03


扉を出てすぐの階段を上がる。いったい、この館はどれだけ大きいんだろう、天井が高すぎて、これでは掃除ができないだろうに。私が眠っていたところが二階だったから、ここは三階になる。ひときわ豪華な装飾を施された、大きな扉の前で執事が足を止めた。私が無意識のうちに深呼吸をすると、また掌が背中を撫でる。存外この男は良い人なのかもしれない。誘拐犯だけど。私が俯きながらも落ち着いたのが分かったのかその手で扉をノックする…と思ったそのとき、扉がひとりでに動いた。思わず一歩下がる。

「おや、エンヤ婆…居たんですか」
「お待ち兼ねですぞ、さっ、入りなされ」

てっきりディオというのが出てきたと思ったけれど、どうやら違ったらしい。アメリカ先住民のような服を纏った小さな皺くちゃの老婆は執事を完全に無視したあと私の腕を掴んで部屋に引っ張り込んだ。長い爪が少し食い込んで痛い。てっきり行ってしまうかと思って居たのに、執事が私の後ろから着いて来たので少し安心する。

「さっ、お手をお出し。フム…ホホッ」
「……」

老婆が私が手を差し出すのを待たずに腕をひっ掴んでなにやら観察を始める。老眼なのか暗いからかそれともどちらもなのか、息がかかるほどの距離で掌を見つめている。なぜか楽しそうな老婆を不気味に思ってその背後に目を遣ると、この部屋の果てがぼんやりと見えた。また寝室に使うには大きすぎる部屋だ。そう思ったときなにか本を閉じるような音が聞こえて、私は反射的にその音を目で追った。大きいベッドが目に入り、その上に男が半身起こしてこちらを見ていた。ブロンドの髪を気怠げに持ち上げる仕草のあとに、赤い虹彩と視線がぶつかる。それがあまりに冷たくて、息を呑む、逸らさなければ、と思った私の頭ををタイミング良く老婆が引っ張った。

「すまんがしゃがんで下さりませんかの、お顔がよく見えんのですじゃ」
「えっ……あ、はい」

あの目と見つめあわなくて良いなら喜んでしゃがみたい。動悸を抑えて足を折ったものの、流石に小さくなりすぎるので膝を立てる。老婆は一頻り私の顔を覗き込んだり引っ掻き回したりしたあと漸く満足したようで私を解放した。

「間違いありませんぞ、このお方ですじゃ、DIO様」
「…ご苦労」

ああやっぱりあれが"ディオ様"。もっと歳がいってるかと思った…でもたぶん精々二十代かな、怖いくらい、きれいだ。