Others オレにはある後輩がいる。オレが中学3年生の時、1年生だったその子はバレーが上手い。…飛雄のことじゃないよ、言っとくけど。 彼女は努力家だ。中学の時、男女バレー部は同じ体育館だったから、居残り練習をする彼女をよく見かけた。 ただバレーが好きで、がむしゃらにプレーしてるんだなって伝わった。そんな彼女を見てオレも頑張ろうと思えた。 でも、彼女は天才じゃなかった。 彼女のバレーが綺麗で上手いのは、努力の賜物だ。 ずっとずっと練習していたのを知っている。 だからかもしれない。彼女から、オレと同じ匂いがしたからかもしれない。 彼女を見て、自分の活力としていた。 飛雄や牛若は例外だ。奴らは天才なのだ。オレ達とは違う。努力を重ねても重ねても重ねても、オレ達は奴らに中々近づけない。だけどオレ達は努力する。 上手くなりたい、試合に勝ちたい、コートに立ちたいから。 きっと彼女――菜舞ちゃんも同じだろう。 オレ達は 追いつけないかもしれないのに努力する。でも努力しないと絶対に追いつけない。上手くなれない。勝てない。コートに立てない。 だから、オレ達は今日も自主練を積み重ねる。 --------------- 「あ、菜舞ちゃん。今日はもう上がり?」 「はい。及川さんもお疲れ様です」 中総体の地区大会を控えた、ある6月下旬の平日。今日もオレ達は自主練をしていた。 偶々、自主練を終え、帰宅する時間が同じになった。 オレは菜舞ちゃんの歩幅に合わせ、ゆっくり歩く。 「及川さんのジャンプサーブ凄いですよね、尊敬します」 「こーみえても、パワーには自信あるんだ」 力瘤を作って見せる。菜舞ちゃんは笑っている。 オレもそれにつられて笑う。 「菜舞ちゃんも大分フローターサーブが様になってきたね」 「本当ですか?及川さんに言ってもらえると自信つきます」 「最初は全然だったもんね〜」 「ちょっとずつ上手くなるんです!」 菜舞ちゃんが拗ねたように言う。全くその通りだと思う。 努力が実を結ぶのはまだまだ先。この子は中学のバレー部に入って間もない。この子の練習の成果が出る時、北川第一の女バレは冥地菜舞の名前で有名になるだろう。そんな気がする。 「でも、もうすぐ全中だから…できれば、先輩と全国に行きたいですから。そんな悠長なことは言ってられないんですけどね」 「いい子だね、菜舞ちゃん」 「そんなことないです。可愛がってくれた先輩に恩返ししたいんですよ」 真っすぐ紡ぎだされる言葉はこの子の本心なのだろう。3年の女バレの同級生はたいそう菜舞ちゃんを可愛がっていると聞く。彼女は努力家だし、素直だし、実力もある。そういう所が彼女の好かれる要因なのだ。 「応援してるよ。試合に出してもらえればいいね」 「はい!及川さんもファイトです」 「もちろん」 彼女の鞄にはバボちゃんのキーホルダーがぶら下がっている。そのバレーボールのマスコットがオレに微笑んでいるようにみえた。 大丈夫、きっと北川第一は白鳥沢に勝てる。勝てるように努力してきたんだ。 ………懐かしい、夢だ。 オレは上体を起こす。今は何時だろう?服装が青葉城西のバレー部のジャージのままだ。家に帰って、眠気に耐えられずベッドで寝てしまったらしい。 スマホで時間を確認すると、まだ21時。午後の9時だ。 もうすぐIHの地区予選がある。 だから感傷的になっていたのかもしれない。中総体の決勝戦、1-2で負けてしまったあの試合を。3年最後の北川第一vs白鳥沢の試合、全部を出し切って二位だった。天才には敵わなかった。あの時は。 でも今回は。今回こそは。オレが、オレ達青葉城西が、白鳥沢を破るんだ。白鳥沢の牛若がかかってこようが、烏野の飛雄がかかってこようが、青城は負けない。 「最後に菜舞ちゃんを見たのは、あの練習試合の時かな?」 4月中旬に行われた烏野との練習試合。オレは病院に行き、体育館に戻ろうとしたら菜舞ちゃんと逢った。きっと泣いていたのだろう。少しだけ頬が濡れていた。オレは敢えてそれを指摘しなかった。彼女はプライドが高いし、言われるのを嫌がるだろう。オレだったら、指摘されたくないから。 そして、アップをした後、練習試合に出た。3セット目の最後にしか出ていないが、その時、ギャラリーに菜舞ちゃんの姿があった。とても辛そうな表情でバレーボールの試合を見ていた。遠目でも眉間にしわが寄っているのを感じた。…というか、泣いていた、気がする。 彼女がバレーを辞めたのは、イジメが原因らしい。 オレ達が引退した後、1,2年生中心のチームになった時、菜舞ちゃんが目の敵にされた、と聞いた。努力も怠らず、真面目に練習に参加する彼女をチームメイトが拒絶した。奴らは嫉妬していたのだ、自分たちよりバレーが上手な彼女に。自分は追いつけないから、と諦めて。 実力が劣るなら、努力で巻き返すしかないのに。その時代の女バレは根性無しが多かったのだ。 そして、彼女は膝を痛め、バレー部を去った。 オレがそれを聞いたのは高一になった時だった。今度こそ牛若のいる白鳥沢に勝つために意気込んでいた時。努力で天才を負かしてやろうと思っていた時。 その時、彼女とオレは同じ体育館にいなかった。けれど、オレは信じていた。菜舞ちゃんは、ずっと でも、彼女は辞めたらしい。 もう、彼女はあの体育館で汗の滲む練習をしてはいない。もう、オレだけなのか、天才に打ち勝つために自主練をしているのは。もう、オレと同じ匂いのする選手は……。 そう考えて、自分に嫌気が差した。 だって、これじゃあまるで、オレが菜舞ちゃんに執着しているように見える。 違うよ。もうオレと同じ匂いのする選手はいないけど、ちゃんとオレがいる。オレは努力を続けてきた。天才に勝つんだ。勝ってみせる。 「…お風呂入って、寝よ」 あ、でもその前に晩御飯かな。 /2015.12.11. [←] [→] [back] [TOP]
×
|