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「そういえば」

と、なまえが少々上方を見上げて口を開いた。上方というのは、即ち、承太郎であり、緑色の瞳である。彼がその先を促すような含みを持った視線を投げて寄越すのを見計らってから、なまえは 、

「今朝言ってたじゃない、
聖子さんがどうとかって…」と。
「ああ、忘れてたな、そういえばそうだ。
お前に会いたがっていたんだ。
家に寄ってないだろお前、最近。」
「…たしかに…2、ヶ月?や、もっとかも…」
「でもあんまり甘えすぎるのもどうかと思って。今は、帰りにくいわけでもないし…」

一通り考えていたことを言い終えてから、穏和な微笑みを携えて挨拶代わりのキスを頬に落としてくれるホリィのことを考えた。
彼女は優しい。承太郎と幼馴染であるなまえに対しても、惜しむことのない愛情を与えてくれてきた。……まるで、実の娘に対してのそれのような。
そこまで考え至ったときなまえは頬を刺す西日を"痛い"と思った。何故ならそれは、隣に並んで歩く承太郎と、それから自らの血統に対して思考が及んだからに他ならない。
自分に好意を寄せている承太郎。余すことない愛情を捧げてくれるホリィ。反抗期を装ってはいるものの息子は母親を愛しているのだろうし、母親は紛れも無く自分の命よりも息子を尊んでいるのだろう。
彼らに対して、未だ自らの実態を掴まないままの自分と、それから、それから…。いや、いま考えるのは止そう。

「久し振りに会いたいな、聖子さん」
「寄って行けよ。今更気を使うような仲でもないだろ。お前と、俺もお袋も。」

と、承太郎はなまえの頬を指先で抓りながら言った。少し照れ臭そうでもあったし、彼女を気遣うようでもあった。しかしなまえは下を向いていたので彼の表情が分からず、それはあくまでも想像の域を越えることはなかった。恋人の言葉に頷きながら、彼女はこの凡庸なやりとりに少し愛しさを感じた。