の中での彼はそういった人間なのだ。



「次、上向いてもらっていい?」
「……分かった」
「うん、そんな感じです」



軽く姿勢の調整だけしてから今度は前面のマッサージを行なっていく。こうして改めて見るとやはりドレスローザでの怪我は痛々しいものが多く、少し顔を歪めた。無理に引き切ったような傷は組織や神経を傷付けていくことが多いため、特に不自由なく今彼が生きているのはやはり、奇跡のようなものを感じざるを得ない。

他にも関節の可動域と共に動く筋肉を確認して彼の戦闘スタイルから彼が怪我をしやすい場所を割り出しては必要に応じて本人に伝えていく。……ふ、とローくんから視線を感じてそれを見返すように私も彼と目を合わせる。「ん?」と首を傾げれば視線を外され「……いや、」と彼は返事を曇らせる。多少気になるが彼に言うつもりがないなら変に追及するのもおかしな話だ。一旦それを隅に置いておくためにも、そっか、と私も軽く返した。





「……はい!マッサージ終わったよ、ちょっと体動かしてみてくれる?」
「……全体的に軽くなった。筋が張っている感覚もねぇな」
「ローくん凄く凝ってたから結構違いが分かるんじゃないかな」
「あぁ……正直、驚いた。お前の腕は一級品だ」





何気無く紡がれたその言葉の衝撃にぽかん、と口を開いた。本当になんでもない、といった様子で彼は私の技術を褒めたのだ。……なんというか、彼みたいなタイプに褒められるのは……凄く、光栄なことのように思える。動揺が隠せない私に気付いた彼がどうした、と少し眉を寄せて聞いてくるので、私も素直に嬉しくて、と口にした。



「嬉しい?」
「う、うん……だって、ローくんに褒められるなんて」
「……麦わら屋や黒足屋辺りも褒めるだろ」
「勿論みんなも褒めてくれるけど!……ローくんにそう認めてもらうと、もっと嬉しい、かも」
「…………お前の手腕は確かだ、自信を持て」



ぽす、と不意に頭に置かれた手にきゅ、と胸が締め付けられた気がする。そして、その手の主の彼の口元が緩んで見えて、それにもまた苦しくなってしまう。ローくんにこんな風にされたのは初めてだ。ろーくん、と小さく名前を呼ぶと彼に乗せられた手はゆっくり髪を撫で、そのままそっと離されていく。どく、どく、と自身の鼓動が聞こえる気がした。




「サナ?」
「っ、ろーくん……その、ええと……耳かき!耳かきも、しようか?」
「……じゃあ任せる」
「任せて!じゃあ私の脚に頭置いてくれるかな」
「…………お前の脚に?」
「?……うん、私の脚に」




ローくんは少し困ったような顔をしていたが私がポンポンと太腿を叩くといつものように溜息を吐いて、半ば勢いのまま私に頭を預けた。少し硬い彼の髪が肌に当たってくすぐったく感じつつ、始めるね、と声をかけ、少しずつ耳かきを行なっていく。

縁の方からカリカリ、と耳垢を剥がしていき、掬うように奥から引き出していく。それを繰り返しつつ、竹から綿で出来た耳かき棒に変えて、改めて細かな粒を取り除く。途中までは少し力を入れていたローくんも次第に脱力しているようで安心した。暫くそれを続けてから反対を促すと、凄く緩慢な動作で彼は無言で体を反対へと向ける。なんとなく彼らしいな、と感じながらも同じようにこちらの耳も掃除を始めていった。






「大体これくらいかな……終わったよ、ローくん」
「…………」
「……ローくん?」





そっと彼に声をかけたが返答はない。もしかして、と思って少し体を倒してローくんの顔を覗き込んだ。……閉じられた瞼は動かない。形良い唇は噤まれており、表情にも全くの曇りは見えない。健やかな寝息を立てて彼は間違いなく眠っていた。

思わず少し息を止める。直接聞いたわけではないが濃い隈を見る限り、彼が眠りを良い条件で行なっているとは思えないのでおそらく、珍しい事なんだと思う。少しの動作でも彼を起こしてしまう気がした。本当はもっと気持ちのいい反発の枕でも敷いてあげたいのだけれども、それで目を覚ましては元も子もない。ローくんの安眠のためにも暫くこのままでいよう、と決意した。









……どれくらい時間が経っただろうか、そっと時計を見ると殆ど針は一周しかけていた。その間彼はまさに"死んだ"ように眠り続けた。耳かきをしていた時から一度だけ体の向きを変えた彼は仰向けになりながら今も目を閉じている。これが彼にとって良い睡眠なのかは正直分からないけれど、ただひたすらにローくんは眠りについていた。

精巧な顔つきの彼を見下ろして、目元を指先でそっとなぞる。濃く色づいたそれはなかなか消えそうにない。どうにか薄くしてあげたいな、なんて考えていると、彼の睫毛が少し揺れる。あ、と思う間も無くゆっくりと瞼が押し上げられてダークグレーの瞳と目があった。数秒見つめあったのち、ハッ、とするように大きく見開かれた。




「おまえ、なに、」
「おはよう、ローくん」
「…………寝てたのか」
「1時間くらいかな」




彼がどのくらいと聞く前に答えたそれにローくんはまた目を丸くする。1時間、と復唱した声が信じられない、と言わんばかりに困惑している。彼自身で時計を確認した後に何故か勢いよく私を見てからローくんは頭を抱えた。それにどう接するべきかと少し困りつつもゆっくりと口を開いて「ローくんの隈、なかなか消えないね」と言えば彼は、これは元々だ、と苦々しく唸った。




「……悪い、重かったか」
「ううん、ローくんこそよく眠れた?ほんとは枕に移したかったんだけど……」
「…………自分でも驚くくらいには、眠れた」
「そうなんだ……?」
「あァ……ったく、どんな魔法を使いやがった……」




ブツブツと紡がれる彼の言葉が上手く聞き取れなかったことを勿体無く感じつつ、掛けていたコートを外して広げて見せると意図を汲んだ彼が背中を向け、少し膝を曲げながら袖を通す。ある程度通ったのを確認してからトレードマークである帽子を抱いて持っていけば、首を下に向けられたので従うようにそっと頭に被せた。軽く自分で調整してから悪い、と感謝の代わりに述べられたそれにコクリと頷いて返事をする。ぐ、と一度腕を伸ばしてのびをするのを見守りつつ、だるいところは無いかと問いかければハッキリと、無い、と答えたローくんにまた嬉しくなってしまって、ニヘニヘと頬の筋肉を緩めた。




「……お前の腕を見くびっていた」
「大丈夫、体験しないとピンと来ないから、こういうのって」
「あァ……悪かった。お前は一流だ」
「……ローくん、そういうところはなんていうか……ちゃんとしてるよね……」
「俺は良いものには良いと言う主義だ」




ふん、と鼻を鳴らした彼に少し笑いながら今度無茶したらセラピー通いだよ、と冗談交じりにそう言えば彼は少し私を見つめてから、不意に、ふ、と目を柔らかく細める。




「無茶をした時しか駄目なのか?」
「え、」




予想していなかった反応に思わず抜けた声が飛び出る。それからすぐに意味を理解してブンブンと慌てて首を横に振る。そんなわけない、いつでも来て欲しい、と必死に伝えれば喉を鳴らして笑った彼は、頼む、とそれだけ言うと部屋から出て行ってしまった。カチ、コチ、と先程までは意識していなかった秒針が煩いくらいに反響して聞こえる。じんわりと自分の顔に熱が上ってくるのが分かって誰に誤魔化すわけでもなく掌で風を送り、施術台へと座り込んだ。




……ローくんは、たまにとんでもなく、ずるい人だ。







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