05


いつかと同じように、このDIOの身体に縋り付かんと鼻先を近づけるなまえがわたしに他の男の面影を見出しているのはとうに気付いていた。姿形が似ているのか、ともするとそれよりもずっと曖昧な漠然とした理由からなのか、なまえが自ら口に出さない限りはわたしに知る由はないが、構わない、と思ったのだ。わたしにとって目の前の女は慣れ親しんだ愛おしいものであり、同時に見ず知らずの極東の小娘に過ぎないのだから。良くも悪くもなまえとわたしは同じ袋小路に逃げ込んだと言えよう。なまえの名を聞き姿を目にした瞬間にわたしがした小さな決断は、たったいま愛情に飢え渇いた彼女が手を染めんとしている過ちよりも遥かに重く永く、そして罪深いものと成るのだろう。今や亡骸を見ることすら叶わぬ女の代わりにこの脆弱な小娘を受け入れたとして、わたしが彼女に赦されるわけでも、ほんとうの意味でなまえを愛しているわけでもないのだ。表面上で求めあっていようとも、本質では互いに遠く離れたものを見ている。今こうして抱き合っていながら、なまえはわたしとは違った明日を見ているのだろう。
だが……いや、だから、どうだと言うのだ。間違っているからといって、それが何だと言うのだ。互いに正しさを求めているわけではない。
抱き締めた腕の中のなまえが見せた首筋には傷跡など一つとしてなく、鮮明に蘇った記憶に思わず眉を顰める。なまえが百年前と同じ表情で涙を流している。

来ぬ人を待っていた。
今となっては指にも触れ得ぬあの女を、わたしは待ち侘びていた。細く湿ったあの指が、わたしは誰より欲しかった。その手ずから赦しを与えられたなら、それ以上の喜びはもう二度と得られないだろうとまで考えたのだ、このDIOが。

「同じなのだ、なにもかもが……。かつてわたしが慈しんだ女と、お前は、寸分の違いもなく。……わたしを蔑むか?お前を慈しむことに深い理由などない。お前を愛した、ただ、それだけのことだ」

極東に生きている取るに足らない男をこのDIOの中に求めるなまえをわたしが受け入れたように、なまえの中に亡くした女の面影を見出すわたしの不毛な愛情を彼女もまた受け入れるのだろう。
未だ涙に濡れたままの瞳に驚きを称えながら固唾を呑んでわたしを見つめ返すなまえに死んでいった女を思った。ああ、これほどまでに惑わせる、お前も同じく罪深いのだ。もしもお前がほんとうのなまえで、なにかの理由で生きながらえていて、このDIOの記憶を失くしているのだとしたら。もしもそうだったとしたなら。有り得ないと分かっていながら、僅かばかりの可能性を捨てきれないのだ。もう二度と。…………。



泣き疲れて眠りに落ちたなまえを眺めながらわたしもそのまま意識を手離していたようだった。何処からか山査子の香りを運んで来た仄かな風に呼び戻されて目を覚ますと、なまえはわたしの腕の中から居なくなっていた。開け放した窓から真っ黒な闇を見渡すと、なるほど山査子の白い五弁花が、地上で月光に美しく映えていた。
ああ、何処へ行ったのだろうか。懐かしい香りを、身につけて来たひと。