▼ 第三十九章
その日の夜。
桜花はそれぞれの部隊に作戦会議の場を設けた。
広間で各部隊が塊を作り、部隊長が仕切って会議を進めていた。
そんな中、ただ誰も一言も発しない部隊がいることに気が付いた桜花は、さり気なく彼らの元へと近寄っていった。
それが自分達の部隊であることなど気付かず、堀川は困ったように隊員それぞれの表情を伺っていた。
本日の連隊戦に参加できなかった秋田も空気を読んでか、ただじっと堀川の横に座していた。
「これから、僕達はどう戦っていくべきか考えましょう」
控え目に言葉を発した堀川の前で薬研は一つ息を吐いた。
「その前に反省会じゃねぇか、隊長さん」
「その通り。ぬしさまの期待に応えられなかった、その原因を探るべきでしょうね」
口元は笑っているがその赤い瞳は一切笑っていない小狐丸の言葉に堀川は押し黙る。
小狐丸は桜花に多大な信頼を寄せており、自らの部隊のせいで途中撤退となってしまった結果に憤りを感じているのだろう。
「原因、か…」
なんだろうな、とはぐらかす様に言う鶯丸の視線の先には明石がいた。
この中でも一番遅くに顕現した明石は他の刀剣に比べると極端に錬度が低い。
それを指しているであろう言葉に堀川は身を乗り出した。
「けど、それを補うのが僕達の役目で…っ」
「戦えないのならば置いていけばいい、それだけだ」
ぽつりと、でもはっきりとそう口にしたのは大倶利伽羅だった。
「そういうことじゃなくて…!」
「調度ええですわ。脱退でええですよ。自分やる気なかったし…」
堀川は声のした方に視線を向けた。
ふぅと息を吐いて、姿勢を崩して座っていた明石は続けて言い放った。
「これで楽してられますな」
ぶちん、と堀川は自分の中で何かが切れた気がした。
「ちょっと」
思ったよりも低い声が出て、それと同調するようにすっと音もなく立ち上がった。
隊員全員の視線が彼に注がれた。
その堀川の表情に今までの穏やからしさなど欠片もなく、そして憎い敵を見下ろすかのような冷たい瞳に幾振りかの肩が跳ねた。
「いい加減にしてください」
底冷えするような声に、部隊だけでなく同じ広間で作戦会議をしていた他の部隊の言葉もぴたりと止んだ。
その全員の視線が堀川に注がれる中で、堀川は彼らを見下ろしながら続けた。
「僕達は主さんに選ばれた部隊です。僕達なら大丈夫だと主さんが判断したこの部隊を、僕達がばらばらにしてどうするんですか」
それから部隊全員を見据えて、また静かに口を開く。
「弱いから置いていく、やる気がないから外れる。…甘ったれないでください」
ぐっと拳を強く握り、だがそれとは反対に堀川は冷静に淡々と続けた。
「どんなに足掻いたって、一振じゃ勝てないんですよ」
しん、と周囲が静まり返った。
そんな中でふぅと息を吐いた堀川は、すぐに笑顔を取り繕って見せた。
「じゃあ、僕達の部隊の作戦会議は終わりです」
そう残して堀川は広間を出て行った。
またしても静まり返る広間だったが、他の部隊が徐々に口を開いていく中、ただ堀川の部隊だけは静かなままだった。
誰も何も言わない、そんなときそこに入ってきたのは桜花だった。
「いつも笑顔の彼が怒ると怖いですね」
やはり穏やかな表情を湛え、桜花はそこに座った。
「しゅ、主君、僕何も言えなくて…」
「大丈夫です、秋田。これから一緒に考えればいいんです」
涙目の秋田の柔らかい髪を撫で、桜花は彼らに向き合った。
「私がなぜ、この部隊編成にしたのか…その意味をきちんと理解してください」
「ですが、ぬしさま。勝つ為には個々の強さも必須では」
「では皆はどうやって個々に強くなるのでしょうか」
小狐丸の言葉に桜花はそう返し、彼を見上げる。
意味を理解したのか、小狐丸は視線を落とした。
「堀川の言った通り。皆一人では勝てません。もちろん、私も」
堀川と同じように彼ら一振り一振りを見据え、桜花は続けた。
「では、今何が必要なのか…よく考えてみましょうか」
桜花はそう言って微笑んだ。
「それにしても、薬研はまた堀川を怒らせたんですね」
「大将、それいつの話だと思ってんだ」
拗ねていた薬研が更に唇を尖らせてそう抗議した。
雲に隠れた月を目で追い、堀川はそこに立っていた。
先ほどまで怒りでそこにじっと立っているのでさえも難しかったというのに、今はどうだろうか。
「…はぁ」
後悔は先に立たない。
言い過ぎたか、もっと他にやりようがあったのではないかと冷静になった自分が訴えかけてくる。
堀川はその場にしゃがみ込むと腕に顔を乗せて、今度は何もない地面を注視していた。
「……はぁ…」
「ふふ、ため息ばかり」
ふと声がして弾かれたように振り返ると、そこには上品に笑う桜花が立っていた。
驚いた表情だった堀川の顔が、すぐに険しいものへと変わった。
「ちょっと主さん、本丸内とはいえこんな夜に一人で歩かないでください」
まさか先にそんな言葉をかけられるとは、と桜花は目を見張る。
心配性な彼は以前桜花が攫われかけたことを思い出しているのだろう。
桜花に対して忠実というよりも執着に近いのではないかと少しだけ心配になった。
「ところで、堀川」
しかしそれよりも、と桜花は静かに堀川の隣にやってくるとそこに彼と同じようにしゃがみ込んだ。
「苦戦しているようですね。一癖も二癖もある彼らに」
「…主さんは、きっとわかっていたんですよね。こうなるって」
また地面に視線を戻した堀川の横顔を眺め、それから同じように視線を外へと向ける。
「先ほども、皆に言ってきました。どうやって強くなるのでしょうか。…その答えを知っている貴方だからこそ、この部隊を任せたんです」
「…うん」
「貴方にできることをすればいい。きっと皆わかってくれますよ」
すくっと立ち上がり桜花は微笑みながら堀川を見下ろす。
そんな桜花を見上げた堀川の前に、桜花の手が差し出された。
「堀川国広。明日、また部隊を率いて連隊戦に臨んでください」
差し出された手と桜花の顔を交互に見据え、それからその手を取って立ち上がった。
「―――はい」
真っ直ぐな空色の瞳に桜花は頷いて返した。
桜花を部屋まで送り届けた堀川は自室に戻ろうと静かな廊下を歩いていた。
考えることはまだ山のようにあるだろうが、取り敢えずは明日の連隊戦で撤退を免れなくては。
出来る限りのことをしようと考えを巡らせていたそのとき、目の前にふらりと人影が映り込んだ。
その姿に覚えのある堀川は足を止めて彼を見上げた。
「明石、さん…」
彼にして珍しくこちらにしっかりと向き直っていて、眼鏡越しに目が合った。
「あんさんに、ひとつだけ言うときたいことがあるんやけど」
なんだろうかとごくりと堀川の喉が鳴った。
少し間を置いて、明石はぽつりと言った。
「さっきの、脱退するって言うたんは取り消しますわ」
「!」
「ほな」
驚いた顔の堀川を尻目に、明石はすぐにふらりと背を向けた。
「あーもう。うちの主はん、随分とふわふわしてる思うとったのに、見当違いやったわ」
そう言い残すと明石は闇へと姿を消した。
堀川はその顔を綻ばせ、それからまた歩き出した。
「ここは僕と明石さんで、向こうは鶯丸さんと小狐丸さんお願いします!」
「わかった」
「わかりました」
堀川が指示を飛ばすとすぐに彼らは踵を返した。
敵の刃を受け止め、堀川は横で戦う明石に視線を向ける。
いつもの余裕なんてないその表情から苦戦しているのが見て取れ、堀川はこちらを片してすぐに向かおうと思ったときだった。
「っずえぇりゃあ!!」
瞬間、明石の横に滑り込んで敵の息の根を止めたのは薬研で、またその反対側には同じく敵を切り伏せた大倶利伽羅の姿があった。
「薬研さん、大倶利伽羅さん!!」
堀川が表情を明るくすれば、「余所見すんな」と薬研に注意された。
「あーあー。助けられたさかいには、やらなあかんなぁ」
ふっと息を吐いた明石は、柄をしっかりと握り締めると相手の大太刀目掛けてそれを振り上げる。
それは綺麗に二つに別れるとその姿を消した。
堀川が目の前の敵を倒した時にはすでに敵部隊全振りを撃破することができていた。
「やった…!」
連隊戦なのでこの後にもすぐに敵部隊が控えているものの、とりあえず目の前の敵を突破できたというだけで堀川は安堵の息を吐いた。
「やればできるじゃないか」
「…そらどうも」
薬研にそう声をかけられたのは明石で、顔には出さないものの明石は照れたように肩を竦めて見せた。
「これで大包平に近付いたな」
「まだ随分と先ですよ」
鞘に刀を納めた鶯丸が嬉しそうにそう言えば、呆れた様に小狐丸が返した。
隊の雰囲気が随分と変わった様子に堀川は表情を綻ばせる。
遠くからそれを見ていた桜花もまた、嬉しそうに笑った。
途中、他の部隊と交代しつつ何とか連隊戦を終えて本丸に戻れば笑顔の桜花に迎えられた。
「お疲れ様でした」
一振り一振りに声をかけた桜花は最後に入ってきた堀川の部隊を前にした。
「皆の活躍、きちんと見ていましたよ」
よくがんばってくれました、と桜花が続けた。
「でもまだ始まったばかり。これからも期待しています」
桜花直々の期待を寄せられた言葉に堀川は深く頷いて返した。
その桜炉の視線が明石に向けられ、それに気付いた明石がちらりと桜花を見る。
「どうでしたか」
「……」
「皆と戦うことで、見えたものもあるでしょう」
それだけを伝えると桜花は彼らを中へと促した。
「主さん!」
堀川は自室に戻ろうとしている桜花を引き止めた。
桜花は振り返ると笑顔で堀川を迎えた。
「堀川、いい顔をしていますね」
「うん…主さん、ありがとうございました」
そう言って堀川は深く頭を下げた。
そしてゆっくりと顔を上げるとにこっと笑った。
「僕、この部隊の部隊長でよかったです」
嬉しそうにそう話す堀川に桜花もまた笑いかけたときだった。
ふと桜花の指先に堀川の指が絡み、弾かれたように堀川を見る。
僅かにその距離が縮まっていることに気付いたときには、堀川の空色の瞳がじっとこちらを見つめていた。
よく見れば少し緑がかっているな、なんてどうでもいいことを思った。
「主さんが大好きです。ずっと、お役に立ちますから」
たくさん使ってくださいね、と言って彼は目を細めて笑った。
―――続
*京都弁は変換機能を使用しております。変なとこあったらこっそり教えてくださいませ
この連隊戦ネタ実話だったりするところもある
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