02


「よう、元気か」
「お陰様でふつう。」

頭3つはあろうかという身長差を縮めようとしたのか、承太郎は屈みこむようにしてなまえに声をかけてきた。特別仲睦まじいところを見せつけたわけでもないのに、彼を取り巻く女たちの視線には何か鋭さの様なものが含まれている。

「おふくろがお前と話したがってるぜ」

共通の敵を見出して一種不思議な団結をし始めている女たちから逃れようと身を捩って校門を通り抜けた刹那、承太郎がそんな事を口走った。この男にとってなまえの速足は平常運転に当るらしい。折角数メートル引き離したのに3秒後には後頭部を軽くどつかれてしまった。

「なに急いでやがる?始業にはまだ早いだろ」

全くこの男は…。と、なまえは内心毒づいた。客観的に状況を把握するのは苦手らしい。出来る上での行動なら相当な悪意だ。
休まず足を動かしながらちらりと後ろを見やってから、彼女は漸く口を開いた。というのも、先ほどの女たちが置いてけぼりを喰らったのを確認したからである。

「自分がどれだけ人気者なのか自覚を持って欲しいな、是非とも」
「ああ?なに言って…」

と、どうやらまだ分かっていないらしい承太郎の腹になまえがパンチを繰り出す。彼の鎧の様な分厚い腹筋を見れば大して痛みがないことは百も承知だが、別にいい。注意を引く事ぐらいは出来ただろう。

「女子諸君様に大人気の"JOJO"と仲睦まじいとね、あんまり嬉しくないことされるの。」

"JOJO"を強調した言い方に承太郎は眉を潜めた。彼は友人を持て余すタイプの人間ではない。周囲の人間に"不良"と呼ばれ、その印象だけで好かれたり嫌われたりする彼にとって、気を許せる相手というものは血縁者以外にそういるものではなかった。彼に偏見を抱かず、そして浅薄な女たちと違い見返りを求めないなまえはその中の貴重な1人なのだが、この言い回しは何とも気に入らない。

「つまりなにが言いたいんだ?」

幾分苛立ちを露わにするとなまえが口を開きかけた__が、声は出させなかった。
最初から答えを聞きたくてした質問ではないのだ。

「分かってないふりをしたい様だから言っておいてやる……しかしお前はどうしてこうも意地を張るんだ?欲しいものを得るためにはどんな手段も辞さないくせに、手に入った途端に放り出しやがって。こんな馬鹿げたことがあるか?
この世には人の噂にのぼることよりも酷い事がたった一つだけある。噂にされないって事だ。お前が隠したがってることは学校中のどの女よりもお前を上に置くし煩い女どもを羨ましがらせるだろうよ、あいつらに状況を飲み込む能力が残っているとすれば、だが」

全てを言い終えた彼が深く息を吸い込んだのは言うまでもない。彼自身自分がこれほど饒舌になるとは思っていなかったのだから、目の前のなまえが驚きで際限なく目をしばたくのも無理からぬことであった。

「つまり、」

自分が核心に触れずに息が切れたことに気が付いて承太郎は急いで言葉を整理した。なまえが圧倒されているあいだに言ってしまおうと思ったのだ。

「俺たちの関係を隠す必要なんかどこにもないってことだ。お前が最初からそういう気がないってなら別だけどよ」

彼は話しながら下駄箱に凭れかかったことを後悔する。外からくる日光を自分が遮って相手の顔が見えないことに気が付いたからだ。
しっかり目を合わせたかったが、態々動いて見せるのも癪なので結局動かなかった。なまえは無言で靴を仕舞い込み、少々乱暴に上履きを地面に落としている。返事を促そうとしたとき漸く彼女は口を開いた。

「別に、そういう気がないわけじゃ、ないよ」
「…正直に言うと、お前がこんなに見栄坊だとは思わなかったぜ」

そう言うが早いか顰めっ面のまま素早くなまえの唇に口付けると、抗議の応酬を喰らう前に承太郎はさっさと教室への階段を上って行った。