▼ 第十一章


青年に勧められた団子は甘すぎず柔らかくて、桜花の舌をも楽しませてくれた。
夢中になって頬張っていると既に食べ終えていた青年がこちらを見て小さく笑っており、桜花は恥ずかしくなって急いで食べた。

皆へのお土産はこれにしようか、と思案していたときだった。
ふと青年の近侍である刀剣の瞳が鋭くなった。

「騒がしいですね」

彼の視線の先を青年と一緒に追えば、この人込みの中でも更に目立つ人だかりが目に入った。
団子を咀嚼し飲み込んでいると隣にいた青年が立ち上がった。

「何だろう…」

目を細めて先を見ようとする彼に、桜花もまた腰かけたままそちらに視線を戻す。
しかしそれも束の間その人だかりは一変、突然波の様に綺麗に左右に別れた。

面白い、と見当違いなことを思っていると、その別れた人込みの真ん中から顔を紙で隠した人物が姿を見せた。
ここにいるということは間違いなく審神者であろう。
顔が見えないから何とも言えないが、人なのだろうか。
湯のみを手にして桜花がそう思っていた。

「あれは…」

上から青年の呟きが聞こえた。
顔見知りか、いや顔は見えないが、と下らないことを考えていた桜花だったが、次の瞬間にはその人物の背後に見えた人影に思わず目を奪われていた。

(!!)

濃紺の狩衣に描かれた金色の模様、上質なそれに身を包んでいるのは見た事のない青年。
しかしその美しさには衝撃を受けた。

綺麗、なんて言葉すら陳腐なものに感じるほど美しいその容姿は、周囲の視線をその一身に受けながらも堂々とそこを歩いている。
加え仕草すべてがとても優雅で、狩衣と同じ色の細やかな髪が、彼が歩く度に小さく揺れ白い肌にかかり何てことない所作の一つなのにやけに美しかった。
それ以上にその身から流れ出る神々しい力が彼がただ者ではないことを十分に物語っていた。

(あれだけ賑やかだった通りが…まるで誰もいないかのよう…)

その場にいる皆が口を閉ざし、熱心に彼らに視線を注いでいた。
ざり、と彼らが土を踏む音だけがその場に響いた。
いつの間にか目の前を通る彼らに、桜花も視線を捕らわれたまま目で追っていく。

先を歩くその人物の紙で隠された顔はやはり横からでもよくわからなかった。
しかしその直後、その後ろにいた美しい彼の眼差しが自分に向けられたことに気付き、その瞳と目が合った時には思わず湯のみを落としそうになった。

(三日月…)

睫毛に縁取られたその瞳の中には、輝く三日月が見えた。
それも一瞬のことで彼の視線はまた真っ直ぐ前へと向けられ、やがて彼らが立ち去ると周囲は徐々に賑やかさを取り戻してきた。

桜花が呆然としていると、青年が長く息を吐きながら再び横に腰を下ろした。

「いやぁ、驚いた…。まさかこんなところで見かけるとは…」

乾いた笑いを溢す彼に、桜花もまた冷静を取り繕って尋ねた。

「あの、先程の方々は…?」
「審神者の方は存じ上げませんが、連れていた刀剣男士のことならよく知っていますよ」

少しばかり興奮したような声音の青年を前に桜花は再び目を見開いた。

「あの方は、刀剣男士だったのですか…!」

言われてみれば確かに、醸し出す雰囲気は神のそれと相違ないものだった。
それにしても随分と印象に残る姿だったと彼らが去った方角に目を向けるが、もちろんその姿は既にそこにない。

「あれは三日月宗近。天下五剣の一振りで…その中でも最も美しいと言われている太刀です。彼は顕現率がとても低く…まぁ珍しい刀なのですよ」

彼は湯のみに手を伸ばした。
しかし中身は空で、彼は苦笑いして見せた。

「本当に珍しく、未だに手に入れていない審神者も多くおりますし…だからああやって入手している審神者は一目置かれるし、その美しさからか性能の良さからか、必死になって彼を求めている審神者もまた数多くおります」
「そうですか…」

目を奪われるのは確かだし、現に自分も視線を外すことができなかった。
まるで、焦がれていた夜空の月がそのままそこに在るかのように思えたほど。

「残念ながらうちにもまだいなくて。早く来て欲しいものですが…ああ、そんな顔して見るなよ」

聞こえたそのぼやきに彼の近侍が恨めしそうに彼を見ていた。
慌てる青年がおかしくて、桜花は声に出して笑った。

「彼ら刀剣からしてみれば、嫉妬の対象でもあるようですね」
「はは、おっしゃる通りで…」

居心地が悪そうに笑う彼と少しばかり不機嫌を滲ませる彼の近侍を見て、早く本丸に帰って自分の刀剣達との時間を過ごしたくなった。

「そろそろ帰ろうかと思います。今日はご親切にありがとうございました。」

茶屋を出てすぐに深く腰を折って青年に礼を伝える。

「いえ、こちらこそ。楽しい時間をありがとうございました」

律儀に返してくれる青年に、桜花はこんな友人がいたらなと内心思っていた。



『…なぁ、長谷部。彼女可愛いと思わないか』
『主は下心を持って接していたのですか』
『違っ、純粋に親切心からだ!!』
『そうですか』
『ああっ! 連絡先聞くの忘れてた!!』
『……』



青年と別れ、本丸へと戻った桜花を出迎えてくれたのは短刀達だった。

「あるじさまー!!」
「主君、おかえりなさいませ」
「おかえりなさい…!」

草履を脱ぐなり飛びつく勢いで向かってきた彼ら一人一人の頭を撫で、桜花は手に持っていた風呂敷を前田に手渡した。

「お土産です。さぁ、お茶にしましょうか。前田と今剣は準備をお願いします。小夜と五虎退は兄達を呼んできて下さい」

そう伝えると全員が一斉に各々の役目を果たす為に散らばって行った。
可愛らしい後ろ姿にくすくすと笑いながら見送り、桜花は着替えをすべく自室へ向かっていった。

「おかえりなさい」

途中堀川に声をかけられ、桜花は微笑みながら「ただいま」と返した。

「楽しかったですか?」
「ええ、とても。…そうだ、お願いがあるのですが」

小さく首を傾げる堀川がいつにも増して可愛く思った。

「お土産を買ってきたのですが、和泉守と一緒に“彼”の所に持って行っていただけますか」

堀川が大きな目を見開いて桜花を見た。

「三人で、仲良く食べて下さいね」

そう付け加えて桜花は自室へと入って行った。






「次からは必ず、誰かを連れて行って下さい。」

どうやら一期は桜花が出掛けたことを知らなかったようで。
弟達が知っていたのに自分だけ知らなかったことを怒っているのか、はたまた単身出かけてしまったことに怒っているのか。

「聞いておられますか」
「はい」

両方かもしれない、と桜花は静かに怒りを露にする一期に逸らしていた視線を戻した。

おやつにまたあの美味しい団子を食べよう、なんて軽い気持ちで広間に行けば綺麗な姿勢で座る一期がそこに既に待機しており。
表情こそいつもと変わらず穏やかに見えたがその瞳には怒りが宿っていて、流石の桜花も少しだけ足が竦んだ。
挙句弟達の前で怒られるとは思ってもいなかった上に、少し離れたところではなぜか五虎退がびくびくしながらこちらを見ている。
近くではこれ見よがしに団子を頬張る薬研と鯰尾がいて、その横に座る前田はまだ団子に手を付けていない。

(待っているのかな…)

可哀想なことをしてしまった、と考えていると一期の視線が少しだけ鋭くなった。

「主。」
「聞いています、一期」

先程の青年のところにいる一期一振はとても高貴な紳士のような振る舞いをする優しい刀剣だと聞いていたがうちは違うようだ。
この口煩さは九尾に匹敵するのでは、とまた意識を逸らしてしまったら一期が黙ってしまった。
まずいといち早く察した桜花は声を小さくして言った。

「以後、気を付けます…」
「よろしくお願い申し上げる」

一通り説教が終わると一期が盆を引き寄せて、桜花の前に煎茶と団子の皿を置いた。

「どうぞ」
「ありがとう」

それでも丁寧な態度で桜花に接し、それから膝行して少し離れた位置に付いた。

「主君」

ふと前に座る前田が桜花に小さく声をかけてきた。

「いち兄は主君のことを心配しているだけなのです。実は、先程も門の前に迎えに出て待っておりました」

それは初耳だ、と桜花はちらりと一期を見やる。
彼は目を伏せて優雅な仕草で茶を飲んでいた。
桜花は目線を前田に戻すと、少しだけ声音を落として言った。

「素敵なお兄さんね」

すると前田は照れたように、それでも嬉しそうに笑って漸く団子を口に運んだ。






―――続

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