▼ 第十四章



顔を赤くした一期を連れ桜花は鍛刀部屋へと足を踏み入れる。
そこには既にこんのすけが待機していた。

「お待ちしておりました、主さま。刀が出来上がりましたよ」

こんのすけがそう言って部屋の奥を示す。
美しい刀が一振り丁寧に刀掛けに置かれていた。

「新しい、仲間ですね」
「……」
「一期、いつまで照れているのですか」

こっちまで恥ずかしくなるんですが、と桜花が困った様に続ければ一度咳払いをして一期は桜花の斜め後ろに付いた。

桜花はこんのすけに言われた通りにそっとその刀に手を伸ばした。
瞬間、触れた所から眩いばかりの光が溢れ、やがてそれが納まる頃にはそこに一人の刀剣男士が佇んでいた。

「僕は、燭台切光忠。青銅の燭台だって切れるんだよ。……うーん、やっぱり格好つかないな」

長身な彼を見上げれば、金色の瞳と目が合いまるで自分と同じだと心の片隅で思った。
彼は人当たりの良い笑顔を浮かべ口を開いた。

「君が新しい主かな?」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ」

新しい仲間のその姿を見るのはやはり嬉しいものだった。

「ようこそ、燭台切光忠」

そう歓迎すれば彼は照れたように笑った。



まさかこうも綺麗な男性を二人連れて歩くことがあろうとは、と桜花は背後を盗み見て思った。
そこにいる二人、桜花よりも遥かに背の高い一期と燭台切が楽しげに世間話をしている。
二人の会話を耳が勝手に拾っていると、どうやら彼の元主はかの有名な伊達正宗だという。
その伊達正宗が好んで料理をしていたことから燭台切はそちらの心得もあるようだ。

(これから刀剣が増えるだろうこの時に、彼の様な刀剣が来てくれたのは正直ありがたい)

そう思って微笑んでいたら、遠くの方で佇んでこちらを見ている山姥切と目が合った。
彼が何か言いたげな顔をしており、まさか心を読まれたのではと少しだけ焦った。



「写しの俺がこんなところにいたって、ありがたいとも何とも思わないだろう」
(まさか本当に心が読めるんじゃあ…)

一期に燭台切の案内を任せて昼餉の準備をすべく厨に向かい、ついでに佇んでいた非番の山姥切に思い切って手伝いをお願いしてみた。
意外にもすんなり付いてきてくれ、そこまではとても良かったのだったが。
中に入るなり邪魔にならない程度に厨の片隅に立ちそう口にして挙句ため息を吐かれた。

「…山姥切、野菜を切ってもらっても?」
「俺がか…? 写しの俺に何を求めているんだ。山姥ではなく野菜を切れと?」
「……」

突っ込んでやるべきだろうか、それよりも帰っていいと言うべきだろうか。

(でも呼んでおいて帰れなんて言えないし…)

しかしながら忙しいゆえにまぁいいか、と桜花は考えることを放棄してせっせと水桶に野菜を入れると丁寧に泥を落としていく。
山姥切の視線を感じながらもさっと皮を剥き火が通りやすい大きさに切っていく。
丁度その時、厨の外から足音がした。

「主、手伝うよ」
「燭台切…?」

明るい声にそちらを見れば、先程顕現したばかりの燭台切がそこに立っていた。
爽やかな笑顔で中に入ってきた彼は、桜花の手元を見て肩を竦めた。

「さっき一期くんに聞いたけど、主は料理が上手なんだね。僕の出番はないかな」
「いえ、手伝っていただけるのなら…えぇと、これを炒めてくれますか」
「喜んで」

そう言って燭台切が準備に取り掛かろうとしたとき、ふとその視線が桜花の着物の帯に留まった。

「主、帯緩んでるよ」
「えっ」

腰元に視線を落とせば、黄色の帯の隙間から僅かに腰紐が見えた。

(そう言えば、午前中は書類仕事だからと少しだけ緩めたような…)

締め忘れていた、と女性としてあるまじき行為をしてしまい桜花は頭が痛んだ。
このままではまずいとは思うが、今両手は塞がっている上に汚れている。

手を洗ってから締め直そう、と桜花が水瓶に手を伸ばしたとき背後にいた燭台切が笑ったのが気配でわかった。

「ダメだよ、女の子なんだから身だしなみもきちんとしないとね」

まるで小さい子を諭すような言い方でそう言うと、彼はそっと桜花の帯に手を掛けた。

「!?」
「締めるだけなら僕がやるよ、そのまま真っ直ぐ前を向いていて」

返事を待たずに彼が少しだけ帯を解いた。
だらしないところを見られた挙句、刀剣とはいえ異性に結び直してもらうことになるとは。
その羞恥から桜花が軽く眩暈を覚えた時だった。

「貸せ」

すぐ後ろから山姥切の低い声がしたと思ったその瞬間、腹部がぎゅっと圧迫された。
顔だけ振り返れば、驚く燭台切を横に追いやった山姥切が桜花の帯を左右に引いて締めている光景が目に飛び込んできたのだが。

「〜〜〜っ、山姥切っ、もう少し緩めに…っ」

ぎうぎうと音が鳴りそうなほどに帯を締めてくる山姥切に、桜花が息も絶え絶えにそう声をかける。

「…緩んだら困るだろう」
「だっ、でも…っ苦しいから、流石に…っ」

お願いします、と最後は声にならない声で伝えれば彼の動きは止まり、それから少しだけ緩めてから帯を結び直された。
終わったのかすぐに山姥切は先程の定位置に戻って行った。

「ありがとう、山姥切」

振り返ってお礼を伝えるが、彼は布を深く被ってそっぽを向いており目は合わなかった。
代わりにくすくす笑う燭台切が視界に入って、なんだか妙に恥ずかしくなった。

誤魔化す様に再び野菜と向き合い、包丁を手に取る。
ちらりと山姥切に視線を向けると彼は既にこちらを向いて、また同じようにじっと見つめていた。
どっと襲ってきた気疲れに桜花がため息を吐くと、ふと横に並んだ燭台切がそっと屈んで桜花の耳元で囁いた。

「彼、ただ君と一緒にいたくてここにいるみたいだね」
「えっ」

声を上げて横にいる彼を見上げると、からかうような視線を向けられていた。

「僕が主の帯に触ったとき、彼にもの凄い勢いで取り上げられちゃって。それに吃驚してただ見てるだけになっちゃったけど、その時にわかったよ」

彼はわかりやすいね、と茶目っ気たっぷりに目を細めて言った。

(一緒にいたい…?)

山姥切がどういう表情をしていたのかは桜花から見えなかったし、結局燭台切に言われた意味もよくわからず先を急ぐため桜花は手元の野菜に視線を落とした。
考え事をして手を切らないようにしよう、と桜花が集中し始めたのを見計らい燭台切は自分に向けられる視線の元を辿る。
聞こえていたのだろう、山姥切がほんのり頬を赤くして燭台切を睨み付けていた。

(嫉妬して意地悪しちゃうなんて、子どもみたいだね)

そんな失礼なことを思えば、彼はそれがわかったように布を深く被って顔を隠してしまった。
桜花の腰元には随分と歪な結び目が出来ていた。





―――続

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