▼ 第十五章



審神者にも随分と慣れてきた今日この頃、桜花はこんのすけにこう公言した。

「演練に参加したいと思います」

勿論こんのすけは否とは答えなかった。

部隊一つで参加する演練。
疑似であるが故に傷を負っても手入れの必要はない。
そして他の本丸の審神者と情報共有できる機会ともなれば、参加しない理由もなかった。

「留守を任せます」
「承知しました」
「いってらっしゃーい」

見送りに出てくれた一期と鯰尾に頷いて返し、桜花は自ら選んだ演練部隊を連れてこんのすけに演練の会場へと送ってもらった。

やがて着いたのは随分と殺風景な合戦場だった。
しかしそこにいる数多の審神者や刀剣男士の姿を前に桜花は目を見張った。

「凄い…! こんなにたくさん…」
「主さん、足元気を付けて下さいね」

今回部隊長兼近侍を担ってくれる堀川は凛々しく桜花の横に控えており、そう桜花を気遣った。
次いで部隊には比較的戦闘経験の少ない小夜や前田、五虎退。
最近顕現したばかりの燭台切と戦場慣れしている山姥切を加えていた。

審神者一人に対して六振りの刀剣となればその数も多く、中には見知った刀剣もいて桜花は横にいる堀川を見た。

「町に出た時も思ったのだけれど、本当不思議ね。ほら、向こうにも堀川がいる」
「主さんが楽しそうでちょっと心配なんだけど…」

中にはピリピリとした空気をまとっている審神者もいて、比べればやはり自分の主は呑気だと堀川は思った。

「そこが主のいいところなんじゃないかな? 気楽に行こうよ」
「流石は主さんが鍛刀した刀だけあって、燭台切さんも大概呑気ですよね」

同じくのほほんとした空気な燭台切に堀川はため息を吐く他なかった。

「兄様だ…」
「あっ、兄さんがいます…!」
「本当ですね…!」

本丸の外に出たことの無い小夜や五虎退、前田も周囲を見回してはそう口にしており、堀川は唯一の演練経験者である山姥切に光の灯らない目を向けた。

「頼んだよ、兄弟」
「……」

流石の山姥切も首を横に振りたかったができなかった。



取りあえずはやってみなくては始まらないと、実際に演練というものを経験することにした。
審神者である桜花は離れた所からしか見学することはできなかったが、彼らが普段どういった戦いをしているのか少しだけ理解ができた気がした。

初めての演練を終え、堀川達が桜花の元へと戻ってきた。

「おかえりなさい。お疲れ様」

戻ってきた彼らにはやはり傷一つなく、聞いてはいたがやはり心配だった桜花は一先ず安心した。
少し休みましょう、と皆を促したとき覚えのある声が聞こえてきた。

「やっぱり、あの時の…!」
「あ…!」

そう言って声をかけてきたのはいつだったか町で会った青年だった。
まさかこんなところで再会するとは、と桜花が驚いているとすかさず目の前に堀川が立ち塞がった。
いつも穏やかな空色の瞳は鋭く目の前に立つ彼を睨み付けている。

「堀川…?」
「主さん、下がってて」

警戒心を露にする堀川に何事かと桜花は戸惑ったが、目前の青年は顔色一つ変えなかった。

「はは、すみません。安易に声をかけるべきではなかったですね」
「いえ、こちらこそ…! 堀川、この人は知り合いですから…」
「知り合い…?」

そう言えば町に出た時のことを誰にも話していなかったと思い返しながら自分の周りを見てみれば、いつの間にか小夜や五虎退や前田が左右を固めており、山姥切や燭台切も依代に手を掛けてその後ろに控えていた。
一体何をそんなに警戒しているのかと桜花が困っていれば、彼は丁寧に教えてくれた。

「それが普通の反応ですよ。自分の主に見知らぬ男が話しかければ警戒もします」

そう話す彼の後ろにも刀剣男士が控えており、先日の刀剣とは別のその姿はやはり自分の本丸にはいない刀剣だった。

「丁度良かった。お会いしたいと思っていたんです。…実は、会わせたい奴がいて」

よろしければこちらへ、と青年に誘われた先には簡易な休憩所があるようだった。
堀川が再び表情を険しくした。
しかし青年は気分を害した様子もなく笑顔のまま続けた。

「もちろん、そちらの堀川もご一緒に」
「はい」

堀川を促して、他の刀剣達にも近くで控えてもらうことにし桜花は堀川と共に休憩所へと足を運んだ。

審神者や刀剣男士で埋まる休憩所の一角、そこには簡素な椅子と机が置かれており青年はそこへ桜花を促した。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

丁寧に椅子を引いて桜花を座らせてくれる辺り、本当に優しい人なのだろうと桜花は改めて思っていた。
しかしその横にはやはり面白くなかったか、むすっとした表情で堀川が立った。

「少しお待ちいただけますか」

青年は丁寧に桜花にそう残しその場を離れていく。
すかさず堀川が詰め寄ってきた。

「主さん、あの人は誰? 知り合いってどういうこと?」
「以前町に出た時にお会いした優しい方ですよ」
「いつの間に…」

やっぱり一人で行かせるべきじゃなかった、一期さんの言う通りだったと悪態を吐く堀川に桜花が苦笑いしていた時だった。

「すみません、お待たせしました」

すぐに戻ってきた青年は、その後ろに控えていた刀剣男士をそっと桜花の前へと促した。
その姿を見た瞬間、桜花は大きく目を見開いて思わずその名前を口走った。

「加州清光…!」

桜花に説教をする体勢だった堀川もまた、驚いた表情で目の前の加州を見上げていた。

連れられてやってきた加州清光は、桜花の本丸にいる彼と寸分違わぬ姿でそこにいた。
強いて違いを言うなれば、桜花に対して嫌悪感を露にするわけでも、まして殺気を放つわけでもない。
寸分違わぬ、しかし別の本丸の加州清光だった。

「ふーん。この人が、主が懸想したっていう―――」
「こら!」

一度だけ目が合うと、加州は青年に視線を向け何かを口走る。
しかしその内容すら頭に入ってこないほどに桜花は呆然と加州を見上げていた。

「以前お話ししたときのことを忘れられず、何かのお役に立てればと連れて参りました」

少しばかり焦った様子の青年にそう言われて桜花は我に返る。

「あ、ありがとう…ございます…」
「…やはり、お節介でしたか」

桜花の反応が予想を反するものだったか、青年が少しだけ声を落とした。
それに気付いた桜花は慌てて首を横に振って笑みを取り繕う。

「いえ! そんなことは…! あの…」

何と話したらいいか、と桜花が視線を彷徨わせるとその前に加州が座り込んだ。

「ねぇ、何か悩んでるんでしょ? 俺に話してみてよ。役に立つかもしれないじゃん」

どうやら粗方の事情は青年から聞いていたのだろう、そう声をかけてきた。

「加州、おまえ軽々しくしすぎじゃないか」
「何言ってんの。俺の主はあんたであってこの人じゃないんだし」

うるさいなーもう、と軽口を叩く加州はやはり自分の加州とは似ても似つかないように思った。

「あの…。聞いて、頂けますか…?」

おそるおそる桜花がそう口にすれば、目の前の加州が笑った。

「いいって言ってるでしょ」

加州はこんな笑い方もするのかと少し嬉しくなった。
青年と加州を前に、桜花は一度深呼吸すると姿勢を正した。

「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。改めて、紅華と申します」

小さく頭を下げれば青年が同じように返してくれた。

「実は、私は別の審神者が培ってきた本丸の後任を請け負っております」
「何だって…!?」

思わず声を上げてしまった青年の横で、加州は顔色一つ変えずに座っている。

「審神者は行方不明ですが、本丸には刀剣男士が残されておりまして…先日、顕現されていたすべての刀剣を確認したばかりです」

ふと横に立つ堀川を見上げると、無表情のまま地面を見つめていた。

「皆、私を新たな主と認めてくれているのですが…」
「なるほどね。そっちの俺だけが違うってわけ」
「ええ…。部屋に籠ったまま姿を見せません。顔を合わせたのも一度だけです…」

桜花は先日まで、加州のいる部屋の前まで行っては中に入れず戻っての繰り返しをしていた。
どう声をかけてやるべきか、それをすることで彼を追い詰めてしまうのではないか。
色々な感情が混ざってしまい中々その先を行動に移すことができずにいた。

「彼が何を思っているのか…私にはわからず…」

そこまで一通り話してから、自分は何と不甲斐ない審神者なのかと思った。
そんな桜花を一見した加州は、少しだけ考える素振りを見せた後すぐに口を開いた。

「そっちの俺が考えてることなんて俺にもわかんないけどさ。ただ、もし俺がそっちの俺だったなら一つだけ言えることがあるよ」

桜花が顔を上げると、加州の赤い瞳と目が合った。

「寂しいよ、すごく」
「!!」

桜花が目を見開くと同時に、横にいた堀川も息を飲んだ。
加州は椅子の背もたれに寄り掛かった。

「俗に言う初期刀ってヤツでしょ、そっちの俺って。最初からずっと一緒にいた主に棄てられてすっごく悲しい思いしてんのに、新しい主がちょっと態度悪くしただけでよそよそしくなっちゃったら、寧ろどうしていいかわかんないよ」

それから加州はすっと瞳を細め、桜花を見た。

「…あんたさ、根気強く“俺”に向き合ったことある?」
「っ…」
「俺を知ろうって、思ってるだけじゃ何もわからないよ」

確信を突く彼の言葉に唇を噛んだ。
自分は今まで何をしてきたんだろうかと自分の情けなさを思うと鼻の奥がつんと痛む。

そんな桜花の顔をそっと覗き込んだ加州が「俺を見て?」と囁いた。
桜花がそっと視線を向ければ、責めているわけじゃないと加州は続けた。

「そいつ、寂しくてちょっと意地っ張りなだけだから、そういう態度になってるだけだよ。…だからさ、愛してやって?」

ふ、と加州は笑って肩を竦めながら小首を傾げた。

「ほら、俺ってこんなに可愛いんだからさ」
「っ」

目の前の加州清光が、自分の加州清光と重なって見えた。
頬を熱い涙が伝ったその瞬間、桜花は思わず目の前にいる加州を抱きしめていた。

「ごめ…ごめんなさい、加州…!!」
「もー、抱きしめるならそっちの俺にしてやんなよ。喜ぶからさ」

そう言いながら優しく背を撫でてくれる加州の手はとても温かかった。
桜花を宥めながら、加州はそっと視線を堀川に向けた。
目が合ったとき堀川が小さく肩を跳ねさせたが、加州は苦笑いしながらそっと口を開いた。

「堀川もさ。あんたの所の主はこんなんだし、ちゃんと助けてやりなよ」

まさか別の本丸の加州にそう言われるとは思っていなかった堀川も、我に返ると深く頷いて返した。



休憩所から出ると、桜花は赤くなった目元をそのままに青年と加州に向き合った。

「本当に、ありがとうございました」
「いいえ。お役に立てたのなら何よりです」
「ほらほら、早く帰ってやんなよー。紅華サン」

ひらひらと手を振る加州に桜花は一度だけ笑いかけると、堀川と一緒にその場を後にした。

二人揃ってそれを見送り、やがて加州はちらりと自分の主を見上げた。

「何、主。羨ましかった?」

目を見開いた青年が慌てて加州に詰め寄った。

「はぁ!? あの状況でそんなこと思わないよ!」
「顔に出てるよ」
「えっ」

思わず青年が手で顔を覆うと、加州は嘘だよと声に出して笑った。

「でもさ。主が惚れちゃうのもなんだかわかる気がした」
「は!?」
「あの人綺麗だし、それに何か凄い力持ってるよ」

触ったらわかった、と加州がそう言えば青年は何のことかと首を傾げた。
そして加州は既に人込みで見えなくなった桜花達の方へと視線を戻す。
着物越しだったとはいえ、あの力は今までに感じた事のない、引き込まれそうになるくらいに強いものだった。

(凄い、力だった…)

ごくり、と喉が鳴った。



堀川と並んで皆の元へと向かう途中、ぽつりと堀川が口を開いた。

「主さん」
「何ですか、堀川」

桜花が堀川に視線を向けると、いつになく真剣な眼差しが彼から返ってきた。

「僕、ちゃんと主さんのこと守るからね」

突然の堀川の告白に桜花は目を見開いたが、やがて嬉しそうに笑って答えた。

「いつも…、もちろん今日だって守ってくれたじゃないですか」

自分とそう変わらない背丈の彼が自分の前に立ってくれたとき、彼の背がこんなに頼もしいとはと驚いた。

「堀川は、私を主と呼んでくれたその時から…ずっと、私を守ってくれています」
「っ…そう、かな」
「ありがとう、堀川」

照れたように視線を彷徨わせる堀川の手をそっと握った。
恥ずかしそうに笑う堀川が、少しだけ握り返してくれた。





―――続

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