09


だめだ、逃げ出さなくては、ここから、いますぐに。この如何ともし難い、ディオの腕の中から。ずりずりと足を突っ張って上へ上へと動いても、未だ呼吸もままならない痺れた身体では到底それも無駄というもの。そんなことは分かっていた。折角承太郎が引き上げてくれたものがこのままでは一息の間に壊れてしまうことも同時に私は理解していた。涙を垂れ流して無様に蠢く私の反応を見れば私と空条承太郎との間に在る関係性はディオにとって明白なものであるはずなのに、彼は私のこの口から肯定の言葉を聞くことを望んでいるらしかった。つまりそれはあの優しい承太郎の死を意味するんだ、同時に、ホリィさんの命も……。
彼の残酷な詰問から逃れられるなら何だってする、そう思った。私が認めさえしなければ彼らの命は助かるんじゃないかと、甘い考えだということは至極明らかなのに、うんと言ってはいけないんだと。

「どうしたというのだ、なまえ、答えろ」

それでも私が言葉を発しないのはその理由だけではないんだ、ディオ、ああ、息ができないんだ、息を吐き出すどころか、吸うことさえできないんだ。秒針が進むごとに彼の苛立ちが増して行くことは重々承知していたけれど、首を横に振ることしかできなかった。

「……ふん、そんなにジョジョが大切か。良いだろう」

酷く無感情にディオが呟いたのを聞いた次の瞬間には、彼が大声で誰かを呼ぶのが分かった、テレンス、ああ、テレンスが来る、テレンスが来る!彼のスタンドが来る、このひとはあくまでも私に引き金を引かせるつもりなんだ、そんな、あなたはなんてことを。
慌ただしく扉が開いてテレンスが驚いて声をあげている、なまえ様、と、

「や…だ、ディオ……ディオッ…」
「なまえ、おまえに質問する」

ああ、だめだ、分かってしまう。承太郎との関係が暴かれてしまう、彼が殺されてしまう!
瞼をかたく閉じた、耳を塞いだ手はディオによって容易く引き剥がされて、私が彼の質問を耳にするのは最早時間の問題だった。

「空条承太郎とおまえは関係を持ったか」

その一言は予想に反して酷く静かに私の鼓膜を揺らした。思考を止めることは出来ない、だめだ、ああ、テレンスに知られてしまう、

「ッDIO様、恐れ多いことは承知の上ですが、これは、」
「……テレンス、二度言わせるな。死にたくなければわたしの手を煩わせないことだ、もう一度聞く、なまえ」

ぼんやりと掠れた暗闇で、私のすぐそばで俯いたテレンスから薄明るいものが浮かび上がるのが見えた、あれがテレンスのスタンド、なんだろう。あと一呼吸のうちに暴かれてしまう、だめだ、もう、どうしようもない、唖々。

「空条承太郎は、お前の想い人か」

くわんくわん、と頭の中で耳鳴りとも鈍痛とも表現し難い感覚が私を支配して、無駄なことと分かっていながらもテレンスの腕を半ば衝動的に私は掴んだ。一際大きな波が押し寄せた直後テレンスが息を詰まらせたかと思うと、彼の後ろで控えていたスタンドが姿を消した。