▼ 第十九章(ホラー要素有)



木々の若葉が色濃く変化し初夏の兆しが見え始めてきた。
出陣を難なく熟すことができるようになってきた今日この頃、本丸には更に新しい顔ぶれが揃い始めていた。

「主君、手紙が届きました!」

元気よく部屋に駆け込んできたのは最近顕現したばかりの秋田藤四郎だった。
桃色のふわふわとした髪を揺らし、走って来たのかいくらか頬を紅潮させていてその姿を見るだけで桜花は心が和む気がした。

「ありがとう秋田、こちらに下さい」
「はい」

そんな秋田の手元に見えた、恐らく政府からの手紙には赤い字で何かが書かれているのが見え、少し胸がざわついた。
そして横に座していた本日の近侍にもその文字は見えたのか、彼は険しい表情で秋田から手渡された手紙を見据えた。

「主、それは…」
「緊急のようですね」

こちらも先日顕現したばかりの歌仙兼定で、彼は元の主の影響か美しいものや雅なものを愛し、随分と他の刀剣達とはかけ離れた嗜好を持っていた。
しかしながら戦闘に繰り出せば無慈悲なまでの振る舞いをするのだと、最近一緒に出陣していた山姥切がぽつりと言っていたのを思い出す。
だが桜花の前では「雅だろう」と部屋に花を飾ったり着物を整えてくれるものだから、そんな姿を想像するのは安易ではなかったりする。

それはさて置き、桜花は手元にある折り畳まれたそれを丁寧に広げた。

「……」

必要事項だけを淡々と書かれたそれを目で追い、桜花は表情を険しくさせる。
隣にいる歌仙もまた、彼らしくもなく桜花の手元を覗き込んで同じく表情を変えた。

「これは…また随分と無茶な要求だね。どうするんだい?」
「もちろん受けます」

きっぱりとそう告げ、桜花は笑顔を取り繕って秋田を見上げた。

「秋田。皆を広間に集めて下さい」






ぞろぞろと広間に集まった刀剣達の人数を確認し、歌仙は桜花の横に座った。

「彼だけがいないけど、いいのかい?」
「ええ、大丈夫です」

やはり加州だけは広間に姿を見せなかったが、今回ばかりは後に回させてもらうことにした。
歌仙が座ったのを確認し、桜花は刀剣達を見据えながら重々しく口を開いた。

「先程、政府から通達がありました。ある時代に時間遡行軍が集中的に出現しているのだそうです」

ざわ、と刀剣達が動揺を見せる。

「そこで、その時代に我が本丸の刀剣も出陣させよというのが政府からの要望になります。そしてその時代には第一部隊と第二部隊、二部隊同時に出陣していただきます」

未だかつてない出陣の命に広間が更にざわついた。

「出陣部隊はいつもの通り、外に貼り出しておきます。時間になったら門前に集合して下さい」

以上です、とそれだけを伝え桜花は立ち上がると広間を出て行く。
すぐに追いかけてきたのは、いつも自分の身を一番に案じてくれる堀川だった。

「待って主さん! 二部隊も出陣させちゃったら幾振りも残らないじゃないですか!」
「以前もそうだったでしょう? 大丈夫ですよ」

足を止めて振り返り、笑ってそう告げるも堀川の険しい表情は変わらない。
そんな彼を落ち着かせようと桜花はゆっくりと優しく続けた。

「時間遡行軍がそれだけ集中しているのならば、第一部隊だけでは到底適わないかもしれません。それならば、第二部隊にも同行してもらった方がより安全です」
「でも、敵の勢力が増しているならこの本丸だって絶対安全ってわけじゃないんだし…」

そんな堀川を安心させようとそっと肩に手を置いた。
心配そうに揺れる彼の瞳と目が合う。

「…ねぇ主さん」

肩に置かれた手を堀川はぎゅっと握りしめる。
桜花が瞬くと、堀川はいつになく真剣な眼差しで桜花を見ていた。

「お願い。考え直して。…胸騒ぎが、するんだ…」
「堀川…」

僅かに震える堀川の手が、酷く冷たく感じた。
しかし桜花もここで折れるわけにはいかなかった。

「…ごめんなさい、こればかりは堀川の申し出でも譲れません」
「っなら!」

身を乗り出した堀川は桜花の上腕を掴み距離を縮めた。
聞き入れてもらいたいという彼の気持ちが腕を掴むその力で伝わってきた。

「ならせめて…せめて、錬度の高い刀剣を本丸に残してほしい」

彼の必死の説得に桜花は少し考える素振りを見せたが、やはり首を縦には振らなかった。



桜花の選んだ部隊は徐々に門前へと集結していた。

「では点呼を。第一部隊は隊長に一期一振、隊員は今剣、堀川国広、和泉守兼定、五虎退、乱藤四郎」
「お任せください」

丁寧に腰を折る一期を筆頭に、第一部隊一人一人にお守りと刀装を手渡す。

「第二部隊。隊長は山姥切国広、隊員は宗三左文字、小夜左文字、鯰尾藤四郎、薬研藤四郎、燭台切光忠」

また同じように確認しながら手渡していると、山姥切と目が合った。

「いいのか」

何が言いたいのかは聞かずともわかった。
先程の堀川との言い合いを聞いていたのだろう、桜花は心配性なこの兄弟に苦笑いした。

「大丈夫です。歌仙に前田、秋田もいますし加州もいます。…なんて、少し寂しいですけど」

少しだけ冗談めかしくそう言うが、山姥切は少しも表情を変えなかった。
どこまで心配されるのか、と桜花が内心ため息を吐いていると何か言いたげにこちらを見る堀川が視界に入った。
しかし相手をしていては時間が押してしまうと桜花は気付かないふりをして早々に二部隊を見送った。

彼らの心配は杞憂に終わると、この時はそう思っていた。






「近侍は引き続き歌仙にお願いします」
「わかったよ」

二部隊が出陣してしまった本丸は本当に静かだった。

「前田と秋田も、二人で大変とは思いますが仕事を片してしまいましょう。馬の様子を見てきてくれますか」
「はい!」
「お任せください!」

元気よく返事をし、二人は馬小屋へと駆けて行く。
その小さな後ろ姿を見送り、桜花は歌仙と共に部屋へと戻って行った。





二部隊が出陣してから数刻後、短く息を吐き出したのを聞いてか歌仙が笑った。

「疲れたんだね。茶でも淹れてこようか」
「お願いします」

衣擦れの音を立てて歌仙が部屋を出て行った。
ぼんやりと疲れた目でそれを追い、それから開け放たれた障子戸から庭を眺める。
さらさらと流れるような風が文机の紙を揺らした。

「気持ちいい…」

彼ら刀剣達は今も戦っているのだろうに、本丸はこんなにも穏やかだ。
やはり申し訳ない気持ちになり、自分の二部隊出陣の判断は正しかったと思っていた時だった。

「こんにちは」

どこからか聞き覚えのない声がした。

(誰か来た?)

門の方から聞こえた気がして、桜花はおもむろに立ち上がるとそちらの方へと足を進めた。



やや強い日差しの中、少しでも涼しくと思い屋根で影が出来ている廊下を歩んで行く。

「それにしても、本当に静かね…」

いつもなら庭から畑から、どこかしらから誰かの声がしている時間だ。
それが全く聞こえない今日のような日は、正直もう来てほしくはないと思う。

「いつからこんなに寂しがり屋になったのか…」

くす、と声を漏らして笑ったが客人を待たせてはいけないかと思い直して先を急いだ。
玄関で草履に足を通し、急ぎ足で門へと向かう。

「どなたでしょうか」

そう門に向かって声をかけるが、返事はない。

(おかしいな…)

まさか聞き間違えだったのでは、と今更ながら恥ずかしくなった。
しかし念の為に、と桜花は閂を開けてそっと門を押す。
隙間から見えたのは深い霧で、これまたいつもと同じ光景だった。

「どなたかいらっしゃいますか?」

顔だけを覗かせて門の左右を確認するが、やはりそこには誰もいなかった。
気のせいか、と閂を掛け直して桜花は玄関へと戻った。



桜花が部屋へ戻って文机に向かってから幾らか経った時、妙なことに気が付いた。

「あれ…歌仙?」

そう言えば彼は茶を淹れるからと厨に向かったはずではなかっただろうか。
自分は門まで行って帰って来ているのだから、先に部屋を出た彼ならもうとっくに戻ってきても良いはず。
何か不都合でもあったのかと桜花はそっと障子戸から廊下に顔を覗かせる。

しかし歌仙の姿はどこにもなく、ただ生温かい風が吹き抜けて行く長い廊下が見えるばかりだった。






―――続


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