馬鹿はどちらか




麦わら屋の音頭と共に始まったドレスローザでの勝利を祝う宴も佳境を迎えていた。俺は開始後すぐにロロノア屋に捕まって酷い目に遭いかけたが、なんとか抜け出して少し離れたところでジョッキを傾けていた。アイツは相当な酒豪のようでドレスローザに着く前にも馬鹿みたいに飲んでいるのを見た。早めに逃げられて良かったと思う。中央デッキに響く笑い声を聞く限りまだまだ騒がしさが消える様子は無さそうだ。部屋の裏手から見える穏やかな海を眺めながら少しずつ喉に酒を流し込む。








「受けた愛に理由などつけるな!!!」

「互いにあいつを忘れずにいよう…それでいい……お前は自由に生きればいい、あいつならきっとそう言うだろう……」






自由に、生きる。…………今思えば、俺は必死に生きようとしていた。しかしその本質は自身が生きることではなく、コラさんの本懐を遂げるという目的があってのことだったように思う。この生き方に後悔はないが、コラさんの望んだ俺の生き方では無かったのかもしれない。勿論俺の選択を否定するような人ではなかったから間違いというわけではないはずだ、ただ、それであの人が喜ぶのか、と言われると正直分からなかった。……いや、こんなことを考えている時点である意味、まだ少し縛られているのかもしれない。でも、だからといってすぐに全ての考えを変えることも簡単にはできなかった。





「……誰だ?」
「ろー、くん?」





微かに聞こえた物音の方へと言葉を投げかけると聞き覚えのある声で返答が返ってくる。サナ?と名前を呼べばゆらり、と彼女が現れた。ぼんやりとした目でこちらを見つめる姿は明らかにおかしいので少し困惑したが、白い肌が赤く色付いているのに大方察する。こうして見ているだけでも心配になるくらいの頼りない足取りでこちらに近づいて柵にもたれかかるように彼女は俺の隣に並んだ。なに、してるの?と首を傾げて尋ねるその声は酒の匂いすら伝わりそうなほど呂律も怪しく、赤い。



「別に。向こうが煩いからな」
「そっかぁ〜」
「あァ……お前は?」
「ん?……んと……ろーくんが、」
「俺が?」
「いなかった、から」



探してたの、とぽつりと続いたそれに咄嗟には、そうか、としか返す言葉が思いつかなかった。こうも素直に言われると俺も困る。数秒間があいて、……何か用でもあったのか?と聞くと、ううん、と首を横に振るのだ。意味がわからない。用もないのに何故俺を探す必要があるんだ。俺のそんな気持ちが伝わったのか、サナはふにゃり、と溶けたような笑顔を見せる。





「さびしかった、から?」
「……そう俺に聞かれても、困る」
「ろーくん、なにしてるのかな、どこいるのかなぁ、って考えて、」
「……」
「こっちきたら、いたからぁ……」
「……あぁ、居たな」
「ん、うれしい」





嬉しい、その言葉を裏付けるような幸せそうな声色と笑顔に動揺する。どこにいるのか、なんて、少なくとも同じ船内には居るはずだろう、そんな熱心に考える必要があるのかだとか、色々な言葉が頭を回る。こいつの言葉に深く考える余地なんてない、わかってはいるが、つい伏せられた意味を考えてしまうタチだと自覚していた。

隠された意図なんてきっと存在しない。サナは本当に純粋で素直な女の筈だ。……そして、たまにこうしてじっと観察するような目を向けてくるのも変わらない。ゆっくりと低い位置にある顔を見下ろし、目を合わせて、なんだ、と問いかけた。




「ろーくんなんか……かわった?」
「……お前と出会ってまだ数日だぞ」
「でも、でも……やわらかく、なった気がする……?」
「柔らかく?」
「うん……ふんいき、とか顔つきとか……ぜんぶ、」




そう言いながら彼女はゆっくりと俺に頬に手を伸ばす。俺が驚くより先に小さな掌が触れ、そこに持つ熱がじんわりと移動するのを感じる。すっきりして憑き物が落ちたみたいな……と何気なく紡がれた言葉に少し息を飲む。

……確かに俺は、ある意味無意識に縛られていたものから解放されたとも言えるが、彼女に俺の身の上だとか生い立ちなんて話したことはない。セラピストってのはこういうことまで分かっているものなのか?それとも、彼女だからなのだろうか。


酒のせいか歯に絹着せない物言いになっているのも含めて見透かされているような気もする。見つめてくる濡れた瞳もまだ酒気を帯びていて居心地が悪かった。暫くお互いにそのままでいたが、くぁ、とサナが大きな欠伸をしてからゆっくりと俺に当てていた手を下ろすと、そのままふらふらと歩き出そうと足を動かしていく。おい、と、声をかければ「もうちょっと、のむ」なんて言いながら樽に足を引っ掛けたので近くに置いていた空ジョッキと彼女を入れ替えて地面に接触する前に抱き支えた。……本当に、危なっかしい奴だ。




「んぁ、」
「もう飲むな、酔ってるだろ」
「ねむ……い……」
「……おい、このまま寝るわけじゃないだろうな」
「ろー、くん……」




分かりやすいほどにふわふわして掴み所のない声でサナは俺を呼ぶ。もうすでに瞼は閉じかけており本気でこのまま寝るつもりらしい。正直面倒な事この上ないが、このまま女一人を置いておくわけにもいかない。麦わら屋達を慕うヤツの船だとしても何も起こらない保証はない。そんな目覚めの悪い事態こそ胸糞が悪い。



結局、俺の頭に浮かんだ文字は"仕方がない"だった。専らこの結論に至っている気がするが、どうしようもない。上半身を支えながら太腿の裏辺りに腕を滑らせ、そのまま軽く腰を落として彼女の体を持ち上げる。思った以上に軽々と持ち上げられた事になんとも言えない気分になりながら腕を俺の首に回すように伝えれば、眠さからか彼女は素直にそれに従った。普段ならきっとこんなにスムーズには事は進まないだろうな、と少し酔っ払っていることに感謝したが、寧ろこうなっていなければサナを横抱きにする機会なんてそうそう無い為、感謝したことをすぐに後悔した。









「おい、」
「あァ!?何の用だトラファル…………ッな!?サナ先輩!!?!?ね、寝顔も天使だべ……」
「一々うるせェな……コイツが起きるだろ」
「はっ、し、しまった……!」
「馬鹿なことする前に使ってない部屋を一つ寄越せ、コイツを寝かせる」
「サナ先輩の安眠のためならお安い御用……!!!って、トラファルガーおめぇ……変なことを考えたら……!」
「トサカくん、彼なら大丈夫よ。ね、トラ男くん」





面倒くさい相手に声をかけた、と機嫌を落としているところに何処からともなくニコ屋が歩いてくる。ワインを片手に立つ姿が妙に様になっていた。……コイツも俺のことを勘違いしているような気がするが最早否定する体力も勿体無く感じ、適当に相槌を打つ。俺の時とは一変した態度でバルトロメオはあくまでニコ屋とサナをという形で部屋へと案内し扉を開ける。

簡素だが中にはベッドやテーブルがあり、女を一人寝かせるには十分だった。ゆっくりと少し硬いベッドに彼女を降ろしてから、扉の辺りで笑顔を携えるニコ屋に……なんだよ、と声をかければサナには優しいのね、と口元に手を当てて微笑みを浮かべている。優しいなんて、考えたこともない。





「……何が言いたい」
「サナに何か無いようにお願いね」
「俺も一応男なんだが」
「それ以上にナイトのように見えるけど?」
「…………バカ言え」





俺の返事にまた面白そうに笑うとよろしくね、と信頼しきったようにニコ屋はサナを任せてその場を立ち去る。同盟相手とは言え俺は別の船の船長だ、やろうと思えばコイツを殺すことも女として使うことだって、できる。そんな気持ちを抱えつつも、すやすやと穏やかに眠りについている彼女を見ると酷く気が抜けた。呑気なものだ、何も知らないで。そう思いつつも俺の手は顔に少し掛かっていた前髪へと伸びる。分け目に沿って軽く流してやれば寝顔が見えやすくなった。……あぁ、アホ面だ、と少しその顔を見下ろす自分の口角が持ち上がっていることに気付くと誰に聞かせるわけでもなく舌打ちをする。


主に自分に対してのため息を吐き出しながらベッドの側の床へと腰を下ろす。膝を立てながら鬼哭を抱え、帽子を深く被り目を閉じる。本当に馬鹿馬鹿しい。その自覚を持ちながらも、少なからず、このアホ面の為の騎士になるのも悪くないと思っていた自分が一番、馬鹿馬鹿しい、と思った。






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