06


あなたは私が求めていた"完璧"だと思った。それはおそらく誰もが憧れるもので、私にとっては父親であり、それでいて神様の象徴みたいなものだった。もちろんそれは今も変わらず私を突き動かしていて、そのために私は生きていると言っても強ち間違ってはいない。何よりも優れていると思っていた父親の虚像は今となっては恐ろしい呪縛で、私の二本足をいつまでも過去に縛りつけて離してくれないんだ。かつて私があの男に感じたカリスマ性や、他を遥かに凌駕する説得力をもつ誰か、もしくは何かが現れれば、そのとき初めて私は父親から開放されるんだと思うんだ。私があなたに何処か惹かれたのは、あなたがまさに私を父親から開放してくれるアリアドネそのひとなんじゃあないかと、心のどこかで感じ取っていたからだと思う。



「じゃあ、私から?そうだなぁ」

濡れた髪を拭くのもそこそこに頭を過去に働かせて記憶の迷宮を駆け巡る。ディオは寝台の背凭れに上半身を預けて早くしろとばかりに私を薄目で見遣った。
相手が知らない自分の情報を、一つずつ、順番に。これは私が提案した方法だ。言いたくないことは言わなくていいし、質問は不要。教えてもいいと思った情報を、交互に開示し合う、ただそれだけだ。されど相手のことを知るには十分だろう、私とディオみたいな奇妙な距離感の人間には特に。たんに、私がディオのことを知りたいっていうのもあるけど。

「うーんと、じゃあ……私の父親のことは知ってたよね?ああ、そう……じゃあ私が父親をどう思ってたか」

低い声がディオの喉から聞こえた。たぶん先を促しているんだろう、私は言葉を頭の中で簡単に纏めてから、口を開いた。

「なんていうか、あなたみたいなひとが聞いたら笑っちゃうような話かもしれないけど、私ね、小さい頃から自分の父親がこの世界のすべてだと思ってた。父親に褒められるために生きてきたんだ。私の行動はすべて、父親に認められるための最善の選択から成り立ってた。でも、父親があんな風になったでしょ?途端に私のアイデンティティも、消えてしまったような気がしてね」

ゆっくりと出来上がった文章を吐き出しながら、私はどこか遠いところから自分を見ているような感覚に陥った。ああ、この子はなんて愚かで、そして、宙ぶらりんなんだろうか、と。承太郎に見出しかけていた自分の居場所も掌から零れ落ちていってしまったし、なんて様なんだ、今のこの状況は?お前はなにをしている人間なのかと聞かれても、きっとなにも答えられない。
ディオは抱えたハードカバーを読むときのように目を伏せている。呆れてるんだろうか?それとも哀れんでる?ディオに限って心の内なんか分かるはずがないけれど、彼に失望されているとしたら、と考えると、胸のどこかがチクリと痛んだ気がした。言葉に詰まったとき、ディオがおもむろに口を開いた。人間は、と彼は呟いて続けた。

「人間は、脆弱なものだ。何かに寄りかからないと生きていけないほど。友人か、恋人か、血縁者か、それともこのDIOのように圧倒的な絶対者か、或いは宗教もそうだ。誰もが信じたいものを信じている。お前の場合その対象は父親であり、その男のために生きてきたことは決しておかしなことではない。アイデンティティ、と言ったな。なまえ、父親が堕落してお前は自らの存在意義が不明瞭になっているのだろうが、万人によって必要とされる個人など存在しないのだ。重要なのは誰に必要とされているか、だと私は考えるが」