▼ 第十三章



山姥切が加わり、刀剣の数は十一を数えた。

「これで、この本丸にいる刀剣は全振りと見て間違いないでしょうか」

桜花は手元に記した刀剣達の名前を確認し、広間に集めた全員の顔を見渡してそう言った。
加州清光を除いた全員が揃い、彼らもまたこれ以上の刀剣をこの本丸で見た事はないとのこと。
桜花にとってはここからが始まりだった。

「では主さま、鍛刀をしてはいかがでしょうか」

隣に座るこんのすけがそう提案してきた。

「資源もございますし、やはりまだ十一振では心許ないでしょう。」
「…そうですね」

まだ少し憚られるが、今後のことを考えれば刀剣は多い方がいいだろう。
いつもの通り第一部隊を出陣、残りには内番を振り桜花はこんのすけと共に鍛刀部屋へと向かった。

「資源の量を調整することで、おおよその刀種を狙うことができます。槍や薙刀なども上手く使い、戦いをより有利にすることができます」

今この本丸にいる短刀、脇差、打刀、太刀とそれ以外にも種類があるとは知らなかった。
また粟田口のように兄弟のいる刀剣も多いらしく、彼らに会わせてあげたい気持ちもあった。

(それに、初めての鍛刀だし)

小夜、そして鯰尾に次いで目の前で刀剣が顕現されることを思うとやはり嬉しくて仕方がなかった。

「依頼札を使い資材の量を調整し、打ち上がった刀に力を送る。これで鍛刀は完了です」
「やってみます」

新たな仲間を思い描いて、桜花は部屋へと足を踏み入れた。



そんな桜花とこんのすけを廊下から見送ったのは前田で、彼はその背を見つめながら小さくため息を吐いた。
それに気付いた一期は微笑みながら前田に声をかけた。

「ため息を吐いて、どうしたんだい」
「いち兄…」

前田は一度だけ兄を見上げ、それから再びその視線を廊下の奥へと戻す。
そこには既に主の姿はない。

「羨ましいな、と思いました…」

ぽつりと溢された言葉に何のことかと一期は首を傾げる。
しかし我に返った前田は慌てて笑顔を取り繕うと、再び一期を見上げた。

「出陣の準備をして参ります!」

きちんとお辞儀をしてから前田は一期の前を後にする。
その背中はいつもと変わりなく、その小さな後ろ姿を見送りながら一期は目を細めた。

「前田…?」



数時間後にまた鍛刀部屋に来るようにとこんのすけに言われ、桜花は一度自室へと戻っていた。
鍛刀時間はその刀種により違う為、資材の量やその時間を記録に残しておき審神者同士で情報共有することもできるのだという。

桜花は忘れないうちに、と急いで紙と筆を手に取った。
資材と時間を丁寧に箇条書きし、それからその文字を目で追っていれば自然と笑みが零れた。

「早く、来てくれないかな…」

ほんの数時間がとても待ち遠しかった。



本日の近侍は小夜だった。
近侍という仕事がいかに重要であるかは、桜花も出先で親切な青年に教えてもらってある。
その為取りあえずはと日替わりで彼らに割り振ることにしたのだった。

一方、先程から自室に籠っている桜花に何をしたらいいか、と悩んでいた小夜はふと思いついてその手に盆を持つと宗三に手伝ってもらい淹れた茶と小さな茶菓子を乗せた。

「気を付けて」
「うん…」

宗三に見送られ、小夜は溢さないようにとそっと盆を見つめながらゆっくりと桜花の元へと向かった。
その途中、縁側を通りかかったときだった。

「前田が?」
「うん。よくわからないけど、すごく深刻そうな顔で」

近くの廊下で一期と鯰尾を見かけた。
小夜はそれを一見し、それから再び盆に視線を戻すと歩き出す。

「『鯰尾兄さんが羨ましいです』って言われて。でも何を羨ましく思うのか俺にはよくわからなくて、聞こうにもすぐいなくなっちゃうし」

どういうことだろうね、とへらりと笑って鯰尾は続けた。
一期は顎に手を当て思案した。

(今朝も同じことを言っていた)

気になることがあるとなれば、兄として出来る限りのことはしてやりたい。
そう思った時だった。

「あ、小夜」

鯰尾の視線が一期から外れた。
一期もそちらに視線を向ければ確かに小夜がいて、とても真剣に茶を運んでいた。

「主さんの所に行くのかなー」

言うが早いか、鯰尾はその場から駆け出しいつの間にか小夜の前までやって来ていた。

「小夜、主さんのとこ行くの?」
「うん。お茶持って行こうと思って…」
「じゃあ俺も行こーっと」

聞き捨てならない言葉が聞こえ、一期は呆れたようにため息を吐く。
主の邪魔をしないようにと咎め早く内番に引っ張って行かなくては。
そう思ってそちらに歩き出そうとした時だった。
声が聞こえたのか、桜花がそっと自室の障子戸を開けてそこからひょっこりと顔を出した。

「小夜、鯰尾」
「あー見つかっちゃった」

茶目っ気たっぷりに鯰尾がそう言えば、桜花は嬉しそうに笑って手招きをした。

「二人揃ってどうしたんですか?」
「遊びにきたんだよ、主さん暇してるんじゃないかと思って」
「きちんと仕事してますよ。…仕方ないですね、少しだけですよ」
「そうでなくちゃね、主さん。お邪魔しまーす」

足取りも軽く部屋へと飛び込む鯰尾に、少し遅れて小夜が部屋に入ろうとする。
その手元に茶と茶菓子があるのを見つけた桜花が目を見張った。

「もしかして、私に?」
「…うん」
「嬉しい。丁度休憩しようと思っていたの。ありがとう」

嬉しそうに笑いながら桜花がそっと小夜の頭を撫でる。
その瞬間、ほんの僅かだが小夜の表情が和らいだのが一期の位置からでも見えた。
もちろん気付いているのだろう、桜花は更に笑みを深めた。
その眼差しは愛しい者を見るそれだった。

「っ…」

その瞬間、一期は気が付いてしまった。
前田が言った言葉の意味が、今の自分が感じたそれと同じものであるということに。



時が昼を回った頃。
桜花は漏れる笑みを抑えられずに足早に鍛刀部屋へと急いでいた。
そろそろ新しい仲間が増える時間だ。

(誰が来るんだろうか…)

楽しみで仕方がなく、先程からそわそわしてしまっていたのを意外にも鯰尾に指摘されてしまって少し恥ずかしかった。
そんな事を思いながら先を急いでいた時だった。
鍛刀部屋の前に一期が立っているのが目に留まった。

「一期?」

何をしているのか、と桜花が尋ねようとしたとき、その表情がどこか寂しげなことに気が付いて足を止める。
一期は視線を床に落としたままそっと桜花に向き合うが、彼は口を閉ざしたまま一向に何も言葉を発しない。
困ったように笑いながら桜花は一期との距離を詰めるとその顔を覗き込んだ。

「どうかしましたか」
「……」

先程感じたことを桜花に伝えたいと思ってここにやってきた。
しかしそれをどう伝えればいいのか、と悩んでしまうとどうにも言葉にならない。

すると、桜花の指先が自分の指先に絡んだのが見えた。
手袋越しの温もりが、今はどこか寂しく感じた。

「一期。何でも言って下さい」

どこまでも優しい主を前にして、このまま我儘なこの想いを伝えても良いのか。
迷っているのが伝わっているのだろうか、桜花は辛抱強く一期が口を開くのを待っている。

少し時間を置いて、漸く一期が口を開いた。

「…今朝、前田がこう言っておりました。『羨ましい』と」
「はい」
「それがどういうことなのか、私にはわかりませんでしたが…先程、主と小夜と鯰尾を見て理解したのです」

絡む指先に力を込める。
細い桜花の指先は、それだけでも折れてしまいそうだと思った。

「前田も、私も…主が、貴方が顕現した刀剣ではない…。だから、小夜や鯰尾が…とても羨ましく思えたのではないかと」
「……」
「貴方に愛される彼らが羨ましい、と…」

桜花が僅かに表情を変えたのがわかった。

「そして、この鍛刀部屋にいる新しい刀剣もまた…貴方が顕現した刀剣となる。それが…羨ましいのです」

こんな話をして主を困らせるなんて、と一期は恥ずかしく思い強く目を閉じる。

互いに黙ったまま、僅かな時間が過ぎた。

「一期」

桜花の凛とした声に、一期は静かに目を開ける。
そこにいた桜花はいつもと同じく優しく笑っていて、その眼差しは先程小夜に向けられていたものと全く同じだった。

「それ程までに貴方達が私を主と慕ってくれていて、嬉しく思います」
「主…」
「顕現したのが前の主であれ今の私であれ、貴方も前田も私の刀剣です。そこに違いなんてないんです」

白い手が一期の手を握る。

「私は、今剣も堀川も、和泉守も宗三も、薬研に五虎退、山姥切も加州も…前田も、一期も。皆私の刀剣達。同じように愛しく思います。もちろん小夜と鯰尾も」

そう言って笑う桜花は主の顔をしていた。
それが眩しくて、そして嬉しくもあって一期は静かに目を閉じる。

「ありがとう、一期」

ぎゅ、と一度だけ強く握られた手を静かに握り返した。

「礼を言うのは、私の方です。主…」

向き合って手を握りあってから、少し間を置いて一期はそっと桜花から手を放した。

「お恥ずかしい…」
「お兄さんですもの、弟のことが心配なのは当然でしょう」
「それもそうなのですが…」

なぜ羨ましいなんて思ってしまったのか。
こうして、自分もこの人に愛されているというのに。

「前田も寂しい思いをしているのかもしれませんね。気を付けます」
「お手を煩わせ申し訳ない…」

気を取り直して、と一期が顔を上げればまるで鯰尾のように悪戯っ子のような表情の桜花がそこにいて驚いた。

「一期、貴方も。」

少し間を空けてから、一期の頬が真っ赤になった。





―――続


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