03


承太郎との初めてのキスはいつだったか。残念ながら具体的な日時は覚えていないものの、春の足取りを感じる暖かい冬の日だったことは確かだ。
下校途中夕暮れの日差しに目を眩しそうにしながら、こちらの了承も得ないまま彼は唇を奪ったのだった。後頭部に回された掌と不器用に押し付けられた唇の感触に驚きはしたものの、少しも嫌ではなかったものだから、"自分はきっと彼の事を男として好きなのだろう"と思った。

桜の木にも若葉が出始めた今となってはその行為に少しは慣れもしたのだがそれでも、となまえは鞄に荷物を詰め込みながら眉を顰めた。今朝の一件の後顔の火照りが引かずについさっきまで苦しんでいたのだ。幼馴染としての彼は途轍も無く硬派であんな事をするような男ではなかったのに…。鞄を抱え込んだとき廊下から自分を見ている承太郎に気が付いた。

(もしかして一緒に帰るつもりなんだろうか?)

なまえは頭の中がお花畑で出来ているような女とは違ってやたらと恋に恋する人間ではない。必要以上に見せつけるようなことは嫌がったし、相手に自分だけを見て欲しいとも思わなかった。

(心変わりしたらそれまでだし)

屋内ではくすんで見える彼の緑色の瞳に向かって足を運びながら、なまえは内心呟いた。彼女にとって大切なことは、
いまこの瞬間に彼のことを少なからず"好きだ"と思う気持ちだけなのだった。