07


「誰に必要とされるか……」

ああ、ああ、分かってる。それは分かってるんだけど、私は弱いからどうしても。……。
父親を憎みながらも依存しきっていた私は、いまたぶん一生懸命にあの男の代わりになる誰かを探してるんだ。承太郎がそうあってくれると思っていた。あの夜、私が虹村に誘拐されるそのときまで。彼の掌は不器用ながらも自信に満ち溢れていたし、緑色の澄んだ瞳は揺らぐことなく未来だけを見つめていたから。彼も私にはないものをたくさん持っていたんだ、私が憧れるような人間だった。しかしいま、承太郎は隣には居ない。彼は遥か彼方の日本にいて、私はあの腕に抱き締めてもらうことも叶わない。だけど……いや、だから、心の支柱を失くしてしまった私は、少しでも誰かと繋がっていたくて、こうして。
少しばかり黙り込んだ私をディオは微かに息を吐き出しながら見遣って、なまえ、と名前を呼んだ。

「その話はおいおいすれば良い。次はわたしの番だろう?」
「え……ああ、うん」
「ふむ……お前が知らないこと、か、多すぎて決めかねるな。なにか質問しろ」
「えっ?いいの?じゃあ……」

いきなり話をふられて混乱した私はありすぎると言っても過言ではない疑問を急いで頭の中で吟味して、これは聞いても良いのかと思いつつ、でもまあ聞けと言われたんだから良いだろう。どんな家庭で育ったのか、どういった経緯で吸血鬼になったのかを聞いた。ディオはどこか腑に落ちないような顔で、片眉を上げて言う。

「それで一つの質問と言う勘定なのか?」
「まあ良いでしょ?確実に私の方が知らないこと多いんだから」

ディオは私を小馬鹿にするように鼻で笑って、なんとも言えない表情__遠い目、と言うのだろうか__で私を見遣ったあと、顔を天井にすこしばかり傾けて薄く目を閉じた。ああ、思い出してるんだろうか。とてつもなく遠い昔のことなんだろう、きっと。百年前だなんて言うんだから。

「……1867年のイギリスだ。大酒を煽る屑同然の下衆と、清く誇り高い、見ず知らずの他人に施しをするほど優しい愚かな女の間にわたしは生まれた。なまえ、お前には想像もつかないだろうが、まあ無理からぬことだろう。飢えに喘ぐほどの貧民窟だった。母親はわたしが物心つく頃に死んだ。理由は分からんが……過労か、病気か。或いはあの男に殴られた傷が原因かも知れないが、いまとなってはなんとも言えんな。毎日のようにわたしは賭け事で酒代を稼いでいた。強奪することもあった、法など存在しないほど、どぶにも劣る貧民窟だったのだ。
わたしが十四のときに父親は死んだ。酒と女にしか興味が無かったあの下衆も死ぬ間際になって初めて、わたしのためになることをした。あの男の計らいでわたしは上流貴族に養子として引き取られることとなり……そこで七年間暮らした」

私は今までになく流暢に話すディオを固唾を飲んで見つめていたのだけれど、前振りもなく彼が話すのをやめて私の方に赤い瞳を向けてきたものだから、相槌をうつのに一瞬戸惑ってしまった。なにしろディオの語り口は私が想像していたものとはまったく正反対のもので、私はてっきり、ディオはそれこそ血統書付きの上流貴族の出で、寝ても覚めても煌びやかな生活をおくっていた、なんていう過去を想像していたんだ。それがどうだ、私なんか経験したこともない飢えに苦しんで、聞くところ実父を父親と呼ぶのも嫌気がさしているみたいだし、母親は悪い人じゃないみたいだけどきっとディオは良くは思ってない、気がする。そして貴族の養子にはいって七年間、それからは?

「……それから、あなたはどうしたの?せっかく安定した生活を手に入れたのに」
「……その貴族には息子がいた。偶然か必然か、わたしと殆ど同じ年頃だった。その男は父親と似て笑ってしまうくらい綺麗事を信じ込んでいる男で、名前は、ジョナサン・ジョースターといった」

そこでちらりと、ディオがまた私を見遣った。私はうん、と相槌をして先を促す。

「なまえ、わたしは当時飢えていた。反吐が出るほど荒んだ貧民窟から抜け出し、上流貴族に引き取られたわたしは、生ぬるい環境で生きてきた奴等とは比べ物にならないほどに、文字通り、すべてを欲しがった。それまで自分が手に入れられなかったすべてのものが欲しかった。その中で最たるものだったのが金だったのだ。わたしはジョースター家の遺産を手に入れようとした。……既に遺産を受け取るための正当な権利は手にしていた」
「…………」
「すべてが整ったとき、わたしは養父を……ジョナサンの父親を」
「……ディオ」

聞かなくても想像のつく悲惨な結末を遮ろうと私が思わず口を開きかけたのをディオは片手で制して、私の目をしっかりと見据えながらはっきりと、殺した、と言った。ああ、あなたはいったいどんな人間なんだ、くらりと眩暈を感じながら私は自分の思考回路がくしゃくしゃに絡まっていくのを自覚した。