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このご時世、執事というものがいったいどういう人間なのか、生まれてこのかた平民だった私には皆目検討がつかないのだけれど、成人男性の常識の範囲内での生態くらいは分かる。大抵の場合女よりも背が高いとか声が低いとか、運動能力が優れてる、だとか。
昨日、ヴァニラの案内でテレンスの部屋に到着して、彼が無類のテレビゲーム好きだと知ったとき私は結構な衝撃を受けたのだけれど、この際それは目を瞑ろうと思う。執事がゲーム、という図式はかなりの違和感があるものの、正直に言ってしまうとそれは大した問題ではない。なぜなら、振り返った彼が大層愛おしそうに少女の人形を抱えていたからだ。私を釘付けにしたブロンドの可愛らしい人形がテレンスの腕の中で苦しそうに呻きだしたのを聞いてしまった、あのとき私が喰らったダメージは兎にも角にも計り知れないもので、なにしろ恐怖を通り越して表情筋が勝手に笑顔を作り出したのだ。あまりの恐怖に笑いだしてしまう人間の不思議な習性は先述した通り。結果的にその場はさっさと退散してこれは後からヴァニラに聞いた話なのだけれど、なんでもあの執事は無類のテレビゲーム好きな上に、負かせた相手の魂をお手製の人形に詰め込んでしまうとかなんとか。ああ、なんだか……最早疑わないけれど。スタンドとかいう超能力なんだろう。ヴァニラによれば能力を決定づけるのは使い手の性格だとか。つまり、あの執事は見かけ以上に負けず嫌いで猟奇的ってこと?言うまでもないけれど私はテレンスと絶対に勝負をしないことをヴァニラに誓った。
そしていま、私はいったい何をしているのかというと、ずばり朝食を頂いてるわけで。いままで朝食をまともに摂る習慣なんて身についていなかったから有り合わせで良いと言ったのだけれど、どう考えても普段私が食べていた昼食よりも美味しいものをあてがわれた。いや、まぁ、美味しい分には嬉しいんだけど。朝から消化に悪い、と言うのも目の前でテレンスがスタンバイしているからで、私の一挙一動僅かの間も目を離してくれないからだ。あんな話を聞いてしまった手前、この執事は私の中の怖い人リストに追加されたばかりなのだ。

「……美味しいです……」
「然様でございますか、結構なことですね」
「……」
「……」

シーザーサラダのレタスをつついていた私は漸く生ハムに辿り着いた。いや本当に、お金を払いたいくらい美味しいのだけれど、この空気!私が勝手に怖がってるだけと言ってしまったらたしかにそれまでだけども。私が中身を飲み下した直後のコップにミルクを注ぎ込みながらテレンスが顔を覗き込んできた。思わず目を逸らす。苦し紛れにガーリックトーストに手を伸ばしたら、テレンスがどこか面白そうに口を開いた。

「私のことを怖がっているでしょう」
「……なに急に……怖がってませんし」
「嘘を仰い、私には分かりますよ」
「……な……」

なんなんだこいつ、私そんなに怯えた顔してたのか?そんなはずない、と思うけど。……くそ、このやろう、貴方が一番普通の人だって信じてた私の希望を返せ!

「ヴァニラに聞いたんでしょう?私のスタンド能力について」
「…んー?…」
「やっぱり。人様の能力を勝手にバラすなんて、釘を刺しておかないといけませんね」
「……」
「貴女もですよなまえ様、私に隠し事をするのはあまり賢明だとは思いませんからね」

いきなり何を言い出すのかと思って理解できずにテレンスを見上げると、彼は何事もなかったかのように食後の飲み物は紅茶にするかコーヒーにするか聞いてきた。私がエスプレッソを頼むと、そのまま調理場の方に引っ込んでしまったから、結局私の疑問はその場で解けることはなかった。彼の去り際に、得意げな鼻歌が聞こえただけだった。
テレンスが魂を人形に詰め込む能力の他に他人の心の中の肯定と否定を見分けられる目を持っていることを私が知ったのは、食後寝室に帰る途中の廊下でヴァニラに会った時だった。