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昼夜逆転した生活を送っているディオに私が文句を垂れたのが原因だった、ような気がする。実際、この館では果てしなく手持ち無沙汰な私はディオと話をすることしか有意義と呼べる時間の過ごし方が見つけられないので、良い折だと思って文字通り文句を垂れたわけである。事態を改善するための提案をするわけでもなく、ただ不平を。
「昼間中寝られたらやることが無いんだけど」
とか、そんなようなことを言ったと思う。すると暗くなってから寝床から這い出してきてやたらと清々しい顔をした彼は、特に悩むわけでもなくさらりと言葉を吐き出した。自分でなにも提案せずにこんなこと言うのもアレだとは思うけど、それにしてもディオのアイデアは突飛すぎた。しばらくの間理解が追いつかずに私が瞬きを忘れるくらいの威力はあったんだから、相当だ。
深夜に睡魔と戦う私と話していても得るものが無いから、と言って彼は私にも昼夜逆転した生活を強いてきたのだ。まぁ、ここまでは分からなくもないんだけど、問題はここからだ。ディオは要らんところで合理性を主張して、いちいち呼びに行くのが面倒だとかなんとか、詰まるところ私に同じ部屋で寝ろと言ってきたわけだ。はっきり言って、なにかまちがいが起こってしまうような色っぽい関係でもないし向こうにそんな気が毛頭ないことは分かりきってるから別に構わないといったら構わないんだけど、どこかよろしくない、ような気がして私はきっぱり断ったのだ、けれども。一度心に決めたことはなにがなんでも、みたいなタイプらしいディオは涼しい顔で上司の特権を行使してきたのだからこれはもう、どうしようもない、と思う。命令されたら従わなくちゃいけないものだから。

そんなわけで三日前から言われた通りに同じ寝台で寝ているわけだけども、正直言って、あまり一人で寝ているときと変わらない。マネキンよりも端整な顔立ちのディオを横に眠るのは恐れ多い気はするけれど。時折こちら側に投げ出される長くて筋肉質な腕が重い、そのくらいの感想しか思い浮かばなかった。そのことを除けばディオは寝相が良過ぎるくらいだし、確かに合理的でいい選択だったかもしれない、と思い始めたころ、この館に来てから久しぶりに、鮮明な夢を見た。

承太郎が出てきた。
どことも分からない真白い空間には私と承太郎の二人だけで、なまえ、と、彼が私の名前を呼んだ。私がなにも言わずにいると承太郎は大きくて少し冷たい掌で私の片頬を包み込んで、もう一度、私の名前を読んだ。
その瞬間に意識は完全に現実に引き戻されて、遠いエジプトの地にいることと承太郎に会えないことを唐突に思い出した私は、目の奥から急にじわりと零れだした涙を止めることもできなくなって、周りも憚らずに大声で泣いていた。承太郎はいつも通りの優しい掌で私の背中を抱え込んでゆっくり摩りながら、泣くな、と一言、私が彼の名前を繰り返し呟きながら嗚咽を止められずにいると、ゆっくりと承太郎は掠れていって、引き止めることも叶わないまま、私の前から消えた。

起きたときには枕の目元がじわりと濡れていて、ああいまのは夢か、と、漸く意識が冴えてきた頃合いに微かな物音を立ててシャワールームの扉が開いて、そのときやっと私は隣にディオが居なかったことに気付いた。どうやら、日が沈んで間もないらしい。ディオは濡れたままの髪を掻き上げることもせずに扉の前に突っ立って私を暫し見つめてから、手にした厚手のタオルで髪を乱して、一言、起きたのか、と。

「ん……おはよう」
「ああ」

今となっては、もう、上半身になにも身につけない彼の姿にも慣れてきた。と言ってもさっきの夢のこともあって、多少気まずく感じるこの空気を入れ替えたい、目が腫れてるようでもないからディオは私が泣いたことは知らないだろうけど。
ディオに私もシャワーを浴びる旨を告げてシャワールームの扉を閉めた。うん、やっぱり目は腫れてない。久々に承太郎を見られたんだから、さっきのはきっといい夢だ。
シャワーが終わったら気分を切り替えてディオと話をしよう。今日はなんの話をするんだろう?今日もきっと有意義な議論になるはずだ。