▼ 第二十三章



本日の本丸は、出陣は一切禁止となっていた。
こんのすけに昨日の出来事を事細かく説明し、そのお詫びとして小判やら資源やらを大量に受け取ったが桜花はそれどころではなかった。

「はぁ…」

部屋に軟禁され、加えて刀剣達はそれぞれ怒っているのか呆れているのか対応はやけに冷たかった。
短刀達は自分を心配して朝早くにここにやってくると心配した、無事でよかったと泣き付いてきて、それが可愛くて愛でていたらそれぞれの兄がやってきてこう言い放って行った。

「反省の色が見受けられませんな」
「お小夜、今日一日は主が反省する日ですから近寄ってはいけませんよ。馬鹿が移ります」

一期はともかくとして宗三の最後の言葉はただの悪口ではないか、と桜花が反論すると冷たく見据えられ最後には「馬鹿でないのであれば何ですか、言ってごらんなさい」と見下ろされた。

「忠告を無視し、挙句意図も簡単に連れ去られそうになり…仕舞いには呑気に「おかえりなさい」と言ったそうではありませんか。それで僕達が怒らないとでもお思いですか」
「……」
「もっと自分を大事になさい。」

彼の言うことは最もだと思う。
今回ばかりは弁解するつもりは桜花にもなかった。

「ごめんなさい」

素直に謝れば宗三は返さずに小夜とついでに今剣を連れて部屋を出て行ってしまった。

「主。貴方は一人しか居らんのです。宗三の言う通りです」
「はい…」
「主という立場はどういうものか、今日はよくお考えになって下さい」

正した姿勢をそのままに一期はそう言い放つと、やはり弟達を連れて出て行ってしまった。
急に寂しくなってしまった部屋の中で、桜花は長いため息を吐いた。
本当に反省しなくては、と心底落ち込んでいたとき障子戸に影が映った。

「入っていいか?」
「和泉守…」

どうぞ、と告げればいつもと変わらず乱雑に障子戸を開けて和泉守が入ってきた。
その表情から自分を怒りにきたのではないと、少しばかり安堵しながら彼に座布団を勧めた。

「散々言われてたな。外まで聞こえたぜ」
「…仕方のないことです。きちんと反省します」
「そりゃ良かった…と言いたいところだが、一つ話があってきた」

どかりと座布団に座り桜花に向き合った和泉守は、苦笑いしながら続けた。

「国広が、随分と沈んでんだ。察するところ、アンタを守れなかったことを悔やんでんだと思う」
「そんな…堀川が悪いわけでは…」
「アンタや俺がそう思っても、アイツはそう思っちゃいないんだ。わかるだろ」
「……」

彼のことは顕現する刀剣達の中でも随分と早いうちから知っていたのだ、察することはできた。
自分が悪いとそう彼に伝えても、きっと彼なら自分を責めてしまうだろう。
沈んだ桜花の顔を見て、和泉守は苦笑いを含めながら息を吐いた。

「反省してんのは十分わかった。今後二度と同じことが起きなきゃいい、ただそれだけだ。…それに一つ加えて、主。もっとオレ達を頼っちゃあくれねぇか」
「和泉守…」
「オレ達は刀だ。戦に使われるのももちろんだが…敵を殺すだけが役目じゃねぇ。主を守ることも刀の役目だ」

腕を組み、和泉守は桜花を見据えた。

「結果が良けりゃあいいってモンじゃねぇ。それはアンタがオレに教えてくれたんじゃねぇか」
「…はい」
「もっとオレ達を使え。頼れ。アンタが命じてくれるんなら、オレも国広もどんな敵からでも主を守ってやらぁ」

そう言ってにっと笑う彼に、桜花は気恥ずかしくなって視線を落とした。
そんな桜花を不思議そうに見つめた和泉守だったが、やがて自分がした発言を顧みて顔を赤くさせると慌てて立ち上がった。

「そんだけだ、じゃあな!」

吐き捨てる様にそう残すとまた音を立てて障子戸を閉めて出て行った。
彼らしい諌める言葉を、桜花は小さく笑いながら噛みしめていた。




「主、何か不便はない…わけないよね、ごめんね」
「いえ、ありがとうございます。燭台切」

昼時に部屋を訪れたのは燭台切だった。
膳を手にやってきた彼を見て桜花は苦笑いして部屋へと招き入れた。

「まさか、ここまで徹底されるとは思いませんでした」
「うん。僕もそうは思うんだけどね…。思いの外みんな動揺しちゃっているみたいで」

晩御飯には出て来られるように頼んでみるね、と彼は言うが一体誰に頼むのだろうか。
これは軟禁の主犯が怒り心頭なのではと桜花が冗談半分に考えていると、桜花の前に膳を置いた燭台切はにっこりと笑ってみせた。

「だから、主が寂しくないように僕もここで食べるね」

そう言った直後、部屋の外から盛大に物音が聞こえた。
そしてすぐ後にもの凄い足音が聞こえ、部屋の障子戸が左右に開け放たれた。

「ちょっとずるいじゃないですか燭台切さん!」
「…鯰尾」
「はは。彼ね、入りたくても入れなくて廊下うろうろしてたんだよ」

笑いながら指す燭台切に鯰尾がむぅと唇を尖らせる。

「だって、いち兄が主さんの体調が万全じゃないから部屋に入っちゃいけないって言うし。弟達はみんな朝来たでしょ? 薬研なんて主さんの薬持ってるから入っても怒られないし、俺だけ除け者じゃないですか!」

彼にしては幼い言い方に桜花は息を吐いて彼を横に呼んだ。
唇を尖らせたまま、鯰尾は促されるままに桜花に近付いた。

「俺だって、主さんの刀なんですよ…?」
「そう、貴方の言う通りですね。寂しい思いをさせました」
「じゃあ俺もここで食べます」

そう言うが早いか、どこに置いてあったのだろうか鯰尾が部屋を出たと思ったらすぐにまたその手に膳を持って入ってきた。
やはり最初からそのつもりだったか、と苦笑いしつつも自分の為にやってきた彼を思うとやはり嬉しくて仕方がなかった。



膳を片付けてくれるという燭台切の言葉に甘え、桜花は食後の茶を飲みつつ自分の膝に寝転がる鯰尾を見下ろす。
食べてすぐに横になるなんて消化に悪いよ、と燭台切に小言を貰ってはいたが彼はそれ以上強く言うことなく部屋を出て行った。
鯰尾の気持ちを察していたのだろう、燭台切は本当によく出来た刀剣男士だと改めて思った。

「鯰尾」

返事の代わりに甘えたように桜花の膝に頬を擦り付け、鯰尾は部屋の隅を眺めていた。
何か言いたいことがあるんだろうと察した桜花が静かにそれを待っていると、やがて彼はぽつりと話し始めた。

「…俺、主さんがいなくなった時…怖くて、動けなくなっちゃったんだ」
「……」
「みんなが必死になって、本丸中を探してたのに…俺は、動けなかったんです…。足が竦んで、震えが止まらなくって」

ぎゅっと拳を握った鯰尾を桜花は静かに見下ろす。

「このままいなくなったらどうしようって…ずっと、怖い方にばかり考えちゃって…」

小さく震える彼の肩をそっと撫でた。
その後、少し間を開けた鯰尾がくるりと上を向いた。
大きなその瞳と目が合ったとき、彼はふわりと笑って見せた。

「そんなふうになっちゃうくらい、俺は主さんが大好きなんですよ」
「鯰尾…」

こちらを真っ直ぐに見上げ、悪戯が成功した子どものように笑い鯰尾は続けた。

「だから、ずっと…ずーっと一緒にいて下さいね?」
「…ふふ」

仕方のない子だ、と心の奥で思いながら桜花は小さく頷いてその額に掛かった横髪を元の位置に直してやった。



乾いた洗濯物をその膝の上で畳みながら、ふと堀川は戸の間から庭を眺める。
一時の大泣きはどこへやら、すっかり元気を取り戻した短刀達が遊んでいるのが見えた。

主がいなくなったと聞いた時、この身が引き裂かれる思いがした。
あれだけ言ったのに、と自分の言い分を聞いてくれなかった主を恨んだのも記憶に新しい。
しかしそれよりも自分の前からいなくなったというその事実が、とてつもなく悲しかったし、悔しかった。

(僕は、主さんを守ってあげられなかったんだ)

方法はいくらでもあった。
我儘を言って、頑なにこの本丸から出なければそれでよかったのに。
どんなに彼女が嫌がっても、片時も離れなければよかったのに。
自分の不甲斐なさに何より怒りが湧いた。

(ああ、もう…)

どうしたらいいのかわからずにぶんぶんと頭を左右に振り、それから深く息を吐いたときだった。
ふと視界が翳り、顔を上げるとそこに山姥切が立っていた。

「兄弟」
「…進んでないな」

言われて周りを見てみれば、取り込んだまま山になっている洗濯物があり畳んであるのは数枚のみだった。
それを見て更にため息を吐けば、少し離れた位置に山姥切が座り洗濯物の山に手を突っ込んだ。
そして数枚引き寄せて堀川と同じようにして畳み始めた。

「…ごめん」

小さく口にして、堀川は作業を再開させた。
何枚か畳み終えた時、ふと山姥切が口を開いた。

「主が…寂しい思いをしている、と…燭台切が言っていた」

ふと堀川が顔を上げるが、山姥切とは目が合わなかった。

「…主を守りたかった。それは俺も兄弟と同じだ…。大切にしたい、という気持ちもわかる。だが…だからこそ、主と向き合う時間は要るだろうと…」

綺麗に畳んだ衣類を置き、そこで漸く山姥切は堀川を見た。

「主を守りたいなら、主のことをよく知って…それから自分達のことも理解してもらえと…一方的では伝わらないと…そう、燭台切が…」

徐々に語尾が小さくなり、やがて山姥切は黙りこくってしまった。
彼が本当に燭台切にそう言われてきたのかはわからないが、彼なりの優しさに堀川は漸く肩から力を抜いた。

「そっか…」

堀川は手元にあった洗濯物をそっとそこに置き、すっと立ち上がった。

「兄弟、行こう!」
「!?」

顔を上げた山姥切の腕を掴み、引っ張り上げた堀川はそのまま彼を連れて部屋を飛び出した。

「お、おい…!」
「主さんに会いに行こう!」
「は…!?」

慣れた廊下を駆け、堀川は山姥切を連れて桜花の部屋の前へとやってきた。
そして彼らしくもなくその障子戸を勢いよく音を立てて左右に開け放つものだから、流石の山姥切も肝を冷やした。

「わっ!?」

中にいたのはもちろん主である桜花で、やはり彼女は驚いたのか開けていたのだろう引き出しを盛大にひっくり返していた。
しかし気にすることなく、部屋の前で仁王立ちした堀川は大きく息を吸った。

「主さん!!」
「っは、はい!」

堀川の剣幕に負けたのか、桜花がその場で姿勢を正して二人に向き直る。

「僕は、主さんを守れなかった…! それがすごく悔しい…っ」
「堀川…」
「だから、次は絶対に守るから…、だから…!」

空色の瞳が真っ直ぐに桜花を見た。

「もっと…僕達を頼ってほしい」

桜花が大きく瞬いて堀川を見上げる。
それから横にいる山姥切にも視線を向け、それから深く頷いた。

「心配をかけました。…ありがとう、二人とも。あの…よろしくお願いします」

少しだけ戸惑った様子の桜花だったが、そう言って静かに頭を下げた。



「ごめんなさい、主さん。邪魔しちゃって」
「いえ…ちょっと驚きましたけど」
「兄弟が僕を焚き付けたんだ」
「俺はそんなことしていない」

三人で散らかってしまった部屋の片付けをしているのを見て、燭台切は苦笑いしてからその仲の良い背中に声をかけた。

「夕御飯だよ。三人とも早く来てね」






―――続



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