▼ 第二十七章


現在顕現の確認されている刀剣の殆どが、運良くこの本丸にもやってきてくれた。

部屋の前の縁側に座っていれば、どことなしか嬉しそうな小夜が目の前の庭を歩いて行く。
その先には先日顕現した彼の兄である江雪左文字がいた。
またその奥で揃っていつだったかと同じく鬼ごっこに興じているのは藤四郎兄弟だった。
数の多い彼ら兄弟に最近加わったのは厚藤四郎と博多藤四郎の二振り。
随分と賑やかになった、と顔を綻ばせていると隣に誰かが座った。

「楽しそうだな」

そう声をかけてきたのは、同じく最近顕現したばかりの鶯丸だった。

「そうですね…。賑やかで嬉しいです」
「そうか。君は淑やかだから静かな空間を好みそうかと思ったが」
「まさか! それを聞いたら歌仙や燭台切が笑いますね」

くすくすと笑いながら返せば、穏やかに笑った鶯丸が桜花にお茶を勧めてきた。
礼を言ってそれを受け取り、いざ一口と口元に湯飲みを持っていった時だった。

「主、ちょっと」

廊下の奥からそう言って手招きをしたのは歌仙だった。

「噂をすればだな」

そう言って笑いながら鶯丸は桜花の手元から湯飲みを攫った。
鶯丸に小さく謝り、桜花が歌仙の元へと行けば近くの部屋に入る様促された。
中に入ると燭台切や宗三、一期の姿がそこにあった。

「どうかしましたか」

桜花がそこに座ってそう尋ねれば、歌仙は「深刻な話ではないのだけれど」と前置いて続けた。

「この本丸も随分と刀剣が増えただろう? 手狭にもなってきているし、部屋替えをしようと思うのだが」
「ええ、いいと思います」

一つ返事で頷けば、燭台切が苦笑いした。

「それでね、主には申し訳ないんだけれど…君に、主専用の部屋に入ってもらおうと思うんだ」
「ああ…」

そう言えば忘れていた、と桜花は思い返した。
あの時はここに顕現していた刀剣達に認められるまではあの部屋に入らないとこんのすけに言った。
一番見晴らしの良いであろう上の階のあの部屋は、以前の審神者がいた部屋だ。
桜花が黙ったのを見て宗三がちらりと燭台切に視線を向けた。

「無理に主をあの部屋に入れなくてもいいと、僕は思いますが」
「それはわかるよ。もちろん、主の意思を尊重するつもりだけど…ほら、主は女性だろう。左右の部屋が刀剣とはいえ男の部屋となるとさすがに…ねぇ?」

宗三を宥めながら燭台切が同意を求める様に歌仙に視線を送ると、歌仙は深く頷いて返した。

「成程、一理ありますね。ではどうでしょう。左右の部屋は粟田口兄弟と僕達左文字兄弟で埋めるというのは」

名案だ、とでも言うかのように宗三がそう提案した。

「一番安全ではありませんか」
「どういう意味だい」

聞いていた歌仙が頬を引き攣らせそう尋ね返す。

「邪な考えを持って主に接することがないでしょう。それに、女性と共にあった前田達、薬に明るい薬研もいればいざというときに頼りになりますよ」
「ともなれば、片側を左文字兄弟にしなくても良いということになるが」
「は、僕達が主に手を出すなんてありえません」
「私達もありえないが」

声を荒げる訳ではないが冷ややかに口論を始めた宗三と歌仙に、燭台切はため息を吐いた。
困った桜花が助けを求めるように横にいる一期に視線を向ければ、目が合った。

「妙案ですな」

と兄弟を褒められて上機嫌な一期はそう答えただけだった。

「はい、そこまでです」

呆れたようにため息を吐いた桜花は、二人にそう声をかけ止めさせた。

「わかりました。私が審神者の私室に移りましょう。皆に窮屈な思いはさせたくありませんし…やはり審神者と刀剣、そこはきちんと区別は付けるべきですから」

両手を合わせてにこやかにそう告げれば、宗三も歌仙も何も言わなくなった。

「ごめんね、主。審神者の部屋に入るなんて本当は嫌なんだろうけど…」

燭台切が申し訳なさそうに言ってくるものだから、桜花は笑って首を横に振った。

「まさか。あの部屋を一掃すれば、晴れて私はこの本丸の審神者。良い事ではありませんか」

掃除もしてないから汚いし、丁度いいと続けると燭台切も笑って「もちろん手伝うよ」と言った。



ともなれば即行動だ、と桜花はその晩に刀剣全員を広間に集めた。

「部屋割りは歌仙と燭台切に任せました。希望があれば早めに伝えて下さい。荷物はまとめておいて、明日の午後から順番に部屋を移ってもらいます」

そう伝えれば各々から返事が聞こえ、桜花は頷いた。

「あるじさま、おへやうつってしまうんですか…」

近くの部屋だからと喜んでいた今剣が残念そうにそう呟いた。

「いつでも来ていいですから」

今剣を横に呼び、そう桜花が声をかけて頭を撫でれば今剣は「はい!」と元気よく返事をした。

「ねぇあるじさん。ならボクにあるじさんのお世話当番を回して欲しいな!」
「お世話当番?」

はてそんな内番はなかったぞ、と桜花が首を傾げると発言した乱が元気よく立ち上がった。

「あるじさん、お部屋遠くなっちゃったし何かと大変でしょ? だからボクが身の回りのお世話をする! 朝もお迎えに行くし、荷物運んだり着替えのお手伝いしたりとか!」

つまりは業務以外の近侍のようなものか、と理解はしたが桜花は困ったように笑った。

「でも大変でしょう。そこまでしてもらわなくても…」
「ボク、あるじさんの髪毎日梳かしてあげたいのになぁ…」

しょぼん、と効果音が聞こえてきそうなほどしょげた乱に桜花は思わず狼狽えた。

「あ…なら、お願いしようかな…。手伝ってもらえるなら助かりますし」
「やったぁ!」

先程の落ち込みはどこへやら、許可が下りるなり両手を上げて喜ぶ乱に桜花はしてやられたかと苦笑いした。

「手伝いはいいけど着替えは駄目だろ」
「何想像してんだ、厚」
「ばっ、ちげーよ!!」

顔を仄かに染めた厚がそう呟けば、横にいた薬研がにやにやと笑いながら厚をからかった。

「いいなぁ、乱兄さん…。僕もやりたいです」
「僕も…! 僕もやります…っ」

羨ましそうに乱を見る秋田に、続いて五虎退も手を挙げて乱に続いた。

「じゃあ俺もーっと」
「兄弟は駄目だ」
「えーっ、なんでだよ」

加えて鯰尾が悪乗りするとすかさず骨喰が止めに入った。
収拾がつかなくなった頃、歌仙が手を叩いてその場を静めた。

「こら、主を困らせない。明日は忙しくなるから皆手伝いを頼むよ」
「はーい」

その場はお開きとなり、刀剣達が疎らに部屋を出て行く。

「俺もきみの世話当番になろうか?」
「からかわないで下さい」

去り際に鶴丸がそう声をかけてきて、桜花は唇を尖らせて抗議する。
豪快に笑いながら鶴丸が部屋を出て行くのを見送り、恐らく自分の荷物が一番多いから今から準備しようと桜花が自室に行こうとした時だった。

「あの、主…」

控えめにそう声をかけてきたのは、随分と顔色の悪い加州だった。

「加州? どうかしましたか」
「……」

小刻みに震える加州のその様子に、桜花も表情を変えた時だった。

「あの部屋には行かないで…!!」

突然の大きな声と共に、加州が桜花に抱き着いてきた。
未だに部屋に残っていた刀剣達が何事かと二人に視線を向ける。

「あの、加州…?」

状況が理解できずに桜花が加州の名前を呼べば、その分彼の腕の力が強まった。

「お願い…だから…。なんなら俺、部屋なんていらないし…だから、あの部屋にだけは…!」

切羽詰まった声音に、腕を通して伝わってくる震え。
尋常ではないその様子に桜花が動揺していると、そこに割って入ってきたのは本日顕現したばかりの加州と元主を同じくする大和守安定だった。

「どうしたの、清光。主困ってるよ」

怪訝とそう言いながら冷静に加州を引き剥がそうとする大和守だったが、それをものともせず加州は桜花に貼りついた。

「…主がうん、って言うまで離せない…」
「はぁ?」

何言ってるの、と大和守が首を傾げる。
そんな二人のやりとりを交互に見て、それから桜花は加州を見下ろしその疑問をぶつけた。

「あの部屋に…何かあるんですか?」

ひくり、と加州が肩を震わせた。
当たりか、と桜花がそっと加州の肩を押しその顔を覗き込む。
薄らと赤みがかった目元が見えた。

「加州。話してもらえますか?」

しかし加州はすぐに首を横に振ると、今度は唇を噛んで黙りこくってしまった。
桜花が困って視線をさまよわせていると、大和守と目が合った。

「ごめん主。どうにかするから」
「いえ、大丈夫です。…加州、向こうで話しましょう」

静かに加州を促せば、彼は大人しくそれに従って部屋を出る。
粗方の事情は知っているのか、大和守もそれ以上何かを言ってくることはなかった。



夜の帳が下りれば真夏の暑さもどこへやら、涼しい風が縁側を通り抜けていく。
そよそよと風を送ってくれるのは先日貰った兎の絵柄のうちわだ。
だらしないとは思いつつ、桜花は縁側の柱に凭れかかりゆるゆるとうちわで火照った身体を扇いでいた。
今夜は月が明るく、夜空に浮かぶ雲を白く縁取り浮かび上がらせていた。

あの後、加州と付き添いの大和守と三人この縁側に座ったがあれ以来加州が口を開くことはなかった。
何かを隠すように、思い出したくないように加州は唇を噛んだまま何も言わなかった。

『言うことがあるんじゃないの? 清光』
『……』
『もう』

痺れを切らした大和守が何度かそう煽ったが、それでも加州は変わらず黙ったままで。
しかし審神者の部屋に入らない訳にはいかず、敢えてそのことには触れずにそっと二人を部屋へと帰した。

(あの加州の慌てぶりを見る限り…やはりあの部屋には何かがある)

審神者がいなくなった原因、もしくはいなくならざるを得なかった原因か。
これは早急に手を打たなければ。

「よし」

行ってみるしかない、と桜花はうちわをそこに置き立ち上がった。






 ―――続

/

---