04


頬に当たる"彼"のからだが冷たかった。瞼の裏に描いた承太郎に抱き締められて、私はさざめいていた心が徐々に静まっていくのを感じていた。
ああ、これが、私の"居場所"だ。いま、私がここで生きている"理由"だ、これでいい、これで。承太郎を近くに感じられればいい。筋肉に埋れた背骨を上から撫で下ろすと、大きな背中がびくりと慄く。私はディオがベッドに伸ばした足の上に抱え上げられて、上からしがみ付くような体勢をとっていた。分厚い胸板に顔を押し付けて硬く目を閉じていると、彼の掌がまるで割れ物でも扱うときみたいに柔らかく私の頭を撫でて、それからすぐに額に冷たい感触が降りてきた。犬みたいに冷たい鼻先が耳を掠めてディオの声がなまえ、と私の名前をなぞる。それに反応して私が顔を上げると、彼の両方の掌が私の顔を挟み込んだ、右の目の下を親指で撫でてディオは、私の首筋を見遣って少し眉根を顰めた。ああ、どうしてそんな顔を。

「……分からんな……だが……」
「え?」
「お前を知っている。なまえ」
「ん……それってどういう……」
「……私は似ているのか?お前の想い人の、誰某と」
「……」

どうしてそんなことを、いきなり。なんだ、あなた、私の奥底のきたない部分を分かってて、こんなふうに……。私は今まさにあなたを利用しようとしたばかりなのに、それなのにどうして私を弾き返さずに抱き返してるんだ、どうしてそんな優しい顔をしてるんだよ、どうして。私が欲しいのはあなた自身じゃなくて寄り添ってくれる"彼"なのに。私の思想を理解して、受け止めてくれる"彼"なら、誰でも良いってことも分かってるはず、なのに。

「……なんだってお前が泣く必要があるのだ?お前が悲しむ必要はない。なまえ、わたしはそんなことに怒ったりはしない」
「ディオ……だって、私、あなたを……利用しようとしてるよ、あなたに良くないことをしようと……ごめんなさい、私……」
「なまえ、取るに足らない、くだらんことだ。お前が求めるものがわたしであろうと、なかろうと。お前とわたしにあるのは事実だけ。互いに欲している、それだけだ」

ああ、頬を寄せて私の頭を慈しむように撫でるディオときたらまるで、私にとっての"完璧"で。あなたが私を欲しがってるだなんてどうして。私はこの館では全くと言っていいほど機能していないのに、私なんかがこんな無責任な理由であなたにしがみ付いてもいいのか。あなたはそれを受け入れるのか。私みたいな、何も出来ない小娘を。

「ね……ディオ、私を弓で刺してよ、そうしたら私、なにか、できることが」
「言っただろう、あれは危険だ。スタンドの素質がない者が刺されると、死に至るのだ。論外だな」
「じゃあどうして私がここに居るの、だってあなた、私の力が使いたくてここに連れてきたんでしょう?私のスタンドがあなたにとって特別だって、あなた、言ってたじゃない」
「……」

そうだ、虹村に運ばれて遥々このエジプトにやって来た私が始めてディオと対峙したあの時、彼は確かにそう言った。私のスタンドが欲しいって、そのようなことを言ってた。おかしいじゃないか、私にスタンドの素質が無くてそれが理由で死んだとしたって、なんの不利益もないはず、じゃないのか。

「いやなんだ、我慢出来ないんだよ……与えられてるばっかりっていうのは。与えられた分、相応のものを提供していないと……ただの気休めかもしれないけどそれでも。そうじゃないと、私がここに居ても、居なくてもいいんじゃないかって……、それとも、私が死んだら困る理由でもあるの?」
「…………待っている」
「?」
「……来ぬ人を、待っている。指にも触れ得ぬある女を、わたしは待ち侘びている。……細く湿ったあの指を、わたしは誰より欲しかった。……そしてなまえ、お前がわたしの前に現れた」

渇きかけては居るものの未だ涙に濡れたままの私の頬にディオが舌を這わせた。身震いを押し殺す。彼の掌に顔を挟み込まれたままでは、身を引こうにも引けなかった。ディオはどこか夢を見ているような面持ちで、さも愛おしそうに再び私の頬に彼のそれを寄せた。

「同じなのだ、なにもかもが……。かつてわたしが慈しんだ女と、お前は、寸分の違いもなく。……わたしを蔑むか?お前を慈しむことに深い理由などない。お前を愛した、ただ、それだけのことだ」
「…………」

ああ、ディオ、そういうこと……。つまりあなたも私と同じことを。お互い欲しいものの幻を互いに見出している、お互い利用し合っている、あなたの場合愛した女性の面影を私に重ねて。ああ、そういうことか。だから私を生かしておくのか、弓で射抜いたりせずに、側に置いて。居なくなった"彼女"の代わりに私を愛してるのか、まるで私がディオに承太郎を見出しているみたいに。

「なまえ」

ディオの口から掠れた声が滑り出て私の鼓膜を揺らした。酷く悲ししそうな顔をしてディオは私の肩口に顔をうずめて、二度と離れるな、と言った。吸血鬼は右も左も分からないたかが小娘に、愛している、と。
ああ、あなたも私と同じ、お互い利用し合ってる共犯なのか。