▼ 第三十八章



「連隊戦なので、室内や夜間に特化した部隊を造ろうかと考えています」

どうやら先日通告があった連隊戦は、今後の戦力強化を見込んで政府が大包平を報酬に配布することにしたのだという。
鶯丸の期待の込もった眼差しに勝てるはずもなく、桜花は通告の封書を前に本日の近侍である堀川にその件を相談していた。

「そうですね。僕も賛成です」

にこりと笑ってそう答える彼に同じように笑いかけてから、桜花は手元の紙に視線を落とした。
第一部隊から第四部隊と書かれた表にはまだ誰の名前も入っていない。
桜花は息を一つ吐くと筆をその手に取った。

「よし…」

気合を入れて構成を練ろうとしていた時だった。

「ちょっと待った!」

すぱんと襖を左右に開け放ち、そう言って中に入ってきたのは内番姿の鶴丸だった。



「誉部隊?」
「主からもらえる誉は部隊ではただ一振り。だがそれとは別に第一部隊から第四部隊ある四つの部隊のうち、最も良い戦績を残した部隊全振りに誉をやる」

その部隊が誉部隊だ、と意気揚々に鶴丸は言った。
そんな鶴丸を見上げつつ桜花は首を傾げる。

「部隊全員に誉を与えるのは構いませんが…それをやることに意味があるのでしょうか?」
「何を言っている。主に誉を貰えるのなら俺達の士気も格段に上がるだろう」

確かにそれはそうだが、この鶴丸という男の考えることがただそれだけとはもちろん桜花も思っていない。
察した堀川が桜花に代わって口を開いた。

「士気を上げるだけなら今までと同じでも…」

すると鶴丸は少しだけ間を置いてから、ゆっくりと桜花の前に座り込んだ。

「いいか、主。俺達には仲間との絆も必要だとは思わないか」
「絆…」

鶴丸の言い分は、部隊全員で誉を目指すことで仲間内の絆を深めようというものだった。
それに関しては桜花も同じことを考えた。
確かに、元の持ち主を同じくする者達や刀工が同じ者達は親しくしている様子が見られるが、それ以外ともなれば話は違う。

「そうですね…。鶴丸の言う通りかと」

頷いた桜花を前に鶴丸はいつものようにからりと笑った。
堀川はどことなく不安げに桜花を見つめた。



その日の夜。
連隊戦の話を聞かされていた刀剣達は、桜花から聞かされるであろう部隊編成を今か今かと待ちわびていた。

「戦力強化訓練かぁ…どんな部隊編成になるんだろう」

机に肘をつき、その両手に顎を乗せながら乱はそう呟いた。

「夜戦や室内戦のことを考慮するんなら、恐らく刀種は固めてくるだろうさ」

その傍で本に目を通しながら薬研がそう返した。
同じく机を囲み、薬研から借りた本を静かに読んでいた前田が顔を上げた。

「では、兄さん達と同じ部隊になるかもしれませんね」
「そうだねー」

部屋の隅で畳に寝転がっていた鯰尾がそう答えれば、近くで座っていた骨喰も頷いた。

「それなら、すごく心強いですね!」

紙を折る手を止めた秋田がふわりと笑って言った。

「そうともなれば、ボク達粟田口であるじさんの期待に応えなくちゃね!!」

ぐっと拳を握り意気込んだ乱に、近くに座っていた鳴狐が首を傾げた。



時を同じくして、黙々と紙に筆を走らせていた桜花は最後の一文字を書き終えるとそれをそっと筆置きに置いた。

「―――終わった…」

部隊編成を書き記したそれに漏れがないことを確認し、桜花はふぅを息を吐く。

「お疲れ様です、主さん」

桜花が書き終えるまで付き添っていた堀川はすぐに周囲に散らかっていた書類や筆記具を片し始めた。
ありがとう、とお礼を伝えてから桜花は再び紙へと視線を落とす。
彼ら一人一人のことを丁寧に調べてからの編成は随分と時間がかかってしまった。
これを伝えたときの彼らの反応を想像していれば、片付けが終わった堀川が桜花に手ぬぐいを手渡してきた。

「主さん、お風呂にどうぞ」
「え、もうそんな時間…」

時計を確認すれば、いつも桜花が入浴する時間を裕に超えていた。

「暗いですし、お風呂まで送りますね」
「でも、そろそろ堀川も休まないと…」
「大丈夫です」

そう言って堀川は立ち上がると桜花を促した。
堀川の申し出に強く断ることもできず、桜花は疲れた身体を癒すべく立ちあがった。



「そしたら、兼さんが…」
「ふふ」

堀川と一緒に静かな本丸の廊下を歩いていると、ふと視界に人影が映った。
気だるげに廊下を歩くその姿は最近この本丸に顕現した刀剣のものだった。

「明石。」

桜花が名前を呼べば彼はふらりと振り返った。

「あー…主はん」

彼は昨日新たに仲間に加わった刀剣で、俗に言う珍しい刀の一振りだ。
先日手ごわい時間遡行軍が出現すると言われていた地域に出陣した部隊が命からがら拾ってきたのだ。
それはもちろん堀川も聞き及んではいたが、いざ顕現した彼を目の当たりにしたときに驚いたことは今でも覚えている。

『自分、やる気ないのが売りですからなぁ。なーんも期待したらあきまへん』

そんなことを言う刀剣は初めてだった。
流石の堀川も眉を寄せるほどの男だったが、主である桜花は少しだけ間を置いてからいつものようににこりと笑っていた。

『よろしくお願いします、明石国行』

桜花はいつだって自分の考えの上を行く人だと堀川は思った。

そんなことを思い返していれば、いつの間にか桜花は明石の元へと歩んでいた。

「こんなところでどうかしましたか」

本丸に不慣れな彼を心配した桜花がそう声をかければ、彼は一度桜花から視線を外してから髪を弄り始めた。

「べつに、なんもありまへん。ちょいとした夜の散歩ですわ」
「そうですか。何か困ったことはありませんか」
「…愛染国俊がおるさかい、今はなーんも」
「それはよかった」

つんとした彼の対応にも桜花はやはり綺麗に笑ってそう返していた。

「では、何かあったら遠慮なく言ってくださいね」

桜花がそう言ってまた足を動かしたのを見て、堀川も慌てて後を追った。
明石の横を通る際にちらりと彼を見上げ、きっと彼とは反りが合わないだろうなとぼんやり思った。



翌日、朝餉の後に本丸の廊下に貼り出された連隊戦の部隊編成に堀川は目を見張ることになった。

「これ…って…」

室内戦や夜戦に考慮した編成にする予定だったが、鶴丸の言葉でそれを考え直したであろうことは察していた。
だが目の前に記されている部隊編成は堀川の予想から大きくかけ離れたものだった。

自分の名前は第三部隊、隊長の欄に書かれていた。
その隊員を確認していけばその最後には明石国行の文字。

(明石さんと同じ部隊…)

見れば他の部隊も刀種を含め、何の統一性もないばらばらな部隊ばかりだった。
他の刀剣達も動揺している様子が見受けられ、堀川は居ても立ってもいられず桜花の元へと足を走らせた。

階段を駆け上がり桜花の部屋へと急いでいると、その部屋の前に目的の人物は立っていた。
しかしその横に意外な人物の姿を捉えて堀川は足を止めた。

「明石、さん…」

思わぬ人物の姿に唖然としていると、彼がこちらに気が付いて視線を向けてきた。
しかしすぐにそれは逸らされ、かと言って桜花の方へと向けられることはなく。
髪に指を通しながらため息交じりに彼は言った。

「自分を、部隊編成から外してくれまへんか」



堀川は自室の隅で膝を抱え座りながらじっと畳を睨み付けていた。
いつもと様子の違うその姿に何かがあったのは一目瞭然だったが、同室の和泉守は何も言わずただそこに座していた。
あの後、桜花は困ったように笑っていたが、明石にはっきりとこう告げていた。

『それはできません』

わかりますよね、と桜花は問いかけているように聞こえた。
主命であるが故に逆らうことはできないとわかっている明石は息を一つ吐くと、ゆっくりとした足取りで堀川の横を通って階段を降りて行った。
それをなんとも言えない気持ちで見送った堀川が桜花に向き合った時だった。

『堀川。彼のこと、よろしくお願いしますね』

そう言って彼女はまた笑った。



あんな様子の彼を率いていく自信は正直なかった。
やる気がない、そんな刀剣男士に部隊の士気がいい方へ向かないのは桜花だってわかっているだろうに。

(僕に、できるのだろうか・・・)

大きな不安を抱えた堀川だったが、ついにそれが現実となる出来事が起きる。

連隊戦が始まって数日経った、ある日のことだった。

「今の部隊が終えたら交代します、準備してください」
「はい」

桜花の指示に頷いた堀川は、その指示を伝えるべく自らの部隊の元へ走った。
堀川の部隊は堀川を筆頭に薬研、鶯丸、大倶利伽羅、小狐丸、明石で構成され、補欠には秋田が宛がわれていた。
刀種にまとまりがないのはこんのすけにも言われた様子だったが、桜花が他人の言うことなど聞くはずもなかった。

「目的は敵を倒すことではないので」

そうだって政府も言っているでしょう、と桜花はそう返していた。
そんなことを思い返しながら部隊の元へやってくる。

「今の部隊の戦闘が終わったら交代だそうです」
「ああ、わかった」

そう返して笑う鶯丸はやはり嬉しそうにも見える。
同派である大包平を心待ちにしている彼に堀川もいつだったかの自分を思い返したときだった。
部隊から少しだけ離れたところに立っていた明石がため息を吐いたのが目に入った。
主である桜花に彼を頼むと言われた以上、放っておくこともできず堀川はそっと明石に近寄った。

「大丈夫ですか、明石さん。何か心配事ですか?」

明るく振舞ってそう尋ねるが、明石はこちらに一度も視線を向けることなく静かに言い放った。

「いや、なんもないですわ」
「そう、ですか…」

それはよかったです、と消え入りそうな声で返して堀川はすすっと明石から距離を取った。

(既に心が折れそうです、主さん…)

まぁやる気がないとは言いつつもしっかりと戦ってくれてはいる。
それにこの部隊で協調性がないのは彼だけではないのだ。

「俺は一人で戦う」
「おやおや」

相変わらずつんとした態度の大倶利伽羅に肩を竦めるのは小狐丸。
鶯丸はいつもと同じく穏やかと言うよりものんびりとしていて。
薬研は一人黙々と戦闘準備をしている。

「…がんばろう」

堀川は一つ頷いた。



「見え見えだ」
「痛いですよ、ほら!」

確実に敵を模したものを切り伏せていく。

「遅いよ!」

彼らに負けず、敵を倒す堀川はその視界の端にやはり明石を映していた。

「そこや」

やはり、なんだかんだ言いながらも敵を倒していくその姿はまさに刀剣男士。
杞憂に終わったか、と堀川が安堵した時だった。

「っおい!」

薬研の鋭い声が飛んだと思ったら。
敵の槍が明石の身体を貫いた。

「明石さん!!」

堀川が叫ぶのと明石がその場に崩れ落ちるのは同時だった。

「こりゃあかん…、思った以上に深手か…」

そう呟く彼の身体からは大量の血が滲み出ており、擬似とはいえ血の気が引いた。
この直後から隊列が崩れてしまい、堀川率いる部隊で途中撤退となってしまった。






―――続

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