▼ 第三十二章




荷物を持ってくれるという一期と薬研それぞれに荷を預け、桜花達は大通りを歩いていた。
周囲を見ればたくさんの審神者と刀剣男士がいる。

(でも確かに、あの時のように三日月宗近を連れている人はいない)

見たことのない刀剣男士は幾振りか見受けられるが、やはりその中に三日月はいない。

周囲から一目置かれるというこんのすけや加州の言葉を思い出していると、ふと人込みの端に刀剣を連れていない女性の姿が見えた。
見た所商いの者ではなさそうな上に、何やら塞ぎ込んでいるようにも見える。
桜花は迷わずそちらに向かって駆けていた。

「主!」
「大将!」

すかさず一期と薬研がそれを追うが、彼らが追い付くよりも早く桜花は女性の前に立っていた。

「どうかされましたか」

桜花がそう問いかけると、その女性は弾かれたように桜花を見上げた。

「っえと…」
「すみません、突然声をかけてしまって驚かれましたよね。審神者の方ですか」

安心させるように笑ってそう尋ねれば、女性はおずおずと頷く。

「そうでしたか。あの、近侍や共の刀剣男士はどちらに?」
「…連れて、きておりません…」

女性はそう言ってまた目を伏せる。
いつだったかの自分のようだ、もしかして審神者になったばかりかと桜花は青年に言われた言葉を思い出した。

「お一人で歩かれては危険です。次はお連れになった方がよろしいですよ」
「…はい。あの…でも…、それはちょっと」

できなくて、と消え入る様に女性は続ける。
理由がありそうだと察した桜花がそっと女性に寄り添って話を聞こうとしたときだった。

「主」

一期と薬研が追いついてきた。

「一期、薬研」
「大将、子どもじゃねぇんだから急に走り出さないでくれ」

荷物両手にそう咎める薬研に桜花は人前で叱られ恥ずかしくなり慌てて「すみません」と短く返す。
すると横にいた女性がやってきた一期を見るなりその顔を一気に青ざめさせた。

「一期、一振…!」

そうか細い声で名前を呼び、反応した一期が女性を見る。
桜花も女性の顔を覗けば、驚いたその表情に幾らか怯えの色が見えた気がした。

「あの…」
「っすみません、失礼致します…!!」

我に返った女性は桜花の手を振り払い、その場を駆け出して人込みの中へと姿を消してしまった。
咄嗟のことで後を追えず、その姿を見送ってしまった桜花は横に立つ一期を見る。

「一期、知り合いですか?」
「いえ。存じ上げませんが…」

一期もまた何が起きたのかわからない、といった表情をしていた。
しかしこれ以上どうすることもできず、仕方なく桜花は一期と薬研を連れて帰路に就いた。



買ってきた物を渡す為そのまま真っ先に厨に行けば、少々不機嫌な歌仙に「お帰り」と迎えられた。
何故、と桜花が思っていると一期から荷物を受け取った燭台切が苦笑いしながら教えてくれた。

「主が夫婦だなんて言うからだよ」
「えぇ…」

まさか根に持っていたとは、と桜花は困った様に頬を掻く。

「燭台切は怒っていないんですか?」
「まぁ、主のことだから特に考えずに口走っちゃったんだろうなってわかってるから」

別に気にする事でもないかなって、とにこりと笑う。
それをわかっているのは歌仙も同じだろうが、きっとこちらは拗ねているのだろうと桜花はせっせと仕事をする歌仙の背中を見た。

「歌仙、すみません。悪気はなかったんです」
「わかっているよ。ほら、早く着替えておいで」
「はい」

やはり声音は怒っていないようで、安心した桜花が一期と共に厨を出て行く。
それを気配で覚った歌仙は、桜花がいなくなると呆れたような深いため息を吐いた。

「まったく…僕の主は何もわかっていないね」
「はは…まぁ歌仙くんの気持ちもわかるよ」

野菜を洗う歌仙の横で、燭台切はまな板を取り出す。

「戦うだけじゃなくて、食事でも主に喜んでほしいからがんばっているというのに…まさか燭台切と夫婦のようだなんて…。本当、鈍くて困るよ」

泥を落としながら歌仙がそうぼやく。

「歌仙くんも、主のこと大好きだね」
「燭台切。」
「本当のことだろう?」

僕も大好きだよ、と燭台切は歌仙の洗った野菜に手早く包丁を入れた。
すると背後でかたんと音がして歌仙と燭台切が振り返る。
そこには椅子に座り膝を立ててこちらを眺める薬研がいた。
歌仙がぎょ、と目を剥く。

「薬研、いたのかい…!?」
「さっきからいただろ」

涼しい顔でそこに座る薬研は、どうぞ続けて下さいとでも言うかのように火にかけてあった鍋を顎でしゃくった。
見ると鍋の中の湯が煮えている。
歌仙が慌てて鍋の元へ急げば、反対に燭台切は落ち着いたまま作業を再開させた。
その様子をじっと見つめた薬研は、少し間を置いてから口を開いた。

「今しがた、主と町に出たときなんだが…他所の俺がな―――」

燭台切と歌仙が薬研に振り返った。



一期に部屋まで送ってもらい、桜花は着ていた堅苦しい着物から普段着へと着替えた。
窓からは西日が差し込んでいて、以前の部屋ならまだ外から刀剣達の声が聞こえていたが今はそれが少し遠くに聞こえる。
少しだけ寂しく感じながら桜花は着物を整えるとすぐに部屋を出た。

「主」

途端に声をかけられ振り返れば、戸の横に三日月が立っていた。

「三日月…」
「待っていたぞ。おかえり」

変わらず微笑みを浮かべたまま三日月はこちらに歩んでくる。

「私に何か?」
「いや、特にこれと言った用事はない。世間話でもと思って―――」

そこまで話した三日月がぴたりと足を止めた。
途端に微笑みが消え、その綺麗な瞳がすぅっと細められた。

「三日月?」

桜花が名前を呼ぶと、三日月は再び足を進めて桜花の前に立つ。
そしてそっと桜花の肩に手を置くと静かに引き寄せた。
ふわ、と近くなった三日月の香りが鼻腔をくすぐり桜花は目を見開いた。

「みか、」
「静かに」

名前を呼ぼうとすればそれは遮られ、桜花の首元に顔を近付けた三日月がそこで深く息を吸うと、ゆっくりとそれを吐いた。

(なに…!?)

混乱した桜花がどうしようもできずに三日月の着物の袖を掴んだ。
しかしそれもすぐのことで、三日月は桜花の肩から手を放すと距離を取った。

「いやなに、着物に埃が付いていてな。取っただけだ」

すぐにまた先程のように笑う三日月に、桜花もほっと息を吐く。

「そうでしたか…ありがとうございます」
「主、皆が下で待っている」
「ええ、行きましょうか」

そんなのんびりとした三日月の声にいつもの調子を取り戻し、促された桜花は階段を降りて広間へと向かった。
それを見送った三日月だったが、その顔から再び微笑みを消すと着物の袖で口元を隠した。






―――続


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